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炬善(ごぜん)
炬善(ごぜん)
novelistID. 41661
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CoC:バートンライト奇譚 『猿夢』 下

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 おぞましい殺戮機械はあちこちに投げ出され、動作を停止していたが、未だに残るその熱気が衣服を通し、肌に伝わってきた。

 身体を著しく損傷した、半機械の類人猿たちが横たわっている。
 間違いない。ロッカーから飛び出してきた、あの猿たちだ。

「うわ、なんやこいつ!」
 
 タンの声に振り返ると、ドアの間近に、一回りも大きな体格の死体が倒れていた。
どうやらこれが、ドアを塞いでいたようだ。それは、僅かな毛皮こそ残るものの、ロッカーの猿たちよりも明白に機械に近い井出達だった。
 血とオイルにまみれたそれは、死体というよりも、壊れた人型兵器という表現が近かった。
 
「鹿児島!」

 斉藤の悲鳴だ。
 一体の猿の前に屈みこんでいた。
 駆け寄ると、まだ意識のある猿の姿があった。
 しかし、その機械仕掛けの下半身が吹き飛んでいる。もはや生存は絶望的であろう。その痛々しさに、バリツは言葉を失った。

 猿は、斉藤に言葉を発した。

「ヤバイやつらだ……でも扉だけは守り抜いたぜ」
「鹿児島。何でこんな――」
「よく聞け、斉藤……!」

 鹿児島と呼ばれた猿は、斉藤の言葉を遮る。
 バリツたちも猿を囲うが、彼は斉藤以外は眼中にない様子で、続ける。

「次の猿が来る……アレは俺たちの味方じゃナイ……! アレは猿であって猿ではナイ。ミ=ゴ様は俺たちを見限った……! お前だけでも生き残るんだ!」
「わ、分かったぜ鹿児島!」

 斉藤の返事を聞くと、微かに頷き、猿――鹿児島は、目を見開いたまま事切れた。

「鹿児島……」

 斉藤は、鹿児島を前に項垂れた。

 これまで怪異を前にしても、豪胆さを失うことがなかった斉藤だが、此度は流石に堪えるものがあったのだろう。かける言葉が、バリツにも思いつかなかった。

 にしても、ミ=ゴ様とは? 猿であって、猿ではない存在とは――?

『ドアが閉まります、ご注意ください』

 場の沈黙と、バリツの思考を遮るかのような、場違いなアナウンス。

 改札へと目を向けると、ラッチの先には、列車。
 あの、アトラクションめいた乗り物。

 それが今、右へ向けて、ゆったりと動き出していた。
 行き先を告げるアナウンスは、何故か聞こえなかった。

「――あの電車はフェイクだと、信じるしかないな……」
「せやな、所長……」

 去りゆく電車を共に眺めながら、タンが呆然とした様子で答える。

 ふとみると、バニラが踵を返し、歩き出していた。
 彼が向かう先は、自販機だ。
 そういえば、この構内での騒動の直前、彼は自販機の方向から慌てて駆けてきた。
 彼は自販機で何をしていたのだろうか? まだそれは聞けていなかった。

 ピッピッピッピッ……。

 立ち上がったその時、コートのポケットから覚えのない電子音が響いた。
 ポケベルだ。
 慌てて取り出し、表示面を確認する。
 ゆっくりとした、二種類の小さな文字列が、交互にスクロールしていた。


 440403328121042393
 52032404032112


「何や、これ?」
「ポケベルにメッセージが来たようだ。しかし、読めないな……」

 戻ってきたバニラもまた、バリツが手にするポケベルを覗き込む。
 その手には、紙コップ。何かの液体が既に満たされているようだ。

「バニラ君。それは? 君は自販機で何を――?」
「ああ。この場所では、やたらと87という数字が強調されている気がしたんだ」
「言われてみれば確かに――」

 意識してみると、トイレで事切れていた男性が持っていた鍵も87。
 ロッカーも、87以外の番号は、100の位の数字。
 言われてみれば、不自然に思えた。

「だから、自販機で87番を購入したんだ。何かのヒントになるかもしれないと思ってさ。だけど、飲み物の完成を待ってる間に、騒ぎが聞こえて、慌てて駅長室に駆け込んだ、ってわけ」
「そうだったのか――それで、なんと言う品を買ったんだい?」
「オキシドールコーヒー、だね」
「オキシドールコーヒー」

 思わず復唱してしまうような代物だ。
 バニラも肩をすくめる。

「何かどうみても、コーヒーの色じゃないんだけどねえ」
「……やはりロクでもないネ」
「とはいえ、買ったはいいけれど、ポケベルにかけるわけにもいかないのだけど――」
「――ちょっと待ってや」

 タンが何かに思い当たったように、ズボンのポケットを探り出した。
 その動きを見て、斉藤が立ち上がる。

「お、おいお前、今度は何する気だ」
「ちゃうねん。ホラ、ワイがここに来たときに拾った――あった、これや」

 タンが取り出して見せたのは、血まみれの紙だ。
 バリツもすっかり記憶から抜け落ちていたが、この駅で目覚めて間もなく発見し、彼が預かってくれていた代物だ。

「そうか……その紙のことを失念していたよ。それも87だったね」

 バニラが呟く。
 この紙にも、87のノンブレが読み取れたのだ。

「血液のシミって、オキシドールで落せるはずやったで」
「――成る程」
「おいタン、マジかよ」
 バニラと斉藤が、見直したとばかりに受け応えると、タンは肩をすくめる。
「足手まといばっかりは嫌やからな……」
「ともあれ、早速試してみよう」

 地面に置いた血濡れの紙に、飲料をそっとかけていく。
 血液のシミは、液体の流れに沿って波状に薄れゆき、文面が姿を現す。


 ポケベル知識 ☆ヒミツの文章はこれで打とう!☆
 ポケベル解読表!


 との派手なデコレーションが施されたタイトルの下に、数列の組み合わせが表記されていた。用途は文字通り、ポケベルを読み取ることに違いなかった。

 何故こんなものが駅のホームに血塗れで放置されていたのか。
 それも、駅長室に隠されていたポケベルと都合よく対応するような形で、だ。
 謎は尽きなかった。
 だが、用いない手はなかった。
 ポケベルの解読は慣れない作業であったが、間もなく、成功した。

「でんしや……が……くる……にんげん、かい……」

「――電車が来る、人間界? ってことか?」
「ホンマか! でもこのメッセージ、一体誰が送ってくれたんやろな?」
「わからぬ。ともあれ、切符がない状態では、電車に乗ることはできないのではないか?」
「そうと決まれば、ひとまず、券売機に向かうか」
「ああ、その前に――」

 バリツは今一度、鹿児島の名を持つ猿に向き直ると、目をそっと閉じた。
 意味のない行動であることは自覚していたが……。
 斉藤が、礼を言う。

「ありがとう、バリツ」
「確かに命を狙われはしたが、彼らは間違いなく我々を守ってくれた。敬意は示すべきだ」
「まあ斉藤以外のことは、眼中にない感じだったけどねえ」
 先行していたバニラが立ち止まり、振り返っていた。
「まあええんやない? あと話変わるけどアレや……結局87って数字はどういう意味なんやろな?」
「んー。分からないけれど、どうもこの場所においては特別な意味が――」

 言いかけたバニラが、突如として身構えた。 
 訝り、振り返ったバリツは凍りついた。
 
 一匹の猿が、自分達の背後に立っていた。

 エリックだ。


★続