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「ねえ、ヒート先生」
ベッドに横たわる黒髪の少女が話しかける。
「お日様に会いに行く時、廊下でいつもすれ違う女の子を知っている?」




この子ももう永くない。
いつもの検診を機械的にこなしながら、ヒートは思った。
つやを失って乾いた肌に、枯れ木のように細い腕、何より今まで何度も見送ってきた穏やかで透明な表情が物語る。
テクノシャーマン……神と交信できる唯一のツール。彼女達はヒートにかつて亡くした、幼い記憶の底に眠る少女を思い起こさせる。
何も考えるなと、ヒートは幾度目になるかも分からない言葉を頭の中で繰り返した。

「さあ、後はこれで終わりだよ」
力ない腕をとって、機器を取り付けていると、天井を見上げていた少女がぽつりとつぶやいた。
「わたし、もうすぐ死ぬのね」
まるで心を読まれたようでヒートは動揺した。
少女は静かに微笑んだ。
「別にいいのよ。分かってたことだもの。誰にでも、いつか訪れることよ。怖くはないわ」
これも彼女達の特徴のひとつだった。
幼児と言っていい年齢の幼さを残しながらも、老成した精神のアンバランスさ。

「ただ……」
「ただ?」
「ただ、あの子も、こんな風にひとりで死んでしまうと思うととても悲しくなるの。自分のことは平気だと思うのに、おかしいわね、こんなの」
「あの子?」
「廊下で私を見ると笑いかけてくれるの。手を振ってくれることもある。妹って、居たらきっとこんな感じなんだわ」

宝物を見せる時の子供のように嬉しげに話す彼女がひどく眩しく、ヒートは顔を見れずに、視線を逸らして黙ったまま、検査の機器を外していく。
そんなヒートに、少女は静かな声で語りかけた。
「あのね、ヒート先生……」
「……」
「私はいなくなるけれど、先生、あの子を守ってあげて欲しいの」
ヒートの手が止まる。

無理に決まっている。今まで何人も何人も、非人道的だ、こんな事が許されるのかと自問しながら、大きな進歩に犠牲は必要なのだと己に言い聞かせて見殺しにして来た。
死にゆく少女の最後の願いも、叶えてやれることはないい。
友人と違って、一時の安心を与える気休めを言ってやることも出来ない自分の性格を恨んだ。

「大丈夫よ」

はっとしてヒートは少女の方を見たが、既に彼女は目を閉じていた。
「少し眠りたいわ……。明りを落として行って」
「あ、ああ……」
ヒートは逃げるようにして病室を後にした。
作品名:無題 作家名:あお