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自分らしく
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彼方から 第三部 第ニ話

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「……奴は確か――『黙面様よりいただいた力』と言っていたな……」
 カップを置き、イザークが不意に、そう呟く。
「バンナ様とかって、呼ばれていた奴のことか?」
「ああ」
 椅子に背中を預け、軽く腕を組みながらカップを口に運んでいたバラゴが、そう訊ね返す。
「いただいた力……与えられた能力か……」
 自分のカップをテーブルの上に置き、ノリコのお茶のお陰で気が緩んだのか、少しトロンとし始めた娘の手から、カップを取るアゴル。
 ジーナはそのまま父の胸に体を預け、瞼を閉じてゆく。
「済まない、ジーナを寝かせてくる……今日の占いで、流石に疲れたんだろう」
 既に、寝息を立て始めている娘を、眼を細めて見やりながら、アゴルは席を立ち、部屋へと向かった。
 父の腕の中で、安心し切ったような可愛らしい寝顔を見せるジーナに、口元を緩めながら、
「……そう言えば」
 ノリコはふと、思い出した。
「なんだ?」
「捕まえられた時、あの男の人も、『これでおれも、黙面様から力を貰えるんだ』って言ってた……」
 自分の言葉に問い掛けてくれたイザークを見ながら、ノリコはそう返していた。

 ――『力』を貰える……
 ――『与えられた』能力……

 カップの向こうに見える灯明の火を、会わぬ焦点で見詰めるイザーク。

 ――人が人に文字通り、『力』を与えることなど……出来はしない
 ――布を操るという、あんな特別な能力なら尚更のことだ

 【天上鬼】である自分にも、そんなことは出来ない。
 自分はただ、強過ぎる力を持って生まれた『人間』に過ぎないのだから。
 では、どんな存在であれば、『人』に力を『与える』ことが出来るというのか……
 頭に残る言葉の――これまでに経験した出来事の一つ一つが、嫌な推測へとイザークを向かわせる。
 隣で、両手でカップを包み込むようにしてお茶を飲んでいるノリコ。
 とりあえず、今は落ち着いている――が、これ以上、彼女に血生臭い話しを聞かせたくなかった。

「ノリコも、先に休め」
「……え?」

 あまりにも唐突な言葉に、ノリコは眼を丸くして、そう応えるだけだった。
「明日は、セレナグゼナに発つ。ノリコ、あんたは病み上がりだ、早めに休んでおいた方がいい」
「あ、うん……でも……」
 まだ、皆、振る舞ったお茶を飲み終えていない。
 カップの片付けもある。
 ノリコがイザークの言葉に返事を返しながらも、『どうしようか』と逡巡している様を見て、バラゴがポリポリと、額を掻いた。
「そうだぜノリコ、イザークの言う通り、先に休んどいた方がいい。洗いもんなら気にすんな、おれがやっといてやるからよ」
「バラゴさん……」
 にかっと、懐っこい笑みでそう言ってくれるバラゴだったが、やはり気になるのか、ノリコは躊躇いがちに、『いいのかな?』とでも言いたげに、イザークを見やっていた。
 イザークも少し笑みを見せ、コクンと頷く。
 その頷きにノリコも頷きを返すと、席を立った。
「じゃあ、先に休むね。ありがとうバラゴさん。二人とも、おやすみなさい」
「ああ」
「おう、ゆっくり休めよ」
 二人の返事を聞きながら部屋へと向かうノリコと、入れ違いになるようにアゴルが戻ってくる。
「あ、おやすみなさい、アゴルさん」
「ん? ああ、おやすみ」
 条件反射のように『おやすみ』を返したものの、何度かこちらを振り返りながら部屋に戻るノリコを怪訝そうに見やり、アゴルはテーブルに着く。
「どうした? 具合でも悪くなったのか?」
 もう姿は見えないが、アゴルはノリコの方に視線を送りながら、二人にそう訊ねた。
「違う違う」
 即座に首を振るバラゴ。
「ノリコにこれ以上、血生臭い話しを聞かせたくなかっただけだろ?」
 そう言いながら椅子に背を預け、バラゴはイザークを見た。
「ああ……」
 ノリコが淹れてくれたお茶を口に含みながら、端的に応えるイザーク。
 バラゴの言葉を聞き、そう言えばさっき擦れ違った時、彼女の表情が少し硬かったなと思い返す。
「……なるほど」
 アゴルは納得したかのように何度か頷いた。
 
 ――甘いな、イザークは……

 そう思う。
 が、女性に血生臭い話しをこれ以上聞かせたくないと思うのは、男なら当然かもしれない。

「それで? その血生臭い話しってのは何だ」
 残ったお茶に口を付けながら、アゴルはイザークに続きを促す。
「これは、おれの推測だが……」
 イザークはそう断りを入れ、二人に話し始めた。

          ***

 白霧の森の化物……
 人を狂わせ、攻撃的にさせ、互いに争わせようとしていたあの化物は、元、森の住人たちの魂の、負の念から起こるエネルギーを吸い取り、自らの力としていた。
「エネルギー……つまり『力』を吸い取ることが出来る化物がいるのなら、反対に、『与える』ことが出来る化物がいても、不思議じゃない」
 イザークは白霧の森の化物を例に挙げ、二人に自分の考えを話していた。
「なるほどな……それなら、奴らが言っていた内容にも、ジーナの占いにも当てはまる」
「つまり、奴らは化物の手下ってことだろ?」
「簡単に言えばそうなる……だが、あくまでも推測だ」
 イザークはバラゴの言葉に頷きながらも、軽く釘を刺し、カップを口に運んだ。
 閉じられた窓の戸板の隙間から、夜風が入り込んでくる。
 昼間よりも少し涼しさを感じさせる風は、テーブルの上の灯明を揺らし、リビングを通り抜けてゆく。
「しかしよ……何だってノリコが狙われるんだ? おれ達の誰かってんなら、ナーダかケミルの野郎が、追手を掛けたってとこだろうけどよ――けどよ、狙われたのはノリコだぜ? しかも、化物なんかに――そんなのに狙われる理由がどこに在るってんだ?」
 椅子から背を離し、バラゴはテーブルに肘をつきながら二人を見回し、考えを巡らせるかのように、纏めるかのように訊ねてくる。
「問題はそこだ……」
 アゴルは手の中でカップを弄びながら、そう呟き、考え込むかのように口を閉じる。
 イザークも、バラゴと同じようにテーブルに肘を着き、揺れる炎を見据えていた。

 普通はそうだ……
 ただの島の娘。
 移民として、家族と共に島から大陸に渡り、旅の途中でその家族は皆息絶え、一人残ったノリコを偶然通りかかったイザークが助けた……
 彼が皆にした説明をそのまま信用するなら、ノリコが誰かに、しかも化物に狙われる理由など、あるようには思えない。
 あるとすれば……
 
 ――ノリコが【目覚め】だと、知れたからか……?

 だがその考えを、イザークは即、否定した。
 彼女が【目覚め】だと知っているのは自分と――エイジュしかいない、からだ。
 エイジュは『自分の口からは決して誰にも言わない』と断言していた。
 彼女を信じると決めたのは自分だ。
 それは今でも間違っていないと思っている。
 それに、もし、エイジュがこの件に関わっているとしたら、ジーナの占いに何かしらの形で現れるはずだ。

「――占い……占者、か……」

 イザークはふと、灯明から眼線を外し、呟いた。
「なんだ、どうした?」
 バラゴが問い掛けてくる。
 イザークは少し躊躇うようにアゴルを見やると、