彼方から 第三部 第ニ話
「……ジーナに、もう一度占ってもらうわけにはいかないだろうか……」
そう訊ねて来た。
「もう一度、か……」
ノリコが狙われた理由を知るには、それが一番手っ取り早い。
イザークは、ジーナの占いの能力を高く評価してくれているのだろう……それは、『占者』の父親としては嬉しいことなのだが……
ジーナハースの父としては、首を縦に振ることは出来なかった。
リェンカでの傭兵時代。
ジーナの占いはかなり重宝された。
幼いながらも、彼女の占いは正確で、どれだけ助けとなったか知れない。
だが、それ故に、大人の嫌な面や子供には残酷と思えるようなことも、ジーナは経験してきた。
リェンカから離れた今――人の為とはいえ、これ以上恐い想いを、娘にさせたくはなかった。
もう一度、この件で占いをするということは、ジーナはまた、『化物』を見なければならないということだからだ……
「……済まない、イザーク……おれは……」
アゴルは俯き、言葉を濁し、唇を引き結んでいた。
「いや……」
彼の、辛そうな表情を眼にし、イザークは直ぐに思い直し、首を振る。
「おれこそ済まなかった。もう一度、ジーナに恐い想いをさせるところだった」
怯え、父にしがみついていたジーナの姿を眼にしていたくせに、『知らなければ』という想いから焦りが先に立ってしまった。
占者とは言え、ジーナはまだ幼い……
彼女の占いは必要最低限で、良い。
気まずい想いに、二人自然と、口を噤んでしまう。
「話しを振ったおれが言うのも、なんなんだけどよ……」
二人の様子を見ながらバラゴは額を掻き、
「ノリコが狙われた理由も、狙ってきた連中のことも、ガーヤの姉さんに占ってもらおうぜ」
にかっと笑ってそう言ってくる。
その笑みが、どことなく済まなそうに見えるのは、バラゴ自身、『余計な話題を振っちまった』と思っているからかもしれない。
「そうだな……ゼーナという人は、グゼナではかなり有名な占者らしいからな」
バラゴのその笑みに苦笑を返しながら、アゴルもそれに同意する。
「ああ……そうだな」
イザークも瞳を伏せ、テーブルに視線を落としながら、同意していた。
***
本当は、『狙われている』のだから、その『理由』を知るのは早ければ早いほど良い。
それに対する対応、対策を練る時間を作る為に。
だが、あんなに怯えた様子を見せたジーナに、『もう一度占え』というのは確かに酷だと、イザークは溜め息を吐きながら肩を落とした。
それに――また襲われたとしても、あの程度の戦士なら何とでもなる。
その時はもう、取り逃がしたりなどしない。
確実に捕まえる。
そうすれば、ジーナに占ってもらわなくとも、刺客に吐かせれば良い。
同室で、鼾を掻いて眠るバラゴを一瞥する。
イザークは窓際に置かれた椅子に座り、夜空を見上げていた。
ノリコと二人きりでの旅の中……彼女に言葉を教えていた頃を思い出す。
≪星、星はなんていうの? イザーク。ほら、キラキラ、チカチカしている、あれ……えーと、空の……≫
『タータ(空)……トエ(火)、ニーケ(小さい)』
『店、たくさんの店』
『あたしは買います。これをひとつ』
『ここ、同じ、“十進法”、助かる』
『太陽・月・星・同じ』
『あたしの世界・動物・植物・種類たくさん・いる』
言葉を覚えることが……
言葉を交わせるようになることが……
嬉しくて仕方がない……
彼女がそう思っていることが、そう感じていることが――手に取るように伝わって来ていた。
覚えたての単語を並べては、意思を伝えようとする彼女が、伝えようと頑張るノリコが、その表情が笑顔が……脳裏に幾つも――幾つも蘇り、今の彼女と重なってゆく。
あの日、あの夜……
『好き』と言ってくれたその言葉が、口づけが、白く柔い肌が――思い返す度に胸を……身体の芯を熱くする。
――あいつを
――ノリコを護れるのは、おれしかいない……
バラゴとアゴルが弱いとは言わない。
二人はその辺にいる戦士よりは、いや、それなりの訓練を積んでいるとしても、ただの国の兵士よりはずっと強い。
だが、それは……『人間』が相手の場合のことであって、『化物』が相手では、そうもいかない。
昼間のような、普通の能力者とは違う、特殊な力を持つ連中がまた襲ってきたら……
今日は一人だったが、次は複数で来るかもしれない。
そうなったら……
イザークは、どこまでも広がる満天の星空を見詰め、その心に刻み込むように、新たに決意していた。
第三部 第三話に続く
作品名:彼方から 第三部 第ニ話 作家名:自分らしく