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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 下

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 激しい足音の接近に気づき、一同はハッと入り口を振り返る。

 慌しく駆け込んできたのは、バニラだった。
 理由を問う間もなく、素早く分厚いドアを閉め、内側から鍵をかけてしまった。
 まさしく戦場で培ったというべき身体能力だ。

「……バニラ君ー―?」

 バリツを睨み、バニラは人差し指を唇に当てる。
 大きな古傷が残るその顔に、彼らしからぬ焦りが窺えた。
 静かにするべきということか。

 ――外から不快な音が迫ってきていた。

 巨大な――それも現実にあり得てはいけない大きさの――カブトムシめいた、乾いた羽音。
 続いて強まり、近づく、猿達の喚き声。人ならざる断末魔の悲鳴。獣の怒声。
 機械と機械が、ぶつかり合うような音。

 猿達に違いない。
 バリツは恐怖するが、何か様子がおかしかった。
 声を押し殺し、身を屈めながら、やがて直感する。

(あの猿達が――何かと戦っているというのか?)

 どんどんどんどん音が大きくなる。

 それから間もなく、扉が激しく叩かれた。
 一度、二度、三度。

「オイ! 斉藤! ソコにいるよな!!」
「その声は――鹿児島か?!」

 斉藤が答える。
 何故猿達を声だけで聞き分けることができるんだろう、とか、やはり名前が何故都道府県なのだろうと、やはり突っ込みたいところであるが、今はかつてなくそれ所ではない。

 どうやら他の猿達も、何かを口々に喚いているようだ。

「ヤバイヤツらだ!」
「主がオレたちを見限った!」
「今は人間ドモなんてドウでもいい!」
「ナニがあっても出てくるんじゃないぞ!! 殺されるぞ!!」

「お、おい、皆……皆どうしたってんだよ――!」

 斉藤の声も空しく、猿たちの声は次々と甲高い鳴き声に、怒声に、断末魔の叫びへと取って変わり、残虐な騒音の中に飲み込まれていく。

 肉を裂き、機械を叩き壊す無慈悲な音。空気の激しい振動は、臓腑までもつんざきかねなかった。
 ドアは幾度となく、猿たちのものではない、より恐ろしい何かによって外から激しく打ち付けられた。

 一秒一秒が、あまりにも長かった。永遠に続くかのようにすら思えた。
 誰もがその場から動けなかった。

 だがやがて、猿の気配――そして猿ならざる脅威たちの気配は、ひとつ、またひとつと消えていく。
 ずっと続いていた羽音が、殺戮機械の不協和音が、遠ざかっていく。


 しばらくして、あたりを沈黙が支配した。
 その後も、皆はしばらくの間、動けなかった。
 早鳴る心臓の鼓動が、ずっと耳にまで届いていた。


 ――――ピンポンパンポーン。 

 突然の、不釣合いに能天気なアナウンス音に、バリツは一瞬飛び上がる。
 天上の隅のスピーカーが音源らしい。
 機械的な、女性の声が、ゆっくりと続く。


 『まもなく 電車が 到着します』


☆続