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『掌に絆つないで』第四章(後半)

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Act.16 [幽助] 2019年12月10日更新


「学校の…屋上……」
二人が霊界獣に連れられた場所は、皿屋敷中学の屋上だった。
任務完了と言っているかのように空へ向けて一声あげる霊界獣。それを横目に、幽助と螢子は顔を見合わせる。その後、どちらともなく笑い出した。
「ここなら、確かに納得いくぜ」
「ふふふ。懐かしい」
擦り寄る霊界獣の頭を撫でてやりながら、幽助が「サンキュな、プー。ああ、そうだ……オレたちの居場所、コエンマたちに知らせねえとな……」そう呟くと、プーは翼を広げて再び飛びあがった。
霊界獣が飛び去った空を、幽助はしばらく無言で眺めていた。
遠くもなかった思い出の場所。きっと迎えはすぐに到着するだろうことを予想して、幽助は深くため息をついた。その直後、今の今まで隣にいたはずの螢子の姿が消えたことに気づく。
「……螢子?」
幽助は慌てた様子で辺りを見渡した。
まさか、もう……? いや、そんなはずは……。
「おい、螢……っ…いてっ」
「こらっ、幽助! また授業さぼって!!」
こちらの不安をよそにいつの間にか背後へ回っていた螢子は、母親口調で叱りながら幽助の頭に拳を押し付けた。振り向くと今度は両腕を組んだ格好になり「あんたがさぼると、学級委員の私まで怒られるんだからね!」と続けた。
「な…なにやってんだ、オメー…」
「竹中先生が呼んでたわよ!! 早く職員室行きなさいよっ」
いつか聞いた台詞だ。
竹中に呼び出されることも、螢子に居場所を突き止められることもすでにお決まりのパターンで、何度も繰り返された光景だった。
今も中学の制服をまとっている螢子から久々に発せられる台詞は、ほんのわずかな違和感さえ感じられない。強いていえば、背後に見える光景が夜の屋上だということくらいだろうか。
しばらく呆けた顔をしていた幽助だが、螢子の意図に気づいて懐かしいやり取りを再現して見せた。
「……うっせェよ、説教ブス!」
暴言さえも懐かしく響いて、幽助は当時の仏頂面を作れないままだ。目前の螢子のなりきりぶりが可笑しくて、とても笑いを堪えきれない。
「進級できないわよっ、あんまりサボってると!」
「へいへい。よ…っと!」
仕草だけでも当時を真似て、面倒くさそうにポケットに両手を突っ込んだ。と見せかけて、螢子の背後に回った幽助は彼女のスカートを容赦なくめくり上げる。
「ウンコついてら、きったねえ~」
すぐさまスカートの裾から幽助の手を払いのけて、「バカ! スケベっ」と罵る台詞もあの頃と同じ。けれど螢子はそこまで言って、語尾は消え入りそうな小声で囁いた。
…死んじゃえ。
「ん?」
「……って言っちゃった日に、幽助……、ほんとに死んじゃったの」
「……あ?」
それは一度、幽助が相も変らぬ平穏な日常から放り出された日の会話。
明日になれば、また繰り返されると誰もが信じていた日常は、すぐには戻ってこなかった。
「自分が言った言葉を……あんなに後悔した日はなかったわ」
「バーカ……。関係ねェだろ、そんなの」
「うん。でも辛かった……。置いていかれて、辛かったの」
「……螢子」
「ごめんね、幽助」
「なんだよ」
「私は二度も、幽助を置いてくことになるのね」
二人の間を、一陣の風が吹き抜けた。
あとどれくらいの時間、こうして向きあっていられるのだろうか。
亜空間で自分を叱咤した桑原。その背中に感じたものと同じものを螢子の瞳が伝えてくる。
咄嗟に細い身体を抱きすくめ、幽助は螢子の霊気を探った。
微弱にしか感じられなかったはずの彼女の霊気は、今や自分が知るものとは異質で、そして強いエネルギーの塊だということを思い知らされた。
このままではいられない螢子の身体。冥界玉の封印と共に崩れ去るだろう姿を踏みとどまらせることも出来ず、哀しみを背負わせて送り出さなければいけない。
後を追って欲しいと願っているのだろうか。
幽助はそんな風に考えた。
「オレに……、ついてって欲しいか?」
すると、螢子は幽助の胸を押しのけた。
「バカ。人を悪霊みたいに言わないで」
そのまま翻り、屋上の入り口付近に腰かける。
そこは、幽助の特等席。壁を一周して彼を見つけ出すのは、いつも螢子か桑原だった。
「私が悪霊なら、幽助がほかの誰かを好きになるたびに現れるかもしれない。でも、私は悪霊なんかにならないから、幽助は誰を好きになっても大丈夫よ」
膝を立てて座りながらスカートの裾はちゃんと押える。
見慣れた螢子の仕草なのに、つむぐ言葉は自分を拒んでいるように感じた。
「オレは……そういうの、オメー以外には考えられねーよ」
「ケンカバカだもんね」
「バカは余計だ」
「私はね、ただ忘れないでいて欲しい。それだけ」
「忘れるもんかよ」
隣に座り込むと、螢子は抱えた自分の膝を見つめながら呟いた。
「本当にそれだけなの。幽助を縛りたいわけじゃない」
その横顔を見つめ、幽助はいたたまれない気持ちになる。
人間界にしがみついていたのは、縛られていたからじゃない。
「なあ、螢子」
星空を仰ぎながら、幽助は問いかけた。
「オレのオヤジ。なんで死んだと思う?」
「幽助のお父さん?」
「雷禅」
人間の父ではなく、自分を魔族に転生させた妖怪を幽助は自分の父親だと認識していた。乗り越えられない大きな壁を思わせる、圧倒的な存在だった。
雷禅とは、拳でしか語り合わなかった。それでも、最期に一度だけ耳を傾けた彼の言葉。それは、もうひとりの母親の話。
「権力や名誉や、ただ闘うことさえ捨てて、何百年もひとりの女を想い続けて死んじまったのさ。バカな野郎だろ」
バカだといったのは本心から。
慕う部下や友人たちを残して逝ってしまった。あんなに居心地のいい場所を振り向きもせず。
「けど、オレもそいつの血ィ流れてんだよな……。ときどき、感じる」
ただひとりの女の影だけを追い求めて、命を繋ぐことさえ忘れた父親。彼とは違い、生きることを選んだ自分自身が、もう一度呼び覚ました最愛の魂。それが今、隣にいる。
「オレも、たった一人の女しかダメみてェ……」
何もしてやれなくても、想い続ける自信はあった。
「……幽助」
二人は肩を寄せ合い、隣り合った手を絡めた。
星が瞬く速度を緩めたような、そんな時間の流れを感じた。


霊界獣の羽音が聞こえる。
とうとう、その刻が来た。
霊界獣が舞い降りたのは、屋上ではなく校庭。幽助は無意識に繋いだ手に力を込める。それに気づいた螢子も、ただ静かに握り返した。
掌が熱い。
異常なほどの熱を感じて隣を見ると、螢子の全身は赤紫色の光に包まれていた。
「螢子……」
重力を失ったように、螢子の身体は立ち上がる仕草もないままゆっくりと浮き上がり始めた。
握られたままの手が、天に向かう螢子に引かれる。その手にもう一方の手も添えて、幽助は螢子の姿に目を奪われたまま告げた。
「オメー……、ホンモンの女神みたいになってんぞ……」
その言葉に、彼女は柔らかく微笑んだ。
幽助。
光に包まれた螢子の声は、空気に溶け込むような不思議なトーンに変わった。
「螢子」
ゆうすけ。
膝をついて、浮き上がった螢子と目の高さを合わせる。上昇をやめない螢子も、幽助の高さに合わせようと首を伸ばした。
求め合った唇が触れる。