As you wish / ACT4
ACT4~厄災は忘れたころにやってくる~
土曜日、竜ヶ峰帝人は、困惑していた。
それなりの毎日が繰り返されて、何とか池袋に馴染んできたころゴールデンウィークがやってきた。園原杏里という友人もできて、親友の正臣からは恋人の沙樹という少女まで紹介してもらい、日々はそれなりに、緩やかに、歯車をかみ合わせはじめていた。
都市伝説だという黒バイクとの遭遇は、遠くから見かけた1度きりだったけれども、臨也はそのうち会えるかもよ、とか妙なことを言う。それに、平和島静雄・・・臨也の天敵という彼のことも、遠くで見ていることがとても楽しかった(だって自販機が飛ぶのだ)。
そして帝人の手元には、パソコンがある。
3年間、きっちりと帝人の欲望を満たしてきた働き者だ。最近少しスペックが落ちてきたなあと思うこともあるが、まあ現状では特に不満はないその箱の中には、「ダラーズ」という帝人の作り上げた傑作の虚構が詰まっている。
それを虚構と称したのも臨也だったけれど。
噂が噂を呼んで、そして多分臨也が多少の操作を施して、膨れ上がったその虚構は、けれどもやっぱり同じように臨也の献身的な・・・笑っちゃうくらい似合わないけど、本当に献身的なんだから仕方がない・・・働きによって、理路整然とそこに存在していた。帝人がこうだったらいい、ああしたい、とアイディアを出すと、臨也がじゃあこうすべき、ここはこうじゃない?とそれを膨らませる。さらにそれに帝人がそれならこうは?この人選で間違ってない?とたたみかけ、そうやって2人で話し合っているうちに、いつの間にか解決策が出来上がって、そうしてダラーズは最初想像していたよりもずっと統率のとれたチームになっていた。
ダラーズには規制もルールもない。だが、理念や理想ならばある。そうして帝人の感性で幾人かの幹部だって選び出している。もっとも、何もしないことが原則のダラーズに、そういうものが必要なのかどうかは分からないが。
そうして竜ヶ峰帝人という、一見非常に普通で平凡な少年は、そのダラーズの構成員を全員把握していた。半年ほど前、パスワードと参加方式を一新し、新規構成員を制限している現状でも、その途方もない数を把握するのは困難だが、それでも帝人は創始者として、そのすべてを抑えている。現状では、だ。
そして現在、その構成員の名簿を前にして、竜ヶ峰帝人は困惑していた。
何かが起こる前触れの様なものを、そこに感じ取ったからだ。
「・・・どうしたの帝人君、ご機嫌斜め?」
いつの間にか無断で部屋にいることが多くなった飼い猫が・・・言わずもがな、血を吸うという悪癖のある猫だ・・・せわしなく動かしていた指をとめた帝人にすり寄るようにして近づいてきた。
普段なら邪魔、うるさい、と払いのけるところだが、今回ばかりは情報屋の手を借りるべきだろう。帝人は臨也を振り返って口を開きかけ、そしてその格好にあきれたような溜息をついた。
「・・・臨也さん、なんでそんなボロボロなんですか」
「んー、喧嘩人形と遊んじゃったからかな」
「顔無事でよかったです」
「帝人君、この顔好きだもんねー。死守しました」
でも見て、よけてただけなのに腕も脚もぼろぼろ。やんなっちゃうねー、なんてケタケタ笑いながら、臨也はコートを脱ぎ棄てて無造作にゴミ箱に突っ込んだ。
同じ物をいくつも持っている臨也だから、そんなことはよくあることだった。それにしても帝人が池袋にいるからか、きちんと言いつけを守って喧嘩を避けているらしいことを、あとでほめておこう、と考える。それから最初に言いかけた相談ごとに移った。
「着替えながら出いいんですけど、ちょっと聞いてくれます?」
「いつでもどうぞ、ご主人様」
「それ気持ちわるいんでやめてください。・・・ブルースクエアって覚えてます?」
「そりゃもちろん」
それなら自分がつぶした組織だ。1年くらい前までは、池袋で力を誇っていたカラーギャングの一つ。それがどうしたのかと無言で続きを促せば、帝人が椅子に体重を預けて後ろへと倒れ込み、さかさまから着替えている臨也を見る。
「ダラーズに流れ込んできてるんですよね」
「今までもあったじゃない?」
「それが、昨日今日で23名」
「・・・それは穏やかじゃないな」
臨也も眉をひそめて、てきぱきと着替えを終えると、すぐにパソコンデスクのほうへやってきた。椅子に座る帝人の横に手をついて、乗り出すようにPCの画面を見る。
「この、青いライン引いてる名前がそうです」
「加入は紹介制にしてから半年になるけど、2日で20人以上入ってくるのもおかしいよね?」
「はい、この半年間は、1日平均5人以下でした」
「・・・誰から紹介受けたか、今度からは分かるようにした方がいいかもしれないね帝人君。腐ったリンゴは早く見つけておかないと、箱ごと腐るって言うじゃない?」
「あなたは愛する人間をリンゴに例えるんですか?どうでもいいですけど。それより、預かっていたブルースクエアと黄巾賊のメンバーリスト、役に立ちました。ありがとうございます」
「どういたしまして。ほんとなら活用されないほうがよかったんだけどなあ。それと、俺は人間を愛してるけど、帝人君と比較したらリンゴでもおこがましいと思ってるよ」
「知ってます」
どうでもいいですそんなこと、といいたげな帝人の口調を聞き流して、臨也は帝人によって青でラインを惹かれた新規メンバーの名前を見る。特に記憶に引っかかる人間はいないが、だからと言ってこの唐突な増加に裏があることは分かりきっている。
「ちなみに、元ブルースクエアの人間って、どのくらいいるの?」
「そうですね、現時点で51名・・・ほどでしょうか。でも、ずいぶん初期にやめてる人間もいますし、ダラーズの中で信頼に値すると僕が定めた人もいます」
「あー、ドタチンたちね。ああいうのは除外でいいよ」
「それなら・・・そうですね、42名ほどでしょうか」
「ちなみに、黄色い方は?」
「そっちは12名ほどです」
ふーん、と臨也は画面を見ながら唸る。穏やかじゃないなあ、とのんびりつぶやく口調とは裏腹に、表情は殺伐としていた。せっかく帝人君が安全なようにぶっ潰したのに、また何かやるきだろうか?それも、俺と帝人君の愛の結晶のようなダラーズを使って?と、その思考回路は微妙な方向に向かっている。帝人が聞いていたら、まず間違えなく愛はないです、とつっこまれることだろうけれど。
「とりあえず現状、メンテナンスと称して新規入会をストップしていますけど」
「ん、いいよ。探ってあげる。そのかわりご褒美弾んでくれるんでしょ?」
にやりと目を細めて、臨也が笑う。
おやつをくれと言っているのだ。1週間に1度血をもらう、というのは、あくまで帝人の体を気遣っての臨也なりの譲歩であり、本当なら許可があれば毎日だってほしい。けれども多分、そうしたら年中帝人は貧血でふらふらするようになるだろうしそれは臨也の望みではない。
臨也は帝人の、時折見せる冷徹さと凛とした「人の上に立つ者」の顔が気に入っている。
あの顔をするときに貧血でふらふらされたりしたら、台無しじゃないか。
「んー、そうですね、成功報酬です」
土曜日、竜ヶ峰帝人は、困惑していた。
それなりの毎日が繰り返されて、何とか池袋に馴染んできたころゴールデンウィークがやってきた。園原杏里という友人もできて、親友の正臣からは恋人の沙樹という少女まで紹介してもらい、日々はそれなりに、緩やかに、歯車をかみ合わせはじめていた。
都市伝説だという黒バイクとの遭遇は、遠くから見かけた1度きりだったけれども、臨也はそのうち会えるかもよ、とか妙なことを言う。それに、平和島静雄・・・臨也の天敵という彼のことも、遠くで見ていることがとても楽しかった(だって自販機が飛ぶのだ)。
そして帝人の手元には、パソコンがある。
3年間、きっちりと帝人の欲望を満たしてきた働き者だ。最近少しスペックが落ちてきたなあと思うこともあるが、まあ現状では特に不満はないその箱の中には、「ダラーズ」という帝人の作り上げた傑作の虚構が詰まっている。
それを虚構と称したのも臨也だったけれど。
噂が噂を呼んで、そして多分臨也が多少の操作を施して、膨れ上がったその虚構は、けれどもやっぱり同じように臨也の献身的な・・・笑っちゃうくらい似合わないけど、本当に献身的なんだから仕方がない・・・働きによって、理路整然とそこに存在していた。帝人がこうだったらいい、ああしたい、とアイディアを出すと、臨也がじゃあこうすべき、ここはこうじゃない?とそれを膨らませる。さらにそれに帝人がそれならこうは?この人選で間違ってない?とたたみかけ、そうやって2人で話し合っているうちに、いつの間にか解決策が出来上がって、そうしてダラーズは最初想像していたよりもずっと統率のとれたチームになっていた。
ダラーズには規制もルールもない。だが、理念や理想ならばある。そうして帝人の感性で幾人かの幹部だって選び出している。もっとも、何もしないことが原則のダラーズに、そういうものが必要なのかどうかは分からないが。
そうして竜ヶ峰帝人という、一見非常に普通で平凡な少年は、そのダラーズの構成員を全員把握していた。半年ほど前、パスワードと参加方式を一新し、新規構成員を制限している現状でも、その途方もない数を把握するのは困難だが、それでも帝人は創始者として、そのすべてを抑えている。現状では、だ。
そして現在、その構成員の名簿を前にして、竜ヶ峰帝人は困惑していた。
何かが起こる前触れの様なものを、そこに感じ取ったからだ。
「・・・どうしたの帝人君、ご機嫌斜め?」
いつの間にか無断で部屋にいることが多くなった飼い猫が・・・言わずもがな、血を吸うという悪癖のある猫だ・・・せわしなく動かしていた指をとめた帝人にすり寄るようにして近づいてきた。
普段なら邪魔、うるさい、と払いのけるところだが、今回ばかりは情報屋の手を借りるべきだろう。帝人は臨也を振り返って口を開きかけ、そしてその格好にあきれたような溜息をついた。
「・・・臨也さん、なんでそんなボロボロなんですか」
「んー、喧嘩人形と遊んじゃったからかな」
「顔無事でよかったです」
「帝人君、この顔好きだもんねー。死守しました」
でも見て、よけてただけなのに腕も脚もぼろぼろ。やんなっちゃうねー、なんてケタケタ笑いながら、臨也はコートを脱ぎ棄てて無造作にゴミ箱に突っ込んだ。
同じ物をいくつも持っている臨也だから、そんなことはよくあることだった。それにしても帝人が池袋にいるからか、きちんと言いつけを守って喧嘩を避けているらしいことを、あとでほめておこう、と考える。それから最初に言いかけた相談ごとに移った。
「着替えながら出いいんですけど、ちょっと聞いてくれます?」
「いつでもどうぞ、ご主人様」
「それ気持ちわるいんでやめてください。・・・ブルースクエアって覚えてます?」
「そりゃもちろん」
それなら自分がつぶした組織だ。1年くらい前までは、池袋で力を誇っていたカラーギャングの一つ。それがどうしたのかと無言で続きを促せば、帝人が椅子に体重を預けて後ろへと倒れ込み、さかさまから着替えている臨也を見る。
「ダラーズに流れ込んできてるんですよね」
「今までもあったじゃない?」
「それが、昨日今日で23名」
「・・・それは穏やかじゃないな」
臨也も眉をひそめて、てきぱきと着替えを終えると、すぐにパソコンデスクのほうへやってきた。椅子に座る帝人の横に手をついて、乗り出すようにPCの画面を見る。
「この、青いライン引いてる名前がそうです」
「加入は紹介制にしてから半年になるけど、2日で20人以上入ってくるのもおかしいよね?」
「はい、この半年間は、1日平均5人以下でした」
「・・・誰から紹介受けたか、今度からは分かるようにした方がいいかもしれないね帝人君。腐ったリンゴは早く見つけておかないと、箱ごと腐るって言うじゃない?」
「あなたは愛する人間をリンゴに例えるんですか?どうでもいいですけど。それより、預かっていたブルースクエアと黄巾賊のメンバーリスト、役に立ちました。ありがとうございます」
「どういたしまして。ほんとなら活用されないほうがよかったんだけどなあ。それと、俺は人間を愛してるけど、帝人君と比較したらリンゴでもおこがましいと思ってるよ」
「知ってます」
どうでもいいですそんなこと、といいたげな帝人の口調を聞き流して、臨也は帝人によって青でラインを惹かれた新規メンバーの名前を見る。特に記憶に引っかかる人間はいないが、だからと言ってこの唐突な増加に裏があることは分かりきっている。
「ちなみに、元ブルースクエアの人間って、どのくらいいるの?」
「そうですね、現時点で51名・・・ほどでしょうか。でも、ずいぶん初期にやめてる人間もいますし、ダラーズの中で信頼に値すると僕が定めた人もいます」
「あー、ドタチンたちね。ああいうのは除外でいいよ」
「それなら・・・そうですね、42名ほどでしょうか」
「ちなみに、黄色い方は?」
「そっちは12名ほどです」
ふーん、と臨也は画面を見ながら唸る。穏やかじゃないなあ、とのんびりつぶやく口調とは裏腹に、表情は殺伐としていた。せっかく帝人君が安全なようにぶっ潰したのに、また何かやるきだろうか?それも、俺と帝人君の愛の結晶のようなダラーズを使って?と、その思考回路は微妙な方向に向かっている。帝人が聞いていたら、まず間違えなく愛はないです、とつっこまれることだろうけれど。
「とりあえず現状、メンテナンスと称して新規入会をストップしていますけど」
「ん、いいよ。探ってあげる。そのかわりご褒美弾んでくれるんでしょ?」
にやりと目を細めて、臨也が笑う。
おやつをくれと言っているのだ。1週間に1度血をもらう、というのは、あくまで帝人の体を気遣っての臨也なりの譲歩であり、本当なら許可があれば毎日だってほしい。けれども多分、そうしたら年中帝人は貧血でふらふらするようになるだろうしそれは臨也の望みではない。
臨也は帝人の、時折見せる冷徹さと凛とした「人の上に立つ者」の顔が気に入っている。
あの顔をするときに貧血でふらふらされたりしたら、台無しじゃないか。
「んー、そうですね、成功報酬です」
作品名:As you wish / ACT4 作家名:夏野