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BLUE MOMENT15

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BLUE MOMENT 15


 ゆらゆらと優しい揺れを感じて、少し覚醒した。
 肩が硬い物に触れて、かちゃり、と小さな音がする。
「意識がなくてもいいのか……」
 この声は、アーチャー?
 意識がなくてもって、なんのことだろう?
 がごん、と大きな音がして、びく、と身体が跳ねた。
「んぅ……」
 何かが、起こっているのか?
 目を覚まさなければと思って瞼を上げる前に、す、と力が抜けていく。手を上げようとしてみたけれど、指すら動かない。
 何か、無理やりに眠りに落ちていく気がして、とても嫌な気分だった。
(起きないと……、早く、起きて……)
 また揺られて、そっと下ろされたのは、きっとベッドだ。アーチャーの温もりと匂いがまだ残っている。
(ほっとするなぁ……)
 いやいや、ほっとしてる場合じゃない。
 アーチャーは、どこに……?
 すぐ傍にあったはずの気配が感じられない。
「……ぁ……………………」
 呼べなかった。唇は動いたと思うのに、音にならなかったみたいだ。そうして、沈んでいこうとする意識の中で、アーチャーに置いていかれたんだとわかった。
(どうして……)
 なんで、ここにいてくれないんだ?
 どうして俺がちゃんと目覚めるまで……。
(ああ、そうか……)
 俺が間違えてしまったからだ。
 アーチャーを怒らせて、謝罪も受け入れてはもらえなかった。
(俺が……間違って…………)
 どうしてだろう。
 すぐに起きて、アーチャーを追いかけて、きちんと謝って、許してもらわないといけないのに、瞼は上がらなくて、もう意識も保っていられなかった。



 目が開いたのは、あれから約十二時間後。
 部屋にあるクラシックな時計の針は、五時過ぎを指していた。
 アーチャーが厨房に行く時間から換算すれば、十二時間後が妥当なところだと思う。まるきり一日が経っていたら朝の五時だけど、目覚ましのデジタル時計は十七時になっている。
(一日半も眠り続けていたってことはないだろうし……)
 そんなに眠っていたら身体のあちこちが動き難くて痛むはずだ。
「はぁ……」
 部屋を見渡しても、風呂場を確認しても、アーチャーの姿はない。アーチャーが出ていったのは夢ではなくて現実だったんだと身にしみて感じて、落ち込みそうになる。
(それにしても、どうやってアーチャーは俺の部屋を出……)
 考えようとしたけど、答えはすぐにわかった。
 俺の生体認証でしか開かない扉を、アーチャーは俺を抱えて解錠したんだ。俺と同じで魔術師としてはB級のアーチャーに、ダ・ヴィンチが施したであろうこの部屋の解錠はどうやってもできるはずがない。
 だから俺の身体を扉に触れさせて解錠し、そのままつっかえ棒か何かを投影して扉に挟んで俺を再びベッドに寝かせる時間を稼いだ。
 意識がなくてもいいのかって言っていたのはそのままの意味で、あの大きな音は、扉に何かを挟んだときの音だったんだ。
(その上、ご丁寧にも俺を魔術で眠らせて……)
 どうして眠らされたのかわからない。
 俺が起きると邪魔だったのか?
 そんなに俺と一緒に居るのが嫌だったのか?
 だったらどうしてセックスなんかしたんだ?
「なんで……?」
 疑問ばかりが次々と湧いてくる。
 俺が間違ったことをしたからなのか?
 俺が、アーチャーを怒らせたからか?
 だけど、一緒に風呂に入ったりとか、そんなことをしておいて、どうしてそんな、あっさりと手のひらを返すことができるんだ?
(わからないことだらけだ……)
 アーチャーと抱き合ったことがあるってだけで、俺はアイツのことを何も理解できていない。
 知らないことばっかりで、アイツの言うことはどれもこれも、あのアーチャーの口から出る言葉とは思えないものばかりで……。
(いったい何がどうなってるんだ……)
 少し頭痛を覚えて、こめかみを押さえた。
「訊かなきゃ……」
 アーチャーの真意を。それから、俺はどうすればいいのかってことも。
 部屋を出て食堂に向かう歩みが、知らず早くなる。
 どういうことなんだ、と問い詰める勢いのまま食堂に乗り込めば、夕食時でてんやわんやのはずの食堂はガランとしていた。
 呆然と立ち尽くしていると、バタバタと複数の足音が聞こえてくる。
「レイシフトなんだ」
 挨拶もそこそこに、管制室で見たことのあるスタッフの何人かが入って来て、困ったような表情をして、それでいて何かしらの使命に燃えた瞳で告げている。
「厨房に詰めているサーヴァントも軒並み行っちゃってね」
「そうそう、それで交代で食事の担当をするってことになったんだけど」
「なにぶんここの連中のほとんどは料理に関して素人だから……」
「君なら大丈夫だよね?」
「なんでもいいんだ、差し入れてくれないかな、以前のように」
 次々と申し合わせたように管制室のスタッフが告げていく。
「……はい。わかりました」
 そう答えるしかなかった。何一つわからないけど、わかりました、と答えるしか俺には術がなかった。
 アーチャーは俺には何も言わなかった。カルデアのサーヴァントとしての責務を果たすんだから、部外者の俺には話せないことなのかもしれない。
(だけど、俺は……)
 握りしめた拳が震えていることに気づいて、どうにか力を抜く。
 “恋人なんじゃないのか”と、不満を口にしそうになって呑み込んだ。怒りなのか、悔しさなのか、憤りなのか、どれも違うようで当てはまっている。けれども、そのすべてを押し流すしかない。
 レイシフトだとそこで初めて聞かされて、俺は納得せざるをえなかった……。

 その日から、厨房に立っている。たくさん思い浮かべていた疑問を解消することもなく、考える暇もなく……。
 管制室への差し入れを用意すべく、以前のようにアーチャーの代わりとして厨房に入る。わけがわからないままでも、目の前のことに俺は勤しむしかない。
 いろいろと訊きたいことがあった。でも、問いたい相手はここにいないんだ、どうしようもないじゃないか。
 アーチャーは藤丸たちとともに特異点を解消するまで戻ってこない。いつになるかわからないアーチャーの帰還を、ただぼんやりして待つなんて、俺には難しすぎる。
 何かしていないと、休む間もなく頭を使って身体を動かしていないと、俺はどうにかなりそうだった。
 だから、早朝から深夜、クタクタになって眠れるまで、俺はやらなければならないことを探し続けて、その作業に没頭していた。
 今の俺は、アーチャーのいない時間の過ごし方なんか知らない。
 アーチャーと一緒にこのカルデアで過ごしていたいと心に決めた矢先にこんな状態では、なんの準備も整っていない俺は、何をすればいいかわからないから……。
(早く……)
 会いたい。
 もう訊きたいこととかそんなのどうでもいい。アーチャーの気配を、その温もりを、どうにかして感じたかった。



「士郎さん、精が出ますね!」
 明るい声に顔を上げる。
「マシュ。いいのか? 藤丸たち、戻ってきてるんだろ? 今は、メディカルチェックじゃないのか?」
「はい! なので、私は飲み物でも持っていこうかと」
「そっか。気が利くな、マシュは」
「いいえ、士郎さんほどではありません」
作品名:BLUE MOMENT15 作家名:さやけ