おとしぶみ
日々を送り、学園を卒業し、そしてまた春を、夏を秋を冬を過ぎて、あの日から、遠く幾年もが経ちました。数えるのも億劫なほどの年月が。
あの人はもう、私の事なんて忘れてしまったでしょうか。
亡くなったとしたら、髪結いとして、綺麗で優しいお嫁さんでも貰って、子供を作って、幸せな一生を終えられたでしょうか。
卒業の日、あの人は云いました。何時もと同じ、困ったような笑顔で云いました。待ってるから、何時でも良いから、いつか髪を切りに来てね。
わたしですか? 卒業したあの日から、彼には一度も会っていません。会いに行けばいいのにとおっしゃいますか。出来れば疾うにしています。
幸せで在ってほしいと思った、私の事なんてすっかり忘れて呉れていればいいとさえ思った。それを今更、どの面下げておめおめと会いに行けるのです。私だって、あの人の顔なんてもう殆ど思い出せない。顔も声も、元の記憶は風化して、いつの間にか霞んで消えてしまったに違いない。
だからこれは、あったかどうかも、本当は怪しい記憶でしょう。思い出せない事と、忘れる事とは違います。わたしは自分の想い出に縋っているだけなのかもしれない。
それでも、時々思い出すのです。ああ、まだ忘れていなかったのだなと、毎朝髪を結ってくれた手の優しさも、抱きしめられた腕のぬくもりも、なにもかも、何一つ捨て切れていない、何人も人を殺めて来て、泥水をすする様に命汚く生きて来て、あの人の褒めてくれた髪ももうこんなに荒れてしまって、それでもまだ、人を想う感情が残っているのだと。
それは、本当に不思議な感覚でした。
忘れて来たものとは、なんだったでしょうか。
今でなら解る気がするのです。遠い昔、学園を出た日、好きです、とも、愛していました、とも、何故あの人に何も言えなかったのか。世の中を全て、酸いも甘いも解って居るふりをして、自分がどれだけ子供だったのか。思い出すしかない日がくるなんてこと、想像もした事が無かった。私は十三歳で、ただひたすら学園の庭に塹壕を掘って居て、その蛸壺に誰かが引っ掛かって、そんな毎日が永遠に続くようで、空は眩しくて仕方なかった。あの日に、全てを置いてきた様な気がするのです。
本当は、大人になんてなりたくなかった。もう少し子供で居たかった。其れが許されないのが、生きている人間の限界なのですね。
あの日から遠く離れた今だからこそ言えます。
昔、まだ子供のころ、すきなひとがいました。
すごく、すごくすきなひとだったんです。
あの人にはもう会えない。何十年もかけて、やっと其れを理解した時、わたしはようやく、泣く事を思い出したのです。
【楽園の日々はもう遠く】