果てない夜 儚い朝
「あーはいはい。って、白馬だけど、俺は別に避けてねぇぜ。むしろあっちの方がわざと避けてるって感じだしな」
どうしてなのかは……多分解っている。きっと、どうやって接したらいいのか戸惑っているんだろう。
快斗は以前一度だけ探とキスをした。……といっても、合意の上ではないのだが。
一方的に奪った強引な口づけ。
自分を見ているのか、それとも快斗にキッドを重ねて見ているのか。自分に嫉妬してどうするんだと…我ながら馬鹿げた発想に苦笑すら浮かべられず、苛立ちが抑えられなくて気づいた時には探を抱きしめていた。
君がキッドだったら……と、語尾を濁した相手。あの後にはどんな台詞が続くはずだったのだろうか。
いつもの駆け引きめいた会話。探が快斗をキッドだと疑っているのは解っていたのに、相手があまりにキッドに熱をあげているのが許せなくて。
「何があったのか分からねーから的確なアドバイスはしてやれないけど、少しは素直に自分の気持ち伝えろよ」
「新一にその台詞そのまま返してやるよ」
「……可愛くねぇな、お前」
「新一は可愛いよな」
不意打ちの反撃に赤くなってしまい思わず視線を逸してしまう。注がれる快斗の視線には、からかいの色が含まれていて思わず不機嫌になりそうになったけれど、そうやる事でしか気分を浮上出来ないでいるんだとすぐに理解した。
落ち込みたくない。
明るく振る舞っていたい。
快斗がキッドとして世間を騒がせている理由を知っているから、不敵な笑みの裏にあるもう一つの感情を新一はすぐに読み取る事が出来た。淋しいという感情すら殺してしまおうとする友人を、今は慰めてやりたい。
たとえそれが新一の身勝手な考えだとしても、手を伸ばさずにはいられなかった。
(結局、根本的に似てるんだよな)
新一も快斗も。同じ闇を胸に抱いている。
恋人とは違う位置にいる大切な相手を新一は愛しく思う。
「…さっさと珈琲飲んじまえよ。冷めたらまずくなるぜ。それから白馬の事だけど、一度ちゃんと向き合ってみろよ」
「わかってるさ……」
本当は自分も逃げていると自覚していた。きっと、探に真実を悟られるのが怖いのだ。追っているライバルが快斗だと知った時、どんな態度を向こうはとるんだろうか。
新一が癒しなら、快斗にとって探の存在は心乱される相手だ。
それがきっと友愛と恋愛の違い。
「ならいいけどな」
この友人が傷つく結果にならなければいい……。どうか背負っている重さに押し潰されないようにと、新一は祈りながらゆっくり目蓋を閉じていく。
『怪盗キッド』は辛くても決して弱音を吐かない。そして『黒羽快斗』は決して涙を見せない。泣けない夜と泣かない朝をくり返しながら、目的を達成するまでずっと走り続けていくだろう。
わずかな静寂の後、小さな呟きが新一の鼓膜を微かに揺さぶっていった。
落とされたのは感謝の意を表す言葉。
返事を返す代わりに、新一は快斗の肩口にそっと凭れ掛かり身を委ねていった。