章と旌 (第三章)
「、、いつか、時が来たら、必ず分かる。その時は戸惑わずに進むんだ。お前の考えは、父上の経験や私の学びの、先を行っているのだ。今、父上にはお前の考えが、受け入れ難いかもしれないが、必ず認められる時が来る。」
平旌の涙が止まる様子は無く、いつまでも泣いている。
そしてぽつぽつと、やっとの思いで言葉を口にしている様子で、、。
「、、、また、、、、また私の事で、兄上が怪我をしたら、、怖いんだ、、怖い、、、怖くて、、。」
「ん?。」
平章は平旌の顔を覗き込む。
平旌は、平章の怪我の事が、『自分のせい』だと思っている。
━━誰もそんな事は言っていないのに、、、。━━
平章はそう思うが、、。
平旌が行方不明になった件を、平章を、誰一人、責めなかったが、それでも平章は怪我をした。誰に責められなくとも、責任を感じてしまう事が、身に染みて平章自身には、よく分かっていた。
「平旌。」
平章は、平旌の頭を引き寄せた。
頬に平旌の頭が付いて、平旌が震えているのが伝わってくる。
「東青は、私の怪我が、お前のせいだとは言ってないだろう?、ん?。」
静かで優しい平章の声が、平旌の心に響く。平旌は無言で頷いた。
「、、、正直、どうなってこうなったか、私も誰も分からないんだ。私は確かに自分の軍幕にいたのだ。だが、ふと気が付いてみると、右手は血塗れで、東青と馬に乗っていた。誰も見た者はいないし、私が軍幕から出たのを見かけた者すらいないんだ。
もしかすると私は、敵に連れ去られて、怪我を負わされたのかも知れないぞ?。だって、有り得ないだろう?。私が自分で、そんな痛い事するか?。」
「えっ。」
「あの日の数日前からの記憶が、あまり無いんだよ。、、、、、、もしかして、そのあたりから毒でも盛られたか?。例えば酩酊するような、、。」
「えっ、、、誰に?。」
「誰だろうなぁ、、、。」
「う───ん、、毒?。誰にも気が付かれずに、兄上に飲ませるなんて、そんな事、、、。だって、東青が居るでしょ?。東青が気が付かないなんて、ありえない、、、、。」
「うん、、。」
「、、、えっ、、まさか、東青?、、。」
「、、、、。」
「嘘だよね、そんなはずないよね。東青が、なんて、ありえない。よりにもよって、あの東青がそんな事をするはずが無い。」
「だがな、平旌、よく思い出してみると、、あの日の数日前から、東青によく眠れるようにと、薬を飲まされてた。」
「えぇぇっ、、、嘘、、。」
「やっぱり東青が怪しいよな、、、。二人でとっちめて吐かせてやるか?。『黒幕は一体誰か』って。」
「東青、、言うかな、、、。」
「うーむ、、棒打ちとか、逆さに吊るか?。」
「えー?、、東青が言うかなそれで、、。」
「帰りながら考えよう。もう日が落ちる。暗くなったら、厄介だ。」
「うん。」
「立てるか?、平旌。」
「いててててて、、、。」
平旌を立たせて、平章は馬を連れ戻しに行った。
馬は草を食みに、東屋の二人の傍からから離れてしまった。
平章の後ろ姿を見ながら、ふと、平旌は違和感を覚えた。
──あれ?。兄上は本当に、東青の仕業だと思っているのかな、、、。──
本当に東青だと思っていれば、平旌に明かしたりはしないだろう。
兄、平章の性格ならば、誰にも言わずに、黙って調べる筈だ。
東青が語った、平章の姿。普段の平章の姿からは、想像もつかない。東青が語った話よりも、恐ろしい事だったに違いない
冷静沈着な兄が見せた一面。兄は、何があっても、取り乱す事など無いと思っていた。 いつも冷静に、淡々と事を進め、そして解決するのだ。
だが今回、ただ一人の弟の身を案じて、我を失った。
平章に、どれ程、大切に思われているのかを感じる。
──私のせいでは無いと、私に思わせる為に、、、私の心を軽くする為に、、、。──
そして、怪我の事は、東青のせいにしようとしたのだ。
だが、東青に全て被せるとは、やはり、話があまりにお粗末だった。
──私の心を楽にしようとした、兄上の遊びなのだ。──
、、こうして平旌が疑問に思う事も、兄の目論見を察する事も、分かった上での。
──もう、兄上には絶対心配をかけない。──
兄は昔からずっと、自分の事を守り続けているのだ。
ずっと、幼い頃から、、、。
自分を見る、兄の眼差しを思い出す。
家族の誰よりも、温もりと、優しさに溢れていた。
「兄上ー。」
平章が、馬の所まで来て、手網を取った所で、平旌が呼んだ。
平章が振り返ると、夕日に照らされた満面の笑みがあった。
━━笑った。━━
平章も嬉しくなり、微笑んだ。
━━平旌は、もう、大丈夫だ。━━
「兄上ー、帰ろうー。」
「ん。」
馬には、平旌が前に乗り、手綱をとった。
「兄上、何で私がここにいるって分かったの?。」
「分かった訳じゃないよ。城門の門衛に、お前が通ったかを聞いたら、『通った』と言うし。蒙家の調練場かと思ったが、そこにはいなかった。正直、お手上げだったよ。お前の事だがら、考えもつかない所にいるのだろうと、一か八かで、この東屋の方に来てみたのだ。まさか、この距離を走って来てたとはな。」
「えっ、あてずっぽうで来たの?」
「まぁな。、、、当たったから良かったのだ。探せなきゃ、お前、ここで野宿だったぞ。おまけに汗びっしょりだし、間違いなく風邪をひいたな。今度からは、もっと分かりやすい所にしとけよ。」
「あははは、、、。」
「あはは、じゃないよ。」
「はい、兄上。今度からは、必ず兄上に言ってから動くよ。」
「ふふ、、家出の時もか?、そんな約束して大丈夫か?。」
「家出の時も、必ず兄上に言ってから行くよ。もう、兄上には心配をかけたくないもん。心配させるのは、怒られるより堪えるもん。」
「いい子になったな。」
「うん、いい子になるよ。」
「、、、時に、平旌、日が暮れる。東院に東青を立たせて、お前の部屋も、見ておくように言っておいたんだが、、、日が暮しまったら、お前の部屋の様子は見えにくくなる。誰かがお前の部屋に来たら、東青も誤魔化しが効かなくなるんだが、、、。」
「あっ、、、忘れてた。王府の事!!。勝手に王府を出たのが、父上にバレたら大変だ!!。
、、、、、、でも、東青が誤魔化してくれるんなら、大丈夫かな。東青は皆に信頼されてるし。」
「だがな平旌、東青にも限界がある。お前の部屋に父上来て、『部屋を見る』って言ったら、立場上、東青じゃ手も足も出ないだろ。」
「嘘────。兄上、早く帰ろう。今日一日で、父上に二回も怒られたら、私が逆さ吊りにされちゃう!!。」
「あははははは、、、、。」
平章が笑いながら、馬の腹を蹴ると、馬はすぐに速度を上げた。
「うわぁっ、、。」
急に走り出した馬に、平旌が驚いて、扱いに戸惑っている。
「平旌、振り落とされるなよ。」
手綱を持つ、平旌の手を包むようにして、平章が馬を扱った。
「行けー。」
平旌が叫んだ。
「よしっ!。」
平章がもう一度、馬を蹴る。馬は更に速度を増した。
初めは驚いていた平旌は、もう馬の速度に慣れ、馬と平章に身体を合わせている。
━━この馬には、平旌は、初めて乗るはずだが、流石だ、平旌はすぐ慣れる。━━
人馬一体。
とても二人が乗っているとは、思えない速さだ。