彼方から ― 幕間2 ― & 第三部の最初だけ
バーナダムの呟きに釣られるように、アゴルも抱きかかえたジーナの髪の毛を撫でながら、同じ言葉を繰り返していた。
「ね、お父さん……」
「ん? なんだ?」
そのジーナが、キョトンとした瞳を向けてくる。
「ジーナ、エイジュとバーナダムのお話し、むずかしくて良く分かんない」
「…………」
思わず、沈黙が流れた……
「がーっはっはっはっ――そりゃそうだ! 難しいよなぁ!」
「いけない、いけない――暗くなっちまったよ、助かったよ、ジーナ」
先頭を歩く二人が、沈黙を破るように笑い飛ばしてきた。
次いで、左大公の二人の息子が、クスクスと笑いだす。
「確かに、今のこの状態で悩んでいても、何も始まらないな」
「そうだよな、まずは生き延びないとな」
ロンタルナとコーリキがそう言いながら、バーナダムの傍までやって来て、
「何、難しいこと言ってんだよ!」
「らしくないぞ!」
と、小突いてくる。
「なんだよ、らしくないって! おれだって、真面目に考えてるんだぞ!」
バーナダムも負けじと応戦しているが、多勢に無勢――ニ対一では適う訳もない。
「こらこら、往来で何をじゃれ合っている、おまえ達」
一応、窘めては来るが、左大公も三人の様をにこやかに見守っている。
一気に、張り詰めた空気が緩み、和んでゆく。
「そうか、ジーナには難しかったか……」
「……うん」
重くなりかけていた雰囲気を壊してくれた娘に、感謝を籠めながら優しく頭を撫でるアゴル。
――そうだ、難しく考えることなど……ない
少し、晴れやかな気分で辺りの景色を見回すアゴル。
脳裏に、昨夜のエイジュとの会話が蘇ってくる。
『とりあえず、心の赴くままに動いて、実際に自分の目で確かめて……それから判断しても、遅くはないと思うのだけれど?』
――とりあえず、動いてみるか……心の赴くままに
「ありがとう、ジーナ」
「……?」
父に、礼を言われる覚えのないジーナは、またしてもキョトンとした瞳を向けて、首を傾げていた。
そのあどけない表情に、アゴルは満面の笑みを見せながら、ジーナを腕一杯の高さまで抱き上げる。
「ほーらっ!」
「きゃあ!」
何度も高々と抱き上げられ、笑い声をあげるジーナ。
二人を振り返り、
「楽しそうだけどよ、落とすなよ、アゴル」
バラゴが忠告してくる。
「落とすものか、ジーナはおれの宝だからな」
そう言って、また、ジーナを胸に抱き直すアゴル。
本当に大切そうに、その頬に、自分の頬を摺り寄せてゆく。
「……親バカだねぇ」
ガーヤの呟きに失笑が続く。
「何とでも言ってくれ」
アゴルはガーヤの言葉など意にも介さず、嬉しそうに首に抱きつくジーナの頭を、臆面もなく愛おしそうに撫でていた。
高く、青く澄んだ空。
ジーナの楽し気な笑い声が、吸い込まれるように響いている。
居心地の良い空間……穏やかに流れる時。
このまま、彼らと共に居れば、ずっと、感じていられそうな気になる。
――彼らなら、もしかしたら……
そんな気にさせてくれる者たち。
だが、思っても、行動に移すことなど出来ない。
正体を明かすことなど……
ノリコにすら、明かしていないというのに……
変容した姿を見ても尚、いつものように接してくれる――『好き』と、そう言ってくれたノリコにですら……
背中に、彼女の息が当たる。
規則正しい呼吸と、柔らかな温もりを感じながら、イザークは今この刻が永遠に続くことを、密やかに願っていた。
幕間2 & 第三部のさわりだけ 終わり
第三部 第一話に続く
作品名:彼方から ― 幕間2 ― & 第三部の最初だけ 作家名:自分らしく