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Tokyo Boogie Days(未完)

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恋に落ちたなんて、甘い甘い砂糖菓子のような言葉を吐くつもりはない。
ただ、気付けば、奴の事を考えていた。

3月中旬。そろそろ春の気配が近付く頃。
オルフェが一週間の地上での仕事を終え、冥界に戻ってきた。
この神に愛された琴の腕の持ち主は、普段は冥界在住だが多少は聖闘士としての仕事もしないと不味いので、ハーデスに琴を聴かせる合間の一週間は聖域に戻っている。
「そういえば、パンドラ」
帰還の報告のためにジュデッカを訪れたオルフェは、アテナから預かった書面を冥界の女統治者に渡した。
彼は冥界では客人扱いなので、パンドラにもフランクな態度で接する。
「どうした。これはなんだ」
「アテナから。内容はね、毎年バイロイトやウィーンフィルでお世話になっているだろう?だから、それのお礼をしたいから、何か希望があったら教えて欲しいって」
音楽家は、にっこりと微笑んだ。女性に好かれる柔和な笑みである。パンドラは無言で書面を受け取ると、
「後で返事をする」
と事務的に返事をして、ハープの調弦を始めた。
彼女は時間がある時はファラオやオルフェにハープを習っていた。
あの音楽家たちの技の威力を自分の仕置にも取り入れられたら、こんなに素晴らしい事はない。

「……アテナからのお返し、か」
あの居候ミュージシャンの言葉が、パンドラの頭の中をぐるぐる回る。
お返しと言われても、そうそう欲しいものなどない。
自分も金持ちなので、アテナにお返ししてもらう必要はあまりないのである。
「……ものは、特にはないな」
自分の部屋に戻り、ベッドに横になる。
デュベの上に大の字になると、何が欲しいのかを真剣に考える。
地上?ハーデスの時代?そんなもの、ナンセンスだ。
双子神の首?あっても困る。
では、自分は何が欲しいのか。もう一度、真剣に考える。
そして、彼女が出した結論は……。

2日後。
パンドラは書面の返事のために、東京・城戸邸を訪ねていた。
アテナのように文書で返事をすればよかったのかも知れないが、今回はどうしても自分で、自らの声と言葉で伝えたかったのだ。
「東京見物、ですか」
パンドラからの返答を聞いた沙織は、目を丸くする。
彼女の向かいのソファに腰掛けていたパンドラは静かに頷くと、出されていた紅茶をすする。
「ああ。私はレジャーらしいレジャーを楽しんだ事がないのでな。一度くらいは、東京見物とやらをしてみたい」
「そうですか……」
沙織は、少々寂しそうに悲しそうに、笑う。
パンドラも神々にその運命を弄ばれた一人なのだ。普通の少女の幸せを味わう事が叶わなかった一人なのだ。
そんなパンドラが、普通の観光やレジャーに興味を持つのも、無理はない。
沙織だって、今でこそ一般人の暮らしを満喫しているが、女神として、アテナとして、聖闘士を率いて戦い生きる事を宿命付けられていたのだから。
彼女の、パンドラの気持ちは……痛いほどわかる。すぐに満面の笑みを浮かべると、
「いいでしょう。私で出来る事なら」
「そうか」
パンドラの白皙の美貌に、ほのかに朱が差す。
と、彼女はモジモジと、冥界の統率者らしからぬ様子で、
「では、注文を付けて悪いのだが」
「何でしょう?」
柔らかく微笑み、パンドラの次の言葉を待つ沙織。
パンドラは小さく頷くと、年相応の少女のような表情で、ある頼み事をした。
それは。

「パンドラの希望って、何だったのだろうな?」
その日の夜。ドイツからの客が帰った後、星矢は瞬にそう切り出した。
瞬はどうだろうね?と、『曖昧』に答える。彼としては、パンドラの事はあまり思い出したくないらしい。
『それも仕方ないか』
パンドラが瞬に与えた仕打ちを列挙すれば、彼がトラウマを抱えてしまうのも納得できる。
いくら優しい瞬でも、赦せない事はあるのだ。
「すげーイヤな事言うけど」
星矢の頭の中に、ある仮定が浮かぶ。
「一輝とデートさせてくれ!だったら、どうする?」
「冗談でも、止めてくれないかな」
温和な瞬には珍しく、明らかに嫌がっているような口調だ。いつもよりも、語調が強い。
星矢は地雷踏んじまったかな?と後悔した後、悪かったなとすぐに詫びた。
いつも優しい瞬だが、怒らせるととんでもなく怖い。
なのでこういう場合は、即謝っておくのに限る。
瞬は僕こそごめんねと告げた後、低い声で、
「でも星矢。記憶から抹消したい事って、本当にあるんだね……」
瞬の脳裏にパンドラに囚われた際の事が、蘇る。
ハーデスに体の主導権を奪われた状態ではあったが、記憶はしっかりと残っていたのだ。

しかし世の中、こう在って欲しくないと願う予想ほど、的中してしまうものなのだ。
星矢が軽口で叩いたある仮説は、現実となって急速に動き出そうとしていた。

「……そういうわけなので、一輝。お願いできますか?」
パンドラが辞した後すぐに、アテナの小宇宙で城戸邸に呼びつけられた一輝は、客間で沙織と向き合いながら不機嫌な顔をさらしていた。
別に、何かイヤなことがあったわけではない。
彼は元からこんな顔だ。
沙織はテーブルの上の紅茶を一口すすると、
「一輝、貴方の気持ち無しに勝手に決めてしまったことは謝ります。でも私は、パンドラの気持ちもわかるのです」
そう、自分はまだいい。
城戸の家に引き取られたおかげで、祖父の光政が亡くなるまでは、聖戦も何も関係ない、普通の少女として生きることができた。
しかしパンドラは……彼女にも幸せな時期があったとはいえ、その後の運命はあまりにも過酷だった。
たった一人、心を預けられる相手もなく。
死を司る冥界軍の首領であることを、突如義務づけられたのだ。
普通の少女の幸せ。
普通の少女の生活。
普通の少女の暮らし、人生。
そんなもの、パンドラにとっては辞書上の概念でしかなかった。
「……貴方も、パンドラと接したことがあるならば、それはわかると思います」
うつむいたまま、沙織は告げる。
彼女もパンドラと同じく、神々の戦いで人としての営みを捨てざるを得なかった。
……だから、普通を求めるパンドラの想いが、胸に刺さるのだ。
一輝は何も言わずに、うつむく沙織のつむじを見ていた。
たっぷり一分はそうしていただろうか。長い長い凝視の後、一輝はぽつりと、
「俺は何も言っていないが」
「?」
その言葉に、沙織はハッと顔を上げる。
一輝は表情を全く変えずに、女神を眺めている。
「……一輝?」
「俺は嫌ともいいとも、引き受けるとも断るとも言っていない」
いつもの、どこか他人を突き放したような口調だ。
沙織はその裏に潜む、一輝の優しさのようなものをよく知っている。
本当は弟の瞬と同じで、とても優しい人なのだ。
「では、貴方の気持ちを教えてください」
誤解を招きかねない言い方だが、一輝は全く態度を変えずに、
「一日東京見物に付き合うだけだろう?」
「ええ」
「どうせお嬢さんのことだ。最初から断るという選択肢はないのだろう?」
「ええ」
笑ってみせる沙織。
一輝はがたっと勢いよくソファから立ち上がると、客間を出ようとする。そして沙織に背中を向けたまま、
「費用は出してくれ。俺はあまり金がない」
「勿論」
その答えを聞いた途端、一輝の姿はかき消すように消えた。
作品名:Tokyo Boogie Days(未完) 作家名:あまみ