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はろ☆どき
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かき氷兄さん

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【かき氷兄さん】


「くうぅ~! んんっ……くるぅっ!」
 軍司令部の……しかも左官の執務室から、高音の感極まった声が聞こえてきた。子供――恐らく声変わりをしていない少年の声。口から溢れ出る音量を憚ることもなく、艶っぽいと思えなくもない声が。
 そのタイミングで執務室の扉の前を通る者がいたら、さぞかしぎょっとしたことだろう。尤も、東方司令部に所属する者には周知の事実だったので、驚く者がいたとすれば新任者か他の司令部からの訪問者だ。
 しかしそこは抜かりなく、事前にしっかりと人払いの指示が厳守されていたので、少年のその艶っぽいと思えなくもない声を聞いたのは執務室の主だけだった。その執務室の主とはロイ・マスタング大佐である。
 ロイは何人であっても他の者に邪魔をされたくなかったので、電話や内線も繋がないよう厳命する徹底ぶりだ。万一、他所の高官が突然視察に来て、弱味を握られるようなへまをするわけにもいかない。いや、自分はどうとでもなるのでよいのだ。だが、今目の前にいる彼に不都合となるような事態を招くわけにはいかない。
 東方司令部の実質の司令官であるロイ・マスタングが愛してやまない彼――鋼の錬金術師エドワード・エルリックの行く手を阻むものは、例え小石一つでも排除すべき存在なのだ。
「ああ~~、キーンと来るけど、冷たくて気持ちイイ……」
 身悶えしながらうっとりと呟くエドワードを満足気に眺めながら、ロイは声をかけた。
「お気に召したようでよかった。そんなに良ければ、まだ他のものもあるから試してみるかい?」
 女性との浮名も数知れずあるあのロイ・マスタングが、他では聞かせたこともないような甘い声で、少年に囁きかける。普通の女性ならば、イチコロで頬を真っ赤に染め卒倒しかねないやつだ。
 だがしかし、残念ながら相手はエドワードなので、そんな囁きなど歯牙にもかけず(意図に気づいていないともいう)、手に持っている物に夢中でむしゃぶりついていた。
 暫くして、ようやく空の容器をテーブルに置くと、濡れた唇を手の甲で拭った。
「はあー、美味かった! 夏はやっぱこれに限るなあ。かき氷!」
 そう、今エドワードが夢中になっていたものとはかき氷だったのである。イチゴシロップのたっぷりかかった。しかもそれは屋台などで買ってきたものではなく、ロイが手ずから、かき氷機で削って作ってやったのである。
 何故、かき氷機が執務室になどあるのか――詳細は割愛するが、要はロイが権力を少々行使した(腹心の部下辺りに言わせると、我がまま或いは駄々を捏ねた)結果である。
 ロイは今朝、自分が密かに大事に想っている(本人以外には駄々漏れなのだが)金色の少年が司令部へ訪れるらしいとの情報を入手した。ぶっちゃけ弟からのリークである。
 そこで午前中のうちに、机の上に山積みになっていた書類と状況を察したホークアイが追加してきた書類の山を猛スピードで片付けた。そして、エドワードが司令部に来たら一番に自分に知らせることと、彼が執務室に居る間は付近の廊下や両隣の部屋を使わないよう通告する。
 私的感情が過ぎる行為ではあるが、予定していたよりもひと山多く裁かれた決裁書類を見たホークアイが、笑顔でそれを請け負ったのだから他の誰にも否やはあり得ない。
 まず門の守衛からエドワードが通過した旨の連絡が入ると、ロイは執務室の空調の温度を通常よりも二度ほど高くした。我慢できない程ではないが、炎天下の中を歩いてきた者が訪れたら涼しくないと感じる程度にだ。
 やがて、ホークアイに案内されて執務室を訪れたエドワードは、一歩足を踏み入れた途端眉を潜めた。
「なんかこの部屋暑くね?」
「そうかね? ずっとここに居るから慣れてしまって分からないが……ここの設備も古いから、調整が上手く効かなくてね」
 ロイはしれっとした顔でそう返す。
「大佐は今日ずっとここに籠りきりで、動いていらっしゃらないですからね……。快適でなくてごめんなさいね、エドワード君。後で冷たい飲み物を持ってくるから」
 ホークアイが分かっているぞという冷めた視線をロイに送りながら、エドワードには微笑みかけながら言った。
「ありがと、中尉。コート脱げば我慢できないほどじゃないし、大丈夫」
 対するエドワードもホークアイに向かって、はにかみながら応えた。そしてトレードマークの赤いコートを脱ぎ、ソファーの背にどさっと掛けた。コートの下はいつもの黒の長袖の上着ではなく、ノースリーブの薄手のトップスだった。色はもちろん黒だったが。
 それを見て、ロイは内心ほくそ笑む。いつもは機械鎧を隠すためもあって長袖を着ているが、夏場はさすがに薄着だろう。そしてそれこそ機会鎧があるため、普通のシャツでは袖が通しにくく、場合によってはコートの下はタンクトップということもあるらしい。もちろん、弟のアルフォンス情報だ。
 タンクトップではなかったものの、首の詰まったデザインで上半身は首元まで殆ど隠れているのに、腕だけが片口から露わになっている。これはこれでなかなか目の保養になる。……ロイにとってはであるが。
 そんなロイの思惑はともかく、エドワードは報告書を出してロイに渡すと、暑いからすぐ帰るなどとは言い出さずにソファーへ座った。ホークアイが飲み物を持ってくると言ったせいもあるだろう。さすが中尉。今度評判の店のスイーツでも差し入れねば。
「ご覧のとおり、急ぎの書類もないからすぐに報告書を読ませてもらうとしよう」
「ああ、頼むぜ。いつもそうなら助かるんですけど」
 さりげなく嫌味を言ってきたりするのも、ロイにとっては小型犬が愛らしく吠えているくらいにしか感じない。
「ははは。だが、その前にいい物があるんだが、試してみないかね?」
「何だよ。それって、オレの得になるものなのか?」
 エドワードは途端に不審な顔つきになる。エドワードにとって『いい物』と言ったら賢者の石の情報だろうが、今回はそれとは別に用意していた。それがかき氷機だ。
「冷たくて甘いものだよ。報告書の確認をする間、少しでも快適に過ごしてもらいたいのでね」
「冷たくて甘いもの……? 冷たいお菓子か?」
 いつも出されたお菓子は全て平らげるほど、食べ物――特に甘いものが大好きなエドワードは、この部屋に入ってから初めてロイの言葉に関心を寄せた。犬のように耳や尻尾があったら、ぴくんと反応していそうな勢いで。
「冷たくて甘いものだ。待っていなさい。今作ってあげるから」
「作る? ここでか? っていうか、あんたが作るのか?」
 エドワードは思わずと言ったように、疑問符だらけの叫びをあげた。当然と言えば当然の反応だろう。いつもお茶や菓子を用意してくれるのは大抵ホークアイだし、稀に彼女のお手製ということはあっても家で作った物を持って来ている。ここでは湯を沸かすくらいはできても、菓子や料理を作ることは設備的にも難しいだろう。
「まあ、見ていたまえ」
 そう言って、ロイは前もって用意しておいたかき氷機と保冷剤で包んでおいた大きな塊の氷を取り出した。
「かき氷?」
「ご名答。これで氷を削るだけだから、ここでも作れるというわけさ」
作品名:かき氷兄さん 作家名:はろ☆どき