二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上

INDEX|14ページ/17ページ|

次のページ前のページ
 

「都市伝説の『小人』が『猿』だとしたら、どのみち猿達自身が加害者になってるってことだよね」
「あああ~! そうかあ~!」斉藤が頭を抱える。
「どうしちまったんだ皆~!?」
「それに、『あなただけでは巻き込みません』という条件付だったようだけど……」
「言われてみればそうだ~! やっぱ自分で体験するのは嫌だぜ~!」
「手の平返しやん~!」
「斉藤君ー!?」

 少しの間を置いて、バニラは続ける。

「そもそも皆。都市伝説を本当に真に受けているのかい? そんなん言われても信じらんないぜ……というのが普通じゃないかい?」

 以前あった尾取村での怪異で、彼は一人だけいなかった。
 当然の疑問を口にしているといえる。

 だが、バリツには、淡々と紡がれたその言葉に「疑い」ではなく「確認」の意図が隠れているように思えた。
「皆本当に信じているのかい? 馬鹿馬鹿しい」ではなく。「俺は信じるけど、普通は信じがたいことだよね。それでも、皆も信じているの?」と。

 考えてみれば彼が斉藤に質問した始めの項目は、非常停止ボタンや、自爆スイッチの有無であった。まるで、自分が巻き込まれることを想定しているかのような周到さが伺えるではないか……?

「それもそうだが」それらの前提を胸に、聞き返してみる。
「バニラ君。君こそ、疑いはしないのかね?」

「んー、まあ何だ……」そしてバリツの直感は当たっている様であった。
「人生何があるか、わからないからねえ」

 この若者の継いだほんの少しの言葉。
 それだけでも改めて、底が知れない過去があるような気配を、バリツは覚えた。

「その通りだ、バニラ君」アラサー年長者特有の、おせっかいのスイッチが入ってしまった自覚を覚えながらも、続ける。
「人生何があるか分からない。目覚めたら目の前に櫓があって、正気を失いかけるような体験――そんなことも起こりうるからな」
「所長、お前さん思いっきり正気失ってたやん。へたくそな踊りで」
「だまっとれタン君」

「目の前に……櫓? 躍り?」 
 訝しむバニラに、斉藤が続ける。
「頭に壷をつけたくなるような体験だぞ」

「いや、それはお前さんだけやろ」タンが深くため息をついた。
「ああー何にしても、今回は都市伝説だけにしてくれよなあ~。でもテーブルのアレはなんやったんやろ?」

「櫓に壷にテーブルのことはよくわからないけど……何にしても、今はあまり気負わないほうがいいかもしれないね」

「バニラ君の言うとおりなのかもしれないな」
 バリツは腕を組む。
「現状では、打つ手がないのも確かだ……」

 そうこう話している内に、一同は駅に到着した。
 大きくもなく、小さくもない最寄り駅だ。

 バニラは言葉少なに挨拶を交わすと、三人とは反対車線のホームへと向かっていった。

 相変わらず人気のまばらな構内の連絡通路を歩む中、斉藤が口を切る。

「バリツ、今夜改めてオマエんちで飲んでもいいか?」
「もちろんだ。歓迎するぞ斉藤君」
「やったぜ~!」
「ただ、この前、アシュラフ君がやってきて、キッチンを爆破されてな……」
「え、何だって?」
「アシュラフ君にキッチンを爆破された」
「マジかよ」
「うん、マジ……」バリツは肩をすくめる。
「その後片付けがまだ終わりきってないから、雑然としてるかもしれぬが……」
「俺は全然構わないぜ。むしろ手伝うよ」
「そういうわけにも行かないと言いたい所だが……もしかするとお願いすることがあるかもしれない。痛み入る」
「いいってことよ。おっと、そういえば――」

 斉藤は思い至ったように、バリツに問う。

「今日はあの娘は来ていないのだな」
「彼女は神出鬼没だからなあ……」呆れ気味にバリツは答える。
「以前より堂々と屋敷に押しかけてくるようにはなったかもしれないが、私も距離感を掴みかねているよ。おやつや食べ物は物色されるし、ドアは蹴破られるし」

「なかなかに災難な話だ」
「まあ、毎日ではないからなんとかかんとか……」
「あの娘は普段、どこで寝泊りして、どこで何をしているのだろうな」
「全くわからない。本当に謎が多いし、色々たずねたいところではあるのだが――」

 色々たずねたいところではあるのだが。 

 自ら言葉を発したその時、バリツの脳裏を妖艶な微笑が過ぎった。
 君は一体何を信仰しているのか、と、問うたときの一言。

 ――知りたいんですか?

 あの不可解なプレッシャーを思い出し、言葉に詰まるが、少しの間を置いて、継ぐ。

「……訊ねるなら訊ねるで、なんとも、後戻りできないような恐怖感を覚えるよ」
「よくわからないが、苦労人だな。まあ体には気をつけろよバリツ」
「ありがとう、斉藤君」

「ってかよ、タン。お前大丈夫か? さっきからずっと黙ってるみたいだがよ」
「アレや、なんか肩が重いっつうか、誰かに見られているような気がするっつうか……」

 いったん落ち着いたように見えていたが、やはり喫茶店であった(と少なくとも本人は本気で言い張っている)異変が気がかりな様子だった。
 元々、タンはいわゆる霊感が強いことを自称していた。
 怪談話を聞いた後で、ナイーブになっているのだろうか?

「タン君。ともあれ深く考えても仕方がないと思うぞ」
「まあそうなんやけどさあ……」

 話している内に、一同はホームへ到達する。

 かくして三人は同じ電車に乗り込んだ。
 自分達の選択した車両は、不思議と席が広く空いていた。

 三人は座席に腰かけ、しばし電車に揺られていた。

 ――異変は、電車が駅を出立した後、間もなく起きた。

「ぬ……どうしたことか」

 抗いがたい、強烈な眠気であった。
 まるで、徹夜明けの疲労が、何の前触れもなしに自らの脳髄に圧し掛かってきたかのような。

「何だ? いきなりメチャクチャねみい……」
「なんや、クラクラしてきたで……」

 どうやら斉藤とタンにも同じ異変が襲ってきたようだ。
 座席どころか、通路にまで倒れこみかねないほどの悪辣な睡魔に、バリツは抗おうとする。

 だが、抵抗も虚しく、意識が遠のいていく。
 まるで、体が丸ごと蕩けていくのようだ。

 にわかには信じがたいし、あまりに唐突であった。
 だが、認めざるを得ない。
 塵芥川の語った都市伝説はどうやら――本物だ。

「そんな……まさか……」

 内容を思い返し、一瞬、恐怖がこみ上げるが、とめどない睡魔はそれすらも飲み込んでいく。

 ふと、バリツは、何かを聞いた気がした。
 うっすらとした羽根のような音。
 そして、何か――しゃがれ声の何かの喚き。

 ――バカ! 何でオマエがいるんだ! 斉藤! オマエじゃない! オマエじゃない!

「俺は巻き込むなって言ったのによう……うう……え、その声は、まさか……皆……?」

 斉藤のうわ言がぼんやりと聞こえてくる。どうやら斉藤にも聞こえたようだ。
 
(皆、とは、斉藤君の語っていた猿たちのことか……?)

 それ以上の考察を、地獄の看守めいた睡魔が許すことはなかった。
 もはや瞼の重みは、人間の精神力が支えられるものではなかった。



 バリツの意識は、沈みこんでいく。