BLUE MOMENT17
BLUE MOMENT 17
どのくらいアーチャーに慰められていたんだろう。何分経ったのかや、今が何時なのか、時計を見る気もないからか、よくわからないままだ。
俺が、ぼーっとしていると、ベッドの縁に座っていたアーチャーは何か思い出したみたいで離れていった。
なんだろう? と思ったけど、問いかけることはしなかった。アーチャーに扉の解錠はできないって安心感があったからだろうか。
アーチャーが出ていかないことがわかっていたから、追うこともないし、どこに行くのか訊くこともない。
自分でもびっくりするくらい落ち着いている。
(必死に塗りたくった塗膜が、剥がれ落ちてしまった気分って言えばいいのか……)
だけど、それが嫌なわけじゃない。
軽くなった。
そんな感じ……。
(俺は、いろいろと悪い方にばかり考えすぎていたんだろうか……)
自分の気持ちに素直に従っていれば、こんなひねくれ者みたいな考えには及ばなかったんだろうか。
(だとしても、そんなのは、無理な話だ……)
過去の記憶は消せない。アーチャーにはない記憶だとしても、俺にはしっかりと刻まれた記憶だ。
あの聖杯戦争で、俺はたくさんのことを経験したんだ。それから、何よりも求めた理想が脳裡と胸に焼き付いた。
(俺の命を繋ぎ止めた、あのペンダントに籠めた記憶(オモイ)も何もかも、俺には現実だったし、取り消しなんかできない過去だ)
けれども、あの世界はなくなってしまって、俺は何者でもなくなって……。
「っ……」
また、要らないことを考えてしまう。俺はどうにも考えを拗らせてしまうようだ。そのあおりを食うアーチャーは、たまったものじゃないだろう。
よく付き合ってくれてるよな、アイツ……。
「…………」
不意に気配を追いたくなる。身体を起こして、アーチャーを探した。
広くもない部屋で、隠れる場所もないのにどこにもいない。焦りかけたけど、冷静になればわかる。この部屋には、扉が三つしかないんだ。そのうち二つはアーチャーに開けられない。ということは……。
風呂場の扉へ目を向けると、案の定、アーチャーが出てきた。
「動けそうか?」
「え? あ、うん。もう平気だ」
「そうか。ならば……」
俺の返答に頷いたアーチャーにそっと腕を引かれて立ち上がる。そのまま風呂場へ連れて行かれた。
アーチャーは風呂の用意をしていたみたいだ。バスタブに湯が溜められている。
「ぁ……」
湿り気のある空気のおかげで喉が楽だ。
カルデアはどの施設も暖房が使われていて、空気が乾燥している。もちろん各自室も常に暖房がきいている。なにぶん、普通の人間には過酷な土地だ。暖房がなければ、この施設で働くことは難しいだろう。
暖房使用が常だから、気をつけていても下手をするとすぐに喉をやられそうになる。サーヴァントなら乾燥していると感じていても問題ないんだろうけど、人間はそうはいかない。
だけど、ここのスタッフで乾燥に文句を言う人はいなかった。だったら、こういう環境に慣れているんだろう。もしかすると、俺が知らないだけで、そういう対策を当然のように行っているのかもしれない。
(でも、まあ、あの未来の大気に比べたら、ちょっと乾燥するくらい、どうってことないけどな……)
そんなことを考えながら、ぼーっと突っ立っていると、何かを手渡された。
「さっぱりすればいい」
「え? あ、うん、さんきゅ」
手渡されたものがきっちりとたたまれた着替えであることを確認して、条件反射で礼を言う。
(アーチャーも一緒に入るんだろうか?)
思ったけど、杞憂だっだ。俺の浮かべた疑問なんて全くの見当違いだと示すように、アーチャーは背を向けている。
「だが、あまり長湯はするなよ。温まる程度にしておけ」
「わかった」
前のときみたいに一緒に入るってことじゃないみたいだ。アーチャーは風呂場を出ていき、俺はそのまま取り残されている。
「フロ……ね……」
アーチャーが優しすぎて戸惑う。ありがたいんだけど、申し訳ない気もする。
「まあ、いいか……」
考えるのが億劫になってきて、作業用のツナギを脱いで、ざっとたたんだ。汗をかくこともなかったし、たいして汚れるようなことをしたわけじゃないけど、アーチャーの言う通り、風呂に入れば身体はもちろん、気分的にも少しさっぱりすると思う。
「でも、あんまりゆっくりできないな……」
長湯はするなとアーチャーに忠告されていることだし、また寝込んでアーチャーに迷惑をかけるのも忍びない。
素直にアーチャーに言われた通りにして、その心遣いに感謝しながら風呂を済ませ、服を着た。
「こんなの、あったっけ?」
見覚えのない服に今ごろ首を捻る。まあ、たぶんっていうか、絶対にアーチャーの投影品だろう。
(またアイツ、魔力の無駄遣いしてる……)
呆れつつ、ふと目についた鏡で自分の姿を確認した。
(こんな綿パンとリネンのシャツとか貰った記憶はないし、部屋にもなかった。しかもなんていうか、色合いも薄い感じで、なんだか落ち着かないけど……、これって、アイツの好みの服なんだろうか?)
アーチャーみたいに褐色の肌なら似合うかもしれないけど、俺ではなんだか、ぼやけた感じがする。
「ふーん……」
特に似合うだとか、しっくりくる気はしない。裸でいるよりマシって程度だ。
今まで服装を気にしたことはない。俺自身にファッションセンスとか、色合いを工夫するような能がなかったからか、いつも選ぶのは、濃い色合いがメインでシンプルな物ばかりだった。
「よくわかんないな……」
ちょっとアーチャーの好みに首を傾げつつ、シャツの腹のあたりを掌で擦り、リネンの柔らかな感触を味わう。
「へぇー……」
ちょっと心地好い。
リネンのシャツなんて着たことがないから、これは初めての手触りだ。
(別にジャージとかでいいのに、なんだってアイツはこんな服を……?)
そんなことを思いながら風呂場を出ると、アーチャーは俺を見て、しばし目を瞠り、やがて、ふ、と目尻を下げた。
(なんだよ……)
そんな顔されると気恥ずかしい。それに、
「よく似合っている」
とか言うし……。
照れ臭さと、ちょっと居心地の悪さとで顔が強張っているかもしれない……。アーチャーに嫌な思いをさせたくないのに、どうにも俺はうまく立ち回れない。
なんだか妙な緊張感を味わいながらベッドに腰を下ろせば、きちんと髪を拭け、とすぐに小言が降ってきた。
(ああ、やっぱり、これがしっくりくる……)
そうだな。アーチャーはこれが普通だ。好きだのなんだのって、そんなこと俺に言ったりしなくて、くどくど小言を山ほど浴びせてきて……。
「まったく……」
「へ?」
髪を拭けと言われたのに俺がぼんやりしていたからか、バサッとバスタオルを頭にかけられた。
「ちょ、」
「さっさと拭けと言っただろう。風邪でもひいたらどうするのだ」
がしがしと手荒く髪を拭われる。ちょっと乱暴で、痛くないわけじゃないけど気持ちがいい。だけど、黙ってされるがままでいるのも、なんだか俺たちにはそぐわない。
「ちょ、い、いてっ! じ、自分でやるから!」
「フン。言われる前にそうしろ」
どのくらいアーチャーに慰められていたんだろう。何分経ったのかや、今が何時なのか、時計を見る気もないからか、よくわからないままだ。
俺が、ぼーっとしていると、ベッドの縁に座っていたアーチャーは何か思い出したみたいで離れていった。
なんだろう? と思ったけど、問いかけることはしなかった。アーチャーに扉の解錠はできないって安心感があったからだろうか。
アーチャーが出ていかないことがわかっていたから、追うこともないし、どこに行くのか訊くこともない。
自分でもびっくりするくらい落ち着いている。
(必死に塗りたくった塗膜が、剥がれ落ちてしまった気分って言えばいいのか……)
だけど、それが嫌なわけじゃない。
軽くなった。
そんな感じ……。
(俺は、いろいろと悪い方にばかり考えすぎていたんだろうか……)
自分の気持ちに素直に従っていれば、こんなひねくれ者みたいな考えには及ばなかったんだろうか。
(だとしても、そんなのは、無理な話だ……)
過去の記憶は消せない。アーチャーにはない記憶だとしても、俺にはしっかりと刻まれた記憶だ。
あの聖杯戦争で、俺はたくさんのことを経験したんだ。それから、何よりも求めた理想が脳裡と胸に焼き付いた。
(俺の命を繋ぎ止めた、あのペンダントに籠めた記憶(オモイ)も何もかも、俺には現実だったし、取り消しなんかできない過去だ)
けれども、あの世界はなくなってしまって、俺は何者でもなくなって……。
「っ……」
また、要らないことを考えてしまう。俺はどうにも考えを拗らせてしまうようだ。そのあおりを食うアーチャーは、たまったものじゃないだろう。
よく付き合ってくれてるよな、アイツ……。
「…………」
不意に気配を追いたくなる。身体を起こして、アーチャーを探した。
広くもない部屋で、隠れる場所もないのにどこにもいない。焦りかけたけど、冷静になればわかる。この部屋には、扉が三つしかないんだ。そのうち二つはアーチャーに開けられない。ということは……。
風呂場の扉へ目を向けると、案の定、アーチャーが出てきた。
「動けそうか?」
「え? あ、うん。もう平気だ」
「そうか。ならば……」
俺の返答に頷いたアーチャーにそっと腕を引かれて立ち上がる。そのまま風呂場へ連れて行かれた。
アーチャーは風呂の用意をしていたみたいだ。バスタブに湯が溜められている。
「ぁ……」
湿り気のある空気のおかげで喉が楽だ。
カルデアはどの施設も暖房が使われていて、空気が乾燥している。もちろん各自室も常に暖房がきいている。なにぶん、普通の人間には過酷な土地だ。暖房がなければ、この施設で働くことは難しいだろう。
暖房使用が常だから、気をつけていても下手をするとすぐに喉をやられそうになる。サーヴァントなら乾燥していると感じていても問題ないんだろうけど、人間はそうはいかない。
だけど、ここのスタッフで乾燥に文句を言う人はいなかった。だったら、こういう環境に慣れているんだろう。もしかすると、俺が知らないだけで、そういう対策を当然のように行っているのかもしれない。
(でも、まあ、あの未来の大気に比べたら、ちょっと乾燥するくらい、どうってことないけどな……)
そんなことを考えながら、ぼーっと突っ立っていると、何かを手渡された。
「さっぱりすればいい」
「え? あ、うん、さんきゅ」
手渡されたものがきっちりとたたまれた着替えであることを確認して、条件反射で礼を言う。
(アーチャーも一緒に入るんだろうか?)
思ったけど、杞憂だっだ。俺の浮かべた疑問なんて全くの見当違いだと示すように、アーチャーは背を向けている。
「だが、あまり長湯はするなよ。温まる程度にしておけ」
「わかった」
前のときみたいに一緒に入るってことじゃないみたいだ。アーチャーは風呂場を出ていき、俺はそのまま取り残されている。
「フロ……ね……」
アーチャーが優しすぎて戸惑う。ありがたいんだけど、申し訳ない気もする。
「まあ、いいか……」
考えるのが億劫になってきて、作業用のツナギを脱いで、ざっとたたんだ。汗をかくこともなかったし、たいして汚れるようなことをしたわけじゃないけど、アーチャーの言う通り、風呂に入れば身体はもちろん、気分的にも少しさっぱりすると思う。
「でも、あんまりゆっくりできないな……」
長湯はするなとアーチャーに忠告されていることだし、また寝込んでアーチャーに迷惑をかけるのも忍びない。
素直にアーチャーに言われた通りにして、その心遣いに感謝しながら風呂を済ませ、服を着た。
「こんなの、あったっけ?」
見覚えのない服に今ごろ首を捻る。まあ、たぶんっていうか、絶対にアーチャーの投影品だろう。
(またアイツ、魔力の無駄遣いしてる……)
呆れつつ、ふと目についた鏡で自分の姿を確認した。
(こんな綿パンとリネンのシャツとか貰った記憶はないし、部屋にもなかった。しかもなんていうか、色合いも薄い感じで、なんだか落ち着かないけど……、これって、アイツの好みの服なんだろうか?)
アーチャーみたいに褐色の肌なら似合うかもしれないけど、俺ではなんだか、ぼやけた感じがする。
「ふーん……」
特に似合うだとか、しっくりくる気はしない。裸でいるよりマシって程度だ。
今まで服装を気にしたことはない。俺自身にファッションセンスとか、色合いを工夫するような能がなかったからか、いつも選ぶのは、濃い色合いがメインでシンプルな物ばかりだった。
「よくわかんないな……」
ちょっとアーチャーの好みに首を傾げつつ、シャツの腹のあたりを掌で擦り、リネンの柔らかな感触を味わう。
「へぇー……」
ちょっと心地好い。
リネンのシャツなんて着たことがないから、これは初めての手触りだ。
(別にジャージとかでいいのに、なんだってアイツはこんな服を……?)
そんなことを思いながら風呂場を出ると、アーチャーは俺を見て、しばし目を瞠り、やがて、ふ、と目尻を下げた。
(なんだよ……)
そんな顔されると気恥ずかしい。それに、
「よく似合っている」
とか言うし……。
照れ臭さと、ちょっと居心地の悪さとで顔が強張っているかもしれない……。アーチャーに嫌な思いをさせたくないのに、どうにも俺はうまく立ち回れない。
なんだか妙な緊張感を味わいながらベッドに腰を下ろせば、きちんと髪を拭け、とすぐに小言が降ってきた。
(ああ、やっぱり、これがしっくりくる……)
そうだな。アーチャーはこれが普通だ。好きだのなんだのって、そんなこと俺に言ったりしなくて、くどくど小言を山ほど浴びせてきて……。
「まったく……」
「へ?」
髪を拭けと言われたのに俺がぼんやりしていたからか、バサッとバスタオルを頭にかけられた。
「ちょ、」
「さっさと拭けと言っただろう。風邪でもひいたらどうするのだ」
がしがしと手荒く髪を拭われる。ちょっと乱暴で、痛くないわけじゃないけど気持ちがいい。だけど、黙ってされるがままでいるのも、なんだか俺たちにはそぐわない。
「ちょ、い、いてっ! じ、自分でやるから!」
「フン。言われる前にそうしろ」
作品名:BLUE MOMENT17 作家名:さやけ