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彼方から 第三部 第三話

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 彼方から 第三部 第三話

 澄み渡るような青。
 仰ぎ見るとそこには、真白い雲を浮かべている、どこまでも広がりをみせる蒼い空……
 借り家を出立してから数日。
 イザークたちはグゼナの首都、セレナグゼナへと繋がる街道を進んでいた。

「やっほー」

 少し離れた丘の先に、セレナグゼナの街並みが見える。
 その丘の上に立つ二人の人影。
「来た来た来たー! やっぱり姉さんの占いは当たるねェ」
「うわー、本当だ。ばっちしじゃん」
 遠目からでも良く見えるようにと、大きく両手を振っている。
 その呼び声と、大きな身振りに気付き、
「あー、おばさんだ。バーナダムもいる」
 イザークの御す馬車に乗ったノリコが、嬉しそうに笑みを見せながら少し身を乗り出していた。
 彼らの後ろにはアゴル親子。
 そしてその後ろにはバラゴが、一緒に、馬に乗って来ている。
「流石、ジーナの言う通り、迎えに来てたぞ」
「うん」
「ああ、何の連絡もしなかったのにな」
 これぞ、『占者』の真骨頂と言えるのかもしれない。
 ガーヤの双子の姉、ゼーナ。
 そしてアゴルの娘、ジーナハース。
 この二人の占者のお陰で、ガーヤたちもイザークたちも、互いに行き違いになることなく、きちんと再会することが出来ていた。

「ノリコ」
 小高い丘を駆け下り、バーナダムが笑顔で、馬車に走り寄ってくる。
 その様が、何故か少し――気になるイザーク。
「もう、ケガはいいのかい?」
「うん」
 彼がノリコに掛ける言葉に、何ら不自然なところは一つもない。
 ガーヤと共に、バーナダムがセレナグゼナに発った時、ノリコはまだ、ベッドから出ることが出来ない状態だった。
 怪我の治り具合を心配して、そう声を掛けてくるのは不自然なことではない。
 ことではないのだが……
「もう、ほとんど元通りなの」
「そうか良かった、また顔を見れて嬉しいよ。けっこう寂しかったんだ、おれ」
 ノリコを真っ直ぐに見詰め、本当に嬉しそうな表情を浮かべてそう言うバーナダム。
 何気ない、ごく当たり前のように思えるその会話が、イザークは何故か心に引っ掛かり、つい、二人の様子を窺うように視線を送ってしまう。
「あっ、そうだねー、二手に分かれちゃったもんね。今日からは、また大人数に戻って、にぎやかになるよ」
 バーナダムの『寂しかったんだ』というセリフに、ノリコは何の疑いも屈託なく、そう返していた。
 だが、バーナダムは、彼女の返しに真顔になると一拍間を置き……

「……違うよ。そういうことじゃ、なくてさ……」

 そう返す。
 彼は、自分の言った言葉の意味をノリコが取り違えていると、そう言外に含ませ、少し俯き加減にしながら視線を彼女から逸らすと、
「おれは……」
 すこし、声を抑え、
「ノリコに会えなかったから、寂しかったって言ったんだ」
 なるべく、『ノリコ』にだけ聴こえるように――いや、すぐ傍に居るイザーク『にも』聴こえるように呟いた。

 ――ん?

 彼の言葉が直ぐには解せなかったのか――ノリコは大きな瞳をキョトンと見開き……イザークは、否が応でも『耳に入ってしまった』バーナダムのセリフに、『聞き間違いか?』とでも言いたげな視線を向けた。
 そしてバーナダムは、さっきから感じる視線の主を――イザークを、上目遣いに見据えていた。
 ……まるで、挑むかのように……

          ***

「ノリコが襲われた?」
 そんな『三人』を他所に、バラゴの話しに眼を丸くしているガーヤ。
「そうなんだよ、それがわけの分からない連中で――なあ! イザーク、妙な術を使うわ、消えちまうわで……」
「あ……ああ」
 不意に同意を求められ、他に取られていた意識を元に戻し、とりあえず返答をするイザーク。
「それで、相手の正体を占おうとしたんだが、これが、うちのジーナには荷が勝ち過ぎて……」
 今度はアゴルの言葉に、ガーヤは傍まで歩み寄り、
「そうかい……」
 見えないながらも瞳を向けてくるジーナを、見上げながらそう呟いた。
 少し、何か考えるかのように、腕を組んでゆくガーヤ。
「襲われた時、エイジュもいたのかい?」
 ふと、振り向き、イザークにそう訊ねる。
「いや……」
 首を振り、応えるイザーク。
「エイジュはちょうどその日、アイビスクに帰ってしまってな」
 イザークの答えを補足するように、アゴルが言葉を続けてゆく。
 ガーヤは溜め息を吐くと、
「そうかい、けど仕方ないね……ノリコのケガが治ったら帰るって、そう話していたしね……」
 少し残念そうな笑みを見せた。
「そうだなー、あん時エイジュがいりゃあ、イザークと二人でよ、あの野郎どもが消えちまう前に、何とか出来たかもしれねぇな」
 バラゴもガーヤに釣られるように馬上で腕組みをし、イザークに向けてそう言ってくる。
「どうだろうな……」
 バンナがペンダントを掴み、『黙面』に助けを請うて消えるまで、本当に一瞬だった。
 あの刹那の刻に、いくらエイジュがいたとしても、どうにか出来たとは思えない。
 イザークはバンナの消えた様を思い返しながら、バラゴに曖昧な返事を返していた。
 そんな皆の会話を、バーナダムは無言で聞き入り、そのバーナダムを、ノリコも無言で見ていた。

「いや……実はうちの方でも、ちと、ややこしいことが起こっててね」
 腕組みをしたままガーヤは難しい表情を浮かべ、ゼーナの屋敷がある方角へ眼を向ける。
「バーナダム!!」
「――! おうっ!」
「あたし達も馬に乗ろう、話しは姉さんのとこへ案内してからするよ」
「ああ」
 バーナダムを呼び、そう言いながら馬を繋いである所へと駆け出した。
 呼ばれた彼も、同じように駆け出す。
 その時……御者台のイザークの傍を通り過ぎる時――
 バーナダムはチラリとだが、明らかに彼を意識し、見据え、そして、ガーヤの後を追っていった。

 ――えーと……

 駆けてゆくバーナダムの背中を見やりながら、

 ――さっきのセリフは、どう言うことだったのかな?

 ノリコは、彼に言われた言葉を、思い返していた。

 ――……まさか
 
 なんとなく、その意味に気付きながら、

 ――まさか……

 それでも『まさか』と、一応、否定してはみるが……

 ふと、視線を感じ、イザークに眼を向ける。
 だが、眼が合った途端、背けられてしまう。
 その反応に、ノリコは一抹の不安を感じずにはいられない。

 怪我が治るまで休養していた、あの借り家での日々。
 バラゴのからかいのせいもあり、二人の間には、ギクシャクした空気が漂っていた。
 だがその空気も、ノリコが襲われた事件を境になくなり、バラゴも何も言わなくなっていた。
 それどころではない状況になっているのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、ノリコは心のどこかでホッとしていたのだ。
 新たな敵の出現に、確かに多少怯えてはいたがそれよりも、イザークとギクシャクしなくなったことが、バラゴからからかわれなくなった事の方が、彼女は嬉しかった。
 いつもの少し素っ気ない、それでいて優しいイザークのままでいてくれるその方が……