BLUE MOMENT17
あの後、士郎を抱きしめてともに眠り、その安心感に私だけ満足してレイシフトへと向かうことになり、士郎はその間、ずっと苛責を感じていただろう。
私に負わなくてもいい負い目を一身に背負わされて……。
だというのに、私は自分が何を言ったのかも忘れ、士郎のことがわからないと臆面もなく吐き捨てて……。
「士郎、私は……」
情けない。
私には、英霊となった長い時間があったはずだというのに、なんら成長というものをしていない。見た目が変わらないのは仕方がないが、中身はそれこそ、人の生を何十、何百と繰り返すことができるほど存在している。
「あ、あの、アーチャーは、いつも俺の間違いを指摘してくれる。だから、」
「違うっ!」
びく、と士郎は肩を震わせた。その反応にやるせなくなって項垂れる。
「すまない、声を荒げて……、いや、それよりも……、何から謝ればいいのか、見当もつかない……」
「アーチャー? あの、謝るって、なに言ってんだよ? そんなことする必要なんて、」
「謝らなければならないだろう。私はお前に、要らぬ苛責を負わせたのだぞ? それにお前は苦しんだだろう? であれば、」
「そんなのは、いらない」
「なん――」
「俺は、アーチャーが思うように過ごすのを見ていたいだけだ。俺にそんな気遣いをするアーチャーなんか見たくないから、アーチャーは何も気にすることなんかない。あの時みたいに、俺を殺してやるって、殺気立っていても、それで十分に……って、アーチャー?」
項垂れた頭がさらに落ちていく気がする。こいつは本っ当にわかっていない。
「士郎、それでは何も変わらない」
「ん? 変わらない? 何が?」
「同じ過ちを繰り返してしまう。このままでは、私はいつまで経っても士郎のことを傷つけてしまうだろう」
「だとしても、」
「私が嫌なのだ!」
また、びくり、と士郎は肩を震わせる。
士郎はなぜ、私が声を荒げるだけで怯えるのだ……。
殺気を立てていてもいいと言うわりに、士郎は私に怯えを見せる。それはいったいどういう……。
「そっか……、アーチャーが嫌なら、仕方ないよな……」
その上、これだ。
もう、何度も感じたこの、苛立ち。
士郎が諦めていることをまざまざと見せつけられるたび、私はイラついていた。
「士郎はどうして、そんなにも聞き分けがいい?」
「え?」
「衛宮士郎は、自身の固い意思をどんな逆境でも貫くような頑固者だったはずだ。だというのにお前は、愚かな理想を追った私に比べ、はるかに意地を張るようなところがない。なぜだ?」
「なぜって……」
士郎は困惑した表情で呟く。待ってみても答えはなく、ようやく口を開いた士郎は、
「わからない……」
それだけを呟いた。
「いつからだろうって、俺も考えたことがある。理想をただの夢だと思ったときか、どうあってもアンタに追い付ける気がしないと思ったときか、救えたはずの命に手を伸ばさなかったときか……。もしかすると、アンタを初めて目にしたときだったのかもしれない……」
「私を?」
「アンタを初めて見たのは、聖杯戦争のとき。ランサーと学校でやり合ってたところだった。戦い自体もすごくて鳥肌が立ったけど、それよりも、アンタの投影に俺は電気でも流されたように身動きを忘れていた。そのときは、理想だなんて気づかなかったけど、遠坂と共闘するたびにアンタの姿を見ることになって……。正直、参ったよ」
「なぜ、参る?」
「嫌悪感でいっぱいなのに、俺はアンタから目を離せなかった。殺気を向けられても、顔を合わせるたびに不機嫌に罵られても、俺はアンタが理想なんだってますます気づいていって……。剣を交えても、命懸けてるっていうのに、なんだか知らない高揚感に満たされていた」
「それは……、お前にとっての、最初の聖杯戦争、か?」
「そうだ。あのときにすべてが決まり、俺の歯車は回りはじめた」
「歯車……」
私の座にある、あれとよく似たものが、士郎の心象風景にもあるのだろうか……?
「アンタが俺の理想だと認めた時点で、俺の夢は潰え、アンタのすべてが俺に刺さり、俺が歩む道は、あの聖杯戦争で決まり、今の俺に繋がる。……なんとなくだけど、今は、そんな感じなんじゃないかなって、思った」
「私は、お前の夢を、奪った、のか?」
「厳密に言うと、アンタじゃないだろうな。俺と聖杯戦争で剣を交えたアーチャーだから。俺が過去の修正をして、消してしまったアーチャーだから……」
「……士郎、私は、同じ時空だか、別の時空だかわからない己に嫉妬すればいいのか?」
「え? あ、いや、そういうことじゃなくて! 俺がいろいろ諦める原因ってなんだろうって考えていたら、その……、ごめん。アーチャーを結果的に責めるようなこと、言ってるよな、俺」
「いや、謝らなくていい。聞きたいと言ったのは私だ」
「うん、でも、アーチャーを傷つけていないか?」
「心穏やかでないのは確かだが、士郎が自身のことを話してくれているので、どちらかと言えば、うれしい」
「アンタ……、ドSだと思ってたけど、案外、ドMの方……?」
「む……」
「あ、失言でした」
あらぬ方へ視線を送った士郎に目を据わらせる。
「収穫なのか、落ち込む原因なのか、はっきりしないが……。一つだけ気づいたことがある」
「ん? なんだよ?」
「士郎、これからは、思ったことを口に出してくれ」
「へ?」
「文句でも、思いついたことでも、考えたことでも、なんでもいい。士郎がその心に浮かべたことを教えてほしい」
「そ、そんなのっ、」
「お前を理解するために、必要なことだ」
きっぱりと言い切れば、
「わかった、やってみる」
士郎は迷いながらも頷いてくれた。
「では、もう休め。やはり、お前は疲れているようだからな」
「うん」
こくり、とうなずく士郎がベッドに完全に上がり、私も赤い外套を消した。
「士郎、」
「ん?」
「キスをしても?」
「……へ? アーチャー? な、ななな、なに、言ってんだ?」
「いきなりでは、また士郎を驚かせてしまう。そして、驚いたまま拒まないだろう? だが、嫌なときは断ってくれていい。なに、嫌だと意思を示す訓練だと思えばいい。士郎はどうにも他人に合わせてしまうところがあるのでな、少しずつ我を通すことを覚えろ」
「そ、そっか……。じゃ、じゃあ、いいよ」
承諾した士郎は緊張した面持ちで、私に向き合う。
「それほど身構えることもないと思うが……」
「…………だ、だって、アンタが、きゅ、急に、伺いを立ててくるから」
赤くなっていく顔をうれしく思いながら、士郎の顎を取れば、ばっちりと開いた眼(まなこ)と目が合った。
「目くらい瞑れ」
「あ、アンタこそっ」
「む。それでは見えないだろうが」
「み、見えないって、み、見るつもりなのかよ!」
「当たり前だ」
「そんなの、ずるいだろ! なんだって俺だけ見られなきゃならないんだ!」
「……たいして見えていない。こんな近くで何が見えると思うんだ」
「だ、だって、アンタ、見えないって、」
「ああ、距離を測れない、という意味だ」
「…………」
作品名:BLUE MOMENT17 作家名:さやけ