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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 上

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 一頭一頭僅差はあれ、それぞれの背には、ベルトで固定された恐ろしい拷問機械がぎらついている。そして、その体は、ところどころが金属の部品で置換されている。いわゆるサイボーグに近い形態だ。

 だが、細かに観察している暇はなかった。

(今度は斉藤君が『えぐりだし』の犠牲となるというのか……!?)

「斉藤! なんでオマエがココにいるんだよ!」

 ところが猿の口から、拍子抜けするような声が飛び出した。
 男子更衣室と女子更衣室を間違えた友人を、叱り飛ばすかのような調子である。

 流れるような連携で、猿たちは、謎の呪縛に囚われた斉藤を抱えあげる。
 その振る舞いひとつで分かる。どうやら猿は、斉藤を完全に仲間だと思いこんでいる。

「お、おお!? 皆、ありがとう」

 ウキー! ウキー! キーッ!!
 バリツが唖然として見守る中、猿達が何かを口々にわめき始める。
 バリツやタンのことは眼中にないといった様子だ。
 類人猿に相違ないうなり声や、鳴き声の喧騒が飛び交う中、バリツの耳は言語を捉える。

「イヤイヤ、何でコイツまでコッチにいるんだよ。どうすんだ!」
「マズいぞ! アノ方に取り込まれちまったんならアトは――」

「聞いてくれよ、皆」
 斉藤が猿達に訴える。
「何か知らないけど、気づいたら巻き込まれてたんだよー」

「イヤイヤ、斉藤! オマエに例の話を吹き込んだヤツがいたはずだ! オマエはソレで取り込まれたんだよ」
「まさかオマエが例の話を聞くコトになるとは! やはり人間ドモの世界はロクでもないぜ! 腐ってやがる!」

 例の話、とは都市伝説のことなのか?
 それに……「あの方に取り込まれた」と言ったか? どういうことだ?
 バリツの脳裏を数々の疑問が掠めるが、思考の猶予はなかった。

「オレたちの詰め所には連れてくワケにはいかない!」
「とりあえず、コノ電車の先まで送るしかないんじゃないか?」
「やむを得ぬ! ソウだな」
「ソウしよう!」

 猿達は斉藤を抱えあげたまま、狭い通路を、前へと機用に進んでいく。
 まるで流れるかのように。
 
「待ってくれ皆、俺のツレがいるんだ!」
「ナニ言ってんだ斉藤! オマエは猿だ!」
「ナンてことだ、斉藤の奴、人間ドモに洗脳されちまったのか!」
「やはり人間ドモはロクでもないな! 生かしてはおけん!」

 慌しく喚き散らしながら、彼らは車両のドアの先へと消えていった。
 その声はすぐに聞こえなくなった。

 呆然とする中、代わりと言わんばかりに金切り声が響く。
 男性の一つ前の座席にいた女性のものであろう。
 バリツは顔をしかめ、ミラーから目を逸らす。
 聴覚は強制参加だが、視覚まで「えぐりだし」のショーに付き合わせる必要はない。

「おい、タン君! しっかりしろ!」
 鼓膜を破らんばかりの絶叫の中、バリツは隣の助手に呼びかける。
 反応はない――。
 気迫をこめて、もう一度。

「タン!!!! アシュラフ君だ!!!!」
「は、え!? アシュラフちゃん!? 殺さないで!」

 やぶれかぶれで例の狂信美少女の名を出したわけだが、響く絶叫の中でも目覚めなかったのはどういうことだったのか。もしかしてワザとじゃなかろうか。
 ともあれ、今は詮索している時ではない。

「寝ぼけている場合じゃないぞ、タン君、念じるんだ」
「へ? 何を?」
「この夢よ醒めろ! ――とだ! このままでは私達がターゲットになるぞ!」
「いやいや、所長、もう夢から醒めてますやん――ってああ! 鏡! あのミラー! 後ろで人が殺されとるやんー!」
「まだ寝ぼけてたのか! そうなのだよ! まだ悪夢だ! さあ、とっとと目覚め――」

 その時であった。

 突然の、強烈な浮遊感。
 自身を取り巻いていた世界が、一瞬にして水没したかのような感覚。
 景色が暗転し、刹那、何も見えなくなる。

(なん――だ!?)

 状況についていけなかったが、自身の体が自由になったことを感じた。
 だが、足元に大地はなかった。
 自身の体が、空中に浮かんでいる!
 
 落下の恐怖に襲われ、やたらめったらに四肢をバタつかせる。
 だが――その気配はない。
 無重力の空間に放り出されたとでもいうのだろうか?

(私は、夢から抜け出せたのか……? いや、これは……)

 ふと見やると、自身の眼下に、深淵が――先ほどまで車窓からしか伺えなかった景色が広がっていた。
 暗黒の世界の中、一台の電車がゆっくりと進んでいた。虚空の中に敷かれた、無限にも思える、か細い線路を。

 いかなる事象によるものか――その天上が透け、中の様子が伺えた。
 その車内は、先ほどまで自分が乗っていた電車に相違なかった。

 後方の座席3つが、血の海に染まっていた。
 その内2つは、「いけづくり」「えぐりだし」の犠牲者だとして――自身に異変が起こった間に、新たな「停車駅」の犠牲者が生まれたのだろう。

 バリツはだんだんと理解してきた――電車からは出れても、悪夢はまだ続いている! 

 前方に残された、たった一人の乗客は――タンその人だ。
 空中にて、バリツはかすかにあのアナウンス音を聴き取った。

「次は~『ひきにく』~『ひきにく』~」

 やや離れた距離からでも分かる。気づけばタンタカタンの膝の上に、一頭の猿が乗っているではないか!

 子犬めいた細身にいかなる怪力を秘めているというのか。
 猿の手には、チェーンソーを4つ重ねたかのような、妙な機械。
 その鈍い刃は、大時計の秒針めいて、ゆっくりとタンの脳天に迫る。

(タン君……! タンっ! 目を覚ませ! 目を覚ませ!)

 バリツは必死に呼びかけようとするが、声が全く響かない。
 呼吸はできるはずなのに、まるで水中で叫んでいるかのようだ。

 タンの縮れ毛を、刃が掠めた。

「もうダメや~!!」

(タン君ーーーッ!!!?)

 
 全てが暗闇に包まれた。
 電源を引っこ抜かれたテレビのように。

 バリツの意識は、途絶えた。


☆『中』に続く