CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 下
激しい足音の接近に気づき、一同はハッと入り口を振り返る。
慌しく駆け込んできたのは、バニラだった。
理由を問う間もなく、素早く分厚いドアを閉め、内側から鍵をかけてしまった。
まさしく戦場で培ったというべき身体能力だ。
「……バニラ君ー―?」
バリツを睨み、バニラは人差し指を唇に当てる。
大きな古傷が残るその顔に、彼らしからぬ焦りが窺えた。
静かにするべきということか。
――外から不快な音が迫ってきていた。
巨大な――それも現実にあり得てはいけない大きさの――カブトムシめいた、乾いた羽音。
続いて強まり、近づく、猿達の喚き声。人ならざる断末魔の悲鳴。獣の怒声。
機械と機械が、ぶつかり合うような音。
猿達に違いない。
バリツは恐怖するが、何か様子がおかしかった。
声を押し殺し、身を屈めながら、やがて直感する。
(あの猿達が――何かと戦っているというのか?)
どんどんどんどん音が大きくなる。
それから間もなく、扉が激しく叩かれた。
一度、二度、三度。
「オイ! 斉藤! ソコにいるよな!!」
「その声は――鹿児島か?!」
斉藤が答える。
何故猿達を声だけで聞き分けることができるんだろう、とか、やはり名前が何故都道府県なのだろうと、やはり突っ込みたいところであるが、今はかつてなくそれ所ではない。
どうやら他の猿達も、何かを口々に喚いているようだ。
「ヤバイヤツらだ!」
「主がオレたちを見限った!」
「今は人間ドモなんてドウでもいい!」
「ナニがあっても出てくるんじゃないぞ!! 殺されるぞ!!」
「お、おい、皆……皆どうしたってんだよ――!」
斉藤の声も空しく、猿たちの声は次々と甲高い鳴き声に、怒声に、断末魔の叫びへと取って変わり、残虐な騒音の中に飲み込まれていく。
肉を裂き、機械を叩き壊す無慈悲な音。空気の激しい振動は、臓腑までもつんざきかねなかった。
ドアは幾度となく、猿たちのものではない、より恐ろしい何かによって外から激しく打ち付けられた。
一秒一秒が、あまりにも長かった。永遠に続くかのようにすら思えた。
誰もがその場から動けなかった。
だがやがて、猿の気配――そして猿ならざる脅威たちの気配は、ひとつ、またひとつと消えていく。
ずっと続いていた羽音が、殺戮機械の不協和音が、遠ざかっていく。
しばらくして、あたりを沈黙が支配した。
その後も、皆はしばらくの間、動けなかった。
早鳴る心臓の鼓動が、ずっと耳にまで届いていた。
――――ピンポンパンポーン。
突然の、不釣合いに能天気なアナウンス音に、バリツは一瞬飛び上がる。
天上の隅のスピーカーが音源らしい。
機械的な、女性の声が、ゆっくりと続く。
『まもなく 電車が 到着します』
☆続
作品名:CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 下 作家名:炬善(ごぜん)