かき氷兄さん
「なーんだ。そういうことか。でもかき氷機はともかく、氷の塊なんてよくここに……ああでも、食堂の調理場で作ってたりするのかな」
エドワードはあからさまにほっとした様子で言った。
「そんなところだ」
ロイも苦笑して、だが一転して興味津々な子供の視線を受け手を動かし始める。かき氷機の下にガラスの器を置くと、氷を器具の中に入れて蓋をし、レバーをぐるぐると回し始めた。ガリガリと音がして氷が削られていく。手動なのでけっこうな労力だ。
だが、器にさらさらと削られた氷が溜まっていくのに従って、エドワードの密色の瞳がキラキラと輝きを増していく。それが嬉しくて、ロイはさらにがんばってレバーを回す。やがて、器が山盛りいっぱいになったところで手を止めた。
「さて」
待ち兼ねた様子のエドワードにちょっと待てと手で示すと、棚から瓶を数本取ってきた。中には赤や青や黄色の鮮やかな色合いの液体が入っている。
「シロップ!」
子犬のように待ての姿勢で座っていたエドワードが、嬉々として叫ぶ。
「好みがわからないので幾つか用意したが、好きな物はあるかね」
「赤! これイチゴ味だよな? 黄色も捨てがたいけど、やっぱり赤!」
「自分で好きなだけ掛けるといい。どうぞ」
「やった!」
エドワードは赤い瓶に手を伸ばし、氷が真っ赤になるまでシロップを掛けた。満足するまで真っ赤にすると、スプーンを取る前に両手を合わせた。
「いっただっきまーす!」
そして、それは美味しそうにかき氷を食べ始めた。
しゃり、しゃり、しゃり。
「どうだね、美味しいかね」
「美味い! 冷たくて甘くて最高! くぅーっ」
怒ったりつんけんした顔も可愛いが、やっぱり幸せそうな顔が一番だな。そんなことを考えながら食べる様子を眺めていたら、つい口元にばかり目がいってしまう。氷でてらてらと濡れたうえにシロップで赤く染まった唇が……なんだかとても艶めかしく見え始め……。
いかん、いかん。ここは執務室だぞ。そう思いつつも、時々ぺろりと舌で唇を舐めたりなどするものだから、段々と目の毒になってきてしまった。
「……氷がまだ残っているから私も食べようかな。なんだか暑いし」
言い訳のような言葉を発しながら、エドワードに盛った物より小さい器に氷を削った。それからちょっと迷って青い瓶を取った。シロップだからどれも甘いだろう。
ロイはあまり甘いものが得意ではない。だが、何の味もしないかき氷を食べるのはさすがにつまらない。青ならば色的には涼しげであまり甘くなさそうなので、視覚的効果を期待することにした。
しゃく、しゃく、しゃく。
「ああ~~、キーンと来るけど、冷たくて気持ちイイ……」
食べ終わったエドワードが、身悶えするようにうっとりと呟く。ロイはその艶かしさにごくりと唾を飲みそうになり、慌てて誤魔化すように笑いながら声をかけた。
「お気に召したようでよかった。そんなに良ければ、まだ他のものもあるから試してみるかい?」
「うん? そうだなぁ……。あんたのそれ、一口ちょうだい?」
そう言いながら、エドワードはテーブル越しにいきなりロイに手を延ばしてきた。手を掴んで引き寄せられ、一瞬のうちにエドワードの顔が至近距離まで迫ってくる。
「えっ? な? ええ……?」
ロイは思わず目を瞑った。……が、想定していた場所に想定した感触が訪れることはなかった。
しゃくり……。
その音にはっとして目を開けると、エドワードの唇が自分の唇に限りなく近い位置にあった。スプーン一つ分を挟んで。
エドワードはロイのスプーンを持つ手を口元に寄せ、青色のかき氷を食べたらしかった。その証拠に、口の端に青いシロップが付いている。ロイが目が離せないまま固まっていると、エドワードは顔を寄せたままでぺろりと自分の唇を舐めて見せた。赤く染まった舌で、まるで誘っているかのように。
ロイはスプーンを振り払うと、吸い寄せられるようにエドワードに顔を寄せ……ようとする前に、赤くて青い唇はすっと離れていってしまった。
「青も美味いなあ。ごちそうさんっ」
そう言って、エドワードは満足そうにソファーに凭れた。
「それ食べ終わったら、早く報告書見てくれよなー」
最早かき氷にもロイにも興味を失ったように、手帳を取り出して頁を捲ったり書き込んだりしている。
「あ、ああ……」
ロイは残りのかき氷を黙々と食べてしまうと、執務机に戻りエドワードから渡された報告書を読み始めた。頭の中は悶々としていて、ちっとも内容が入っては来なかったけれど。
キスされるかと思った……。キスしてしまわなくてよかった――のか?
一方のエドワードも手帳を見るふりをしながら、実はロイの様子を窺っていた。悶々としながら。
大佐の青い唇がエロくてキスしちまいそうになった――なんてこと、決して悟られてはいけないと。
厳しい猛暑の中、東方司令部にある執務室では冷たいのだか暑いのだか、それともお熱いのだか本人達にすらわからない事件が密かに発生していたのだった。
Happy Summer Day? / 20190825