BLUE MOMENT15
「謙遜しなくていいよ。マシュの気遣いに藤丸はずいぶん助けられているはずだ。あいつ、元気だったか? ケガとかは?」
「多少のケガは仕方がありません。やはり戦闘になってしまうのが常ですので。ですが、先輩はいつも通り、お元気でした」
「そっか。よかったな、マシュ」
「はい」
元気に頷くマシュに、こっちまで元気をもらっている気がする。
マシュは今、サーヴァントとしての力を発揮できずにいる。今回は、極小の特異点だったらしく、期間も短いとかで、マシュはカルデアで居残りだった。
そのうちにまた、以前のように藤丸と闘うことができるようにはなるかもしれないらしい。だけど、戦闘が好きそうではないマシュには、やっぱりそれは酷なことなんじゃないかと思う。
マシュは、どんなに過酷だとしても、藤丸とともに闘うことを選ぶだろう。だけど、俺には管制室で藤丸のサポートをしている方がいいように思う。彼女は戦いには不向きだ。それに、数多のサーヴァントのマスターである藤丸にしても本来なら非戦闘員だと思う。
(俺が手伝うことができればいいんだけどな……)
戦闘を変わってやると言えるなら、臆することなく引き受ける。
だけど俺は、魔術師としてもサーヴァントとしても役には立たない。アーチャーの霊基と同化したデミ・サーヴァントというものなのかもしれないけど、マシュのように戦う力はない。同化したアーチャーの霊基は俺の生命維持装置のようなものだ。使えるかどうかも知らないけれど、魔術を使ったが最後、この身体がどうなるかはわかったものじゃない。
(それは、望まない……)
もしかすると、無茶をすれば戦う力を期限付きだとしても持てるかもしれない。だけども俺は、それを望まないんだ。
(俺は、アーチャーと過ごしていたいから……)
無茶をしてこの身体を壊してしまえば、もうアーチャーを見ていることもできなくなる。それが何より嫌だ。身勝手だと罵られても、俺にはもう、そんなことしか望みがない。
少し前まで、何もできない自分がどうしようもなく許せなかった。だけど今は、何もできないことには諦めがついている。
元いた世界に帰ることもできないとわかった時点で、なんて言ったらいいのか、こう、浮草みたいな、心許なさの上に立っているんだと気づいて……。
不安というのではないと思う。強いて言えば、諦観みたいな感じになるのか……、一言では言い表せないけれど。
今はこのカルデアで、できることを日々やっていくだけだ。
施設の修繕作業は細かいものも含めれば、俺だけで対処できるかどうかも怪しいし、アーチャーがレイシフトでいない間、自然と俺が厨房を預かることになってしまって、三度の食事の用意があった。
(ありがたいことに、思い悩む暇もないほど忙しかったから助かってはいる……)
だから、アーチャーがレイシフトから帰ってきたことがうれしい反面、今ごろ不安だったりもするんだ。
あの日……、いや、正確にはあの夜から、アーチャーと面と向かって話せていない。
俺はまだ許されていないのかどうか。もし、許されていないのだとしたら、どうすればいいのか。アーチャーの望む答えを教えてほしいと訊かなければいけない。
(それに、厨房を任されることがなくなって暇ができると、また要らないことを考えてしまいそうだし……)
アーチャーに会えると思うと気持ちが上がるのに、恐いとも思う。
また間違ってしまわないかって、アーチャーを怒らせてしまうんじゃないかって、不安になる。
「士郎さん」
「え?」
「どうかしましたか? ぼんやりして」
「あ、ああ、ごめん、ちょっと眠くなってきたかも」
「エミヤ先輩たちがいなくて、ずっと士郎さんが食事を作っていましたから、疲れが溜まっているんですね」
「はは、そうかもな。アーチャーみたいに手際がよくないから時間もかかるしさ」
「それは仕方がないことです。いつもなら厨房に何人もいらっしゃるのに、今回のレイシフト中は士郎さんお一人でしたから」
「マシュも手伝ってくれたじゃないか」
「私では、たいした戦力にはなりませんでしたし……」
「心強かったよ」
「心…………? む。気持ちだけのお手伝いだったと言いたいのですか?」
「い、いやいや、助かったって、ほんとに!」
「怪しいです。士郎さん、このことは後日、きちんと話をつけましょう」
びし、と真面目な顔で言い切って、マシュは思い出したように笑みを見せる。
「そろそろ私、先輩のところに行きますね。士郎さん、ジュースを何本かいただいていきます!」
冷蔵庫から藤丸の好きそうな飲み物を選び抜き、マシュはいそいそと食堂を出ていった。
俺に、早く休んでくださいね、と気を回すことも忘れずに。
「ほんと、いい子だな……」
マシュの生い立ちが嘘みたいだ。
彼女はとても普通で、それでいて心根が優しい。藤丸との旅で培われたらしいマシュの在り方はきっと正しいと評価されるはず……。俺は間違ってばかりいるけど、彼女に間違いだと言う者はいないだろう。
「早く藤丸の隣で一緒に闘いたいだろうな」
懸命に藤丸を管制室からサポートしているだけのマシュを見ていると、やっぱり気の毒に思えた。
戦いに行かせることがいいとは思わないけど、見ていることしかできないというのは、やっぱり辛いはずだ。ともに辛苦を味わって、ともに喜び合いたいだろう。
(俺には無理だけど……)
守護者ではない時間を過ごすアーチャーを、俺は見ていることしかできなくなるかもしれない。
一緒に厨房に立つなんて、もう無理かもしれない。
(見ているだけ……か……)
それだけが俺に許される我が儘だと思う。
(アーチャーと……一緒に……)
青の瞬間を感じていたいと思っていたけど、アーチャーにそういう気持ちは、もうないかもしれない。
(俺は……どうすれば……)
テーブルを拭き終えた布巾を水道で洗いながら、この先のことを漠然と思い浮かべることもできなくて、苦いため息をついた。
「よし。カンペキ」
自画自賛が甚だしいかもしれないけれど、誰が見たって文句はないはずだ。
厨房を隅から隅までピカピカにして、明日からアーチャーたちが気持ちよく使えるように整えた。テーブルもイスも綺麗にしたし、文句を言われることもないだろう。
マシュに言われたからじゃないけど、俺もそろそろ休むことにする。アーチャーのいない厨房を切り盛りするのは、正直、重労働だったし、疲労が溜まっていた。
「もうこんな時間か……」
あと数分で日付が変わる。明日も早起きしないといけないから、さっさと部屋に戻ることにする。
会いに来てくれないんだなってことに気づいたけれど、レイシフトから帰還した報告とかメンテとか、そういうものがあるんだろうって、明日には会えるじゃないかって、無理やり自分を納得させている。
明日、アーチャーに会えると思うと楽しみで目が冴えてしまいそうだけど、そうも言ってはいられない。
「きりきり働かないとなぁ」
アーチャーにグズグズするなって怒られないように、しっかり休養をとっておこう。
そう思って明日に備え、風呂を済ませたらすぐに眠りについた。
なのに…………。
作品名:BLUE MOMENT15 作家名:さやけ