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「ねえ、ヒート先生」
ベッドに横たわる黒髪の少女が話しかける。
「お日様に会いに行く時、廊下でいつもすれ違う女の子を知っている?」



口ベタな自分はいつもろくな返事などしてやっていないのに、気にせず彼女は話し続けている。
「いつも私の顔を見ると笑いかけてくれるの。とても優しそうな子。最近見かけないけれど、あの子はね、“外”に行ったんですって。サーフ先生が言っていたの。いい子にしていたからそのご褒美なんだって。海にも行くのよ」
楽しそうに語る少女は無邪気そのものだった。
「海の水って冷たいのかな?動画でしか見たことないけれど、皆で行ったらきっと楽しいわ。サーフ先生とシエロ、ヒート先生も……あ、アルジラさんも!」

明るく振舞っているが、顔色は悪い。肉体の苦痛は想像するに余りあった。このままでは彼女も間違いなく早晩死ぬ。
彼女の能力は今までのシャーマンの中で抜きん出ており、残された時間を利用しつくそうと、実験は過酷だった。

「セラ」
「?」
「……大丈夫か」
少女はきょとんとした顔になった。
今までヒートは彼らを気にかけてはいても、その思いを彼らに直接口にすることはほとんどなかった。
「あ、いや……、あまり体調が酷いようなら、あいつに…」
訥々と言葉を紡ぐヒートに、セラが笑顔になる。
「ううん、これくらいなら我慢できるから全然平気なの。私が頑張れば、皆喜んでくれるんだもの。だから頑張らなくちゃ」
施設の中だけの世界しか知らず、実験が周囲の幸福の為になると彼女は素直に信じている。
自らの言葉の虚しさを突きつけられる。
何を思った? 実験を中止出来たところで明らかに彼女は手遅れで、すでにこの場所以外で生きられない。
ならせめて最期までの時を苦痛なく、穏やかにと……?、何という欺瞞だ。

望まぬさだめを背負わされて生まれた子どもたち。
かつて亡くした血を分けた少女のような、神の気まぐれですらなく、人の手によって。

(ああ)
自分の中の何かが、限界だと告げていた。

「ヒート先生……?」
気が付けばヒートはセラのベッドの傍らに膝をついていた。
肘を付き、まるで祈るように、声を殺して泣いていた。
「ど、どうしたの?ヒート先生」
驚いたセラが半身を起し、おろおろとヒートの顔を覗き込む。
「ねえ、どこか痛いの? 待って、今コールするから」
ヒートはセラの手を掴んで止めた。乾いた、骨ばかりの手だ。

あの日の自分の求めていたものは何だったのだろう。友人が語り、同僚の女性が声高に主張したもの。
何者も理不尽に苛まれることのない世界。人類のあるべき姿。宇宙の、神の真理。
違う。
こんな簡単な事さえ理解しようとせず、蒙昧な大衆と嘲るその卑小さにさえ気付かない自分達こそが、人の愚かさそのものだ。

「泣かないで、先生」
セラの両腕が、包み込むようにヒートの肩を抱いた。
(……セラ、君は、いや君達は)
人を赦してくれるだろうか。
だがそれを彼女らに問う資格は、とうの昔にないのだ。

作品名:無題 作家名:あお