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BLUE MOMENT15

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 様子のおかしかった士郎が、覚束ない足取りで必死にエミヤの許へと向かい、その顔を見た途端に及んだ行為は、思い出すだけでいまだに赤面してしまう。
 そんな士郎の姿を見知っていながら、レイシフトへエミヤを連れて行ってしまったことを立香は気にしていた。が、エミヤには、マスターに従いレイシフトすることはサーヴァントとしての義務だから、と窘められ、士郎もそれを理解しているからと励まされた。
 だけど、と、立香は皿の上のベイクドポテトに行儀悪く箸を突き立てる。
「明らかに様子、変じゃんか!」
 むむう、と厨房の奥のエミヤと士郎を交互に見比べながら、少し冷めてしまったベイクドポテトを口に入れた。
「ねえ、マシュ。レイシフト中の士郎さん、どうだった?」
「どう、というのは、どういうことを言えばいいんでしょうか?」
「えっと、なんか、エミヤのこととか、言ってなかった?」
「そうですね……、いつ帰ってきても気持ちよく使えるようにと、厨房を毎日毎回きれいにされていました」
「い……、いぢらしいね、士郎さん…………」
 ほろり、と涙する真似を立香がすれば、マシュの苦笑を誘う。
「レイシフト中だけではなく、士郎さんは、いつも皆さんのことを考えていますね」
「皆さん?」
「エミヤ先輩のことはもちろん、レイシフトに向かったサーヴァントの皆さん、カルデアのスタッフの皆さん、そして、先輩のことも、私のことまで」
「うん、そうだね……」
 その無差別ともいえる気遣いに士郎が駆り立てられる理由を立香もマシュも知らない。
「私を励ましてもくれましたよ」
「マシュを?」
「はい。私が先輩のお役に立てなくてと気落ちしていたのを、管制室できっちりサポートしているだろう、と言って」
「へー、そうなんだ。よかったね、マシュ」
「はい、ですが……」
「ん? なに?」
「とてもうれしいことなのですが、少し気にはなっていまして……。士郎さんの元々の性格なんでしょうか、ご自分のことを後回しにしている気がします。私はそれが少し心配です」
「うん、おれも」
 疲れているのではないか、と立香は何度か訊いたことがあるのだが、士郎は“大丈夫だ”の一点張りだった。
「レイシフトから戻って疲れてるのはお前の方だろ、って今回もさ、相手にしてくれなかったんだ……」
 単なる子供扱いとも違う、それは何か、拒絶のようだと、立香は思わなくもないのだ。
「士郎さんにはそんなつもり、ないのかもしれないんだけどさ、こう、なんていうか、線引きされているみたいにも思っちゃって……」
 壁を感じるほどではないが、士郎が一歩引いて自分と接しているとは、はじめから立香がうっすらと感じていたことだ。
 気のせいだろうと何度も思い直したが、今となっては確信に近い。出会ってすぐのころならば仕方がない話だが、士郎がカルデアに来てそれなりに時が経ったはずだ。ならば、もっと打ち解けてもいいのではないかと思う。だというのに、時折、士郎の拒絶がわかってしまい、立香はせつなくなることもある。
「私、士郎さんはもっと甘えてもいいと思うんです」
 マシュの提案に知らず落ちていた目線を上げる。
「えっ? 甘える?」
「はい。士郎さんは、もっと我が儘を言って、もっと自由に振る舞ってもいいと。そう思いませんか、先輩」
「確かに」
 大きく頷く立香にマシュがたたみかける。
「先輩、“士郎さんと仲良くなろう作戦”を立てましょう!」
「仲良くなろう作……、なんか、語呂が悪いけど、賛成!」

 そんな話をしてマシュと笑い合ったのが少し前のこと。今、立香は首を捻るばかりだ。
「士郎さん、どうしたんだろう……?」
 思わず口をついて出てしまった疑問は、一緒にテーブルについていたマシュにも聞こえたようだ。
「はい……」
 気落ちした声で、マシュも頷く。
 二人が二人とも士郎のことを考えながら、厨房で働くエミヤを眺める。
「エミヤも知らないみたいだしなぁ……」
 一番士郎の事情を知っているはずのエミヤに訊ねても、忙しいようだ、という漠然とした答えが返ってきただけだった。
(また何か、あったのかな……)
 立香は口には出さないものの、その顔に顕著に表れていたのだろう、
「先輩、顔に出しすぎでよ」
 小声でマシュに窘められてしまった。
 二人が心配になるのも無理はない。
 立香もマシュも、この一週間、士郎と全く顔を合わせていないのだ。
 食堂が混んでいるからと士郎が時間をずらしていて、たまたま会えないだけなのか、それとも士郎に何かあったのか。
 だが、ダ・ヴィンチに確認したところ、修繕の仕事に勤しんでいるということだった。エミヤの返答とも辻褄が合っている。
 では、現場に行ってみようか、とマシュと話し合ったが、士郎が作業をしているのは、一階の配管設備だと聞く。そこは一応、工事現場と同じようなものだから、関係者以外立ち入り禁止となっているため諦めることにした。
「ほいほい行って、迷惑になってもダメだしなぁ……」
 それほど時間をともにしていたわけではないが、士郎とはそれなりに顔を合わしていた立香には、やはり何日も姿を見ないという状態は心配になる。
 何しろ、士郎は突然冬木に行ってしまったという前例があるため、立香は気が気ではない。だが、忙しいらしい士郎が詰めている仕事場を勝手に訪れるのも、と立香は思い悩む。
「せめて食堂には来てほしいなぁ……」
 ふー、とため息をついて、何とはなしに視線を向けたのは厨房だ。
 エミヤの様子にも変わったところはない。ならば、士郎ともうまくいっているはずだと推察される。
(でも、なんか、訊きづらいんだよねー……)
 立香にはエミヤも何ごとかを隠しているように思えるのだ。
「これじゃ、ご飯にも誘えないよ……」
 仲良くなろう作戦も実行に移せない、と立香はまた、ため息をつく。
「そうですね、作戦が……。あ、ご飯といえば、私は先輩たちがレイシフトでいない間、何度か士郎さんとランチをご一緒しましたよ」
「な……っ! マ、マシュ! ずるい!」
「とっても、おいしかったです」
 なぜか胸を張るマシュに、立香は地団駄を踏む勢いだ。
「そんなの当たり前じゃん! くそーっ! おれだって、数えるくらいしかランチしてないのにーっ!」
「ふふふ」
「マシュ、ずるいぞー!」
 立香が、ずるい、だの、羨ましい、だの、喚いていると、
「おやおや、どうしました、マスター」
 穏やかな声が降ってくる。顔を上げると、太陽の騎士がそれこそ太陽のように温かい笑みを湛えていた。
「ガウェイン、聞いてよ! マシュがさ、士郎さんと何度もランチしたって、自慢するんだ! ずるいでしょ?」
「ほう。それはそれは、よかったですね、レディ」
「はい!」
 立香は同意してくれるもの思っていたガウェインが賛同してくれなかったことに臍を曲げる。
「も、もーっ! ガウェインは、おれの味方じゃないのかよーっ!」
「ハハハ! 私はいつでもマスターの剣ですよ」
「そ、そういうことじゃなくってー!」
 そんなくだらない言い争いをしているうちに、憂いを色濃く刻んでいた立香の顔に笑顔が戻った。が、“士郎と仲良くなろう作戦”は、いまだ実行に移せぬまま、時間だけが過ぎていた。
作品名:BLUE MOMENT15 作家名:さやけ