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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上

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3、悪夢の始まり



 底知れぬかにも思えた、睡魔の果て。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか?

 未だ目を閉じたまま、バリツは等間隔の、小さな振動を感じていた。
 乗り物の揺れだ。

 鼻をつく香りは、嫌な湿り気を帯びている。
 どこか牧場めいているといえば聞こえはいいがー―濡れた毛皮と、鉄の鈍い臭いが入り混じったようなその空気は決して快いものではなかった。

 嫌な予感を覚えながら、恐る恐る目を開ける。
 目の前には、赤い壁――? 否、座席のシートの背面のようだ。
 
 困惑の中、バリツは瞬時に認識せざるを得なかった。
 自分は今、先ほどの電車とは異なる乗り物の中にいる。

(遊園地のアトラクションめいた、小柄な列車か――?)

 先ほどまでは標準的なロングシートの座席にすわっていたのに、いつの間にか、横座席に座しているではないか。

 左右を見やる。
 自分の右隣にタン。通路を隔てた左の列席に、バニラと斉藤が腰掛けていた。
 三人とも、自分と同じく覚醒したばかりで、まだ状況が掴めていないようだ。

「皆――」

 呼びかけようとしたその時、簡素な窓枠から、周囲の景色が目に入った。

 だがそれは、「景色」と形容していいものなのか?
 上も下も左右も、紫の深遠が無限に蠢いていた。

 病中の悪夢それ自体を具現化したような、この世ならざる光景が、眼前に広がっているではないか!

「!?」

 血の気が引く気配を覚え、あわてて座席から立ち上がろうとする。
 しかしどうだ。首から下の体が、全く動かない!

「くそっこれは……!?」
「所長~! なんやねんこれ!」
「皆巻き込まれた形か~……」
 左座席の窓際で、バニラの呟きが聞こえた。
「猿~? オイ猿ー!? 」
 斉藤が大声で呼びかける。
「話が違うじゃないか! まきこまないって約束だったんじゃないのかよ~!」
 だが、呼びかけに応えるものはいなかった。

 バリツは考えた。
 考えたくなかった。だが、認めざるを得なかった。
 自分達は今、旧友が語った怪異の真っ只中にいる!

「落ち着け、バリツ……」自分自身に言い聞かせる。
「尾取村での怪異を経験した身。冷静さを欠いては――」

「あ、この座席の感触、確かに俺が作った奴だ」
「斉藤君は切り替え早いな!?」

 呼びかけに反応がないと知るや否や、状況把握にすぐに切り替わったらしい。
 検分を始めていた斉藤は、バリツを励ますように言う。

「あの時の躍りを思い出すのだ、バリツ」
「あれはあんまり思い出したくないんだけどね斉藤君!」

「君達の過去はよくわからないけど……乗客は俺たちだけじゃないみたいだぜ?」

 バニラの指摘に顔を上げると、車内の上方に、ミラーを発見する。
 天井近くに設置されたそれを通して、後部座席を確認することができた。

 じっと目を凝らすと見えるのは、顔色の悪い男女複数。
 自分達の後方の座席に、ちょうど縦列になるような形で、一人ずつ腰掛けているようだ。
 その表情はよくは見えなかったが……起きていながら意識がないような不気味さを、バリツは想起した。

「何やあれ……生きてるのに死んでるみたいやんけ」

 突如として、場違いに明るいチャイム音が、車内の空気を振るわせる。
 壊れたラジオのようにノイズが交じったその明るいアナウンスを受け、本能が警告を発する。なにやらやばい、と。

「次は~活け造り~活け造りです」

 どこかで聞き覚えのあるアナウンス。血の気が引く感覚。
 刹那、後ろからけたたましい悲鳴が響いた。
 
 ミラーを見やり、背後を確認する。
 悲鳴の主は、最後方に腰掛けていたサラリーマンだ。
 その体に、目をらんらんと輝かせた複数の小人が――猿が群がり、鉈や包丁を何度もその体に振り下ろしている!

「何やああ?! うわああああ!!」裏声でタンが絶叫する。

 背もたれによって阻まれ、哀れな犠牲者の全貌を直視できないのは幸いだったのかもしれない。

 だが、その惨劇がすぐ真後ろで起こっているのに変わりはない。
 鉄を含んだ嫌な臭い。肉と液の生々しい脈動音。

 断末魔が、地のあぶくの気泡音を伴い、突如として途絶えた。
 その男の姿も、もはやミラー越しには確認できない。

「うーん……」
 唸るバニラの声色は、しかしながら、驚くほど冷静だ。
「まあ、これで、塵芥川さんに早速土産話ができたというわけだね」

「今はそういうことを話してる場合じゃないぞ、バニラ君。非常事態だ」

 自身でも冷静さを欠いている自覚があるが、バニラを咎めるように言葉を放ってしまう。
 だが、ふとバニラに視線を向けると、クーフィーヤから覗くその表情の強張りが伺えた。彼自身も気持ちを落ち着ける意味合いがあったのだろうか。

「まあ……何にしても。塵芥川さんの話が本当なら、これは夢のはずだよね」
「ということは? バニラ君」
「気を強く持つべきだと思うぜ。都市伝説の通りならば、この夢から抜け出せるはずだから」
「あの話の通りならそういうことになるよな……!」斉藤が同意する。
「いやしかし、すっげえリアリティーだぜ! よくわからんが、流石は猿たちだぜ……!」

 斉藤はこの怪異を、あくまでアトラクションの一貫と信じたい様子だ。あるいは本当に信じているのかもしれない。
 ともあれ、一連の異様な光景に惨劇、依然としてまるで殺されるのを待っているような乗客といい、説明できない要素が、成る程多すぎた。まさに悪夢の中だ。

 いつの間にか静かになっていたタンをちらりと見やるが……彼は目と口を半開きにしたまま固まっている。もしかして、気絶してるのか?! まあ無理もないといえばないが!

 どうやら特定の駅に停車するという訳ではないらしく、外の景色は変わらない。
 電車が速度を緩めることもなかった。
 ミラーを見やると、あのサラリーマンだけでなく、猿達も忽然と姿を消している。
 全員の視線がミラーからそれた刹那に、消滅したとでもいうのだろうか?

「成る程、やはり、これは夢だ……夢に違いない」

 自らに言い聞かせるようにバリツが呟いた時、斉藤が驚嘆する声が聞こえた。

「バニラが消えたぞ!?」
「なんだと!?」

 見やると、斉藤の隣が空席となっているではないか。
 バリツは驚愕するが、瞬時に閃く。

「いや……そうか!」
「どうしたのだ? バリツ」
「バニラ君は、夢から抜け出すことに成功したんだ。気を強く持ち、念じれば――」
 
 バリツの言葉を遮るかのように、ぞっとするようなチャイム音が再び響く。
 そして、あのアナウンス。

「次は~、『えぐりだし』~『えぐりだし』~」

 固唾を呑みながら、バリツは言葉を継ぐ。
「……この悪夢から抜け出せるはずだ、斉藤君」
「成る程な。流石にそろそろ酔いそうな気配を覚えていたところだったし――」

「オイ斉藤!」

 あまりに突然の、しゃがれ声。

 まるで言葉を覚えたばかりの類人猿のような、独特のリズム。
 そして、その声の主は文字通り――。

「斉藤君!!」

 バリツは叫んだ。
 通路を隔てた、真隣の座席の斉藤の体に、どこからともなく現れた猿たちが群がっているではないか!