敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
「『YES』! 確かにイエスでーすね? アナタは英国紳士であるアーサー・ヒルバーン卿に対して、こともあろうにゴボーとゆー植物を食わせた。それが草の根っこであるのを知りつつ……その事実に間違いないとゆーのでーすね?」
「いえす……」
「オー、ノー! なーんとゆーことだ! 根っこを! アナタは、草の根っこを、高貴な血の生まれであられるアーサー・ヒルバーン卿に食べさーせたとゆーのでーすか! 侮辱だ! これは虐待だ! イギリスでは紳士は決して、地面の中にあるものを引っこ抜いて食うことはなーい! 根っこは、豚が鼻で土をほじくり返して食べるものだ。アナタはアーサー・ヒルバーン卿を、豚と同じに扱ったとゆーことなーのだ!」
「はあ……いやでも、あの人、『うまいうまい』と食ってましたよ。ニッポンの〈ウマミ〉、エクセレーント! 捕虜生活でひとつだけいいのは、メシがうまいことだと言って……」
「シャラーップ! 発言を許してはいなーい! アナタは聞かれたことにだけ、イエスかノーで応えれば良いのだ。それ以外は口をつぐんでいなさーい!」
「イギリスのメシはまずい。ボソボソのパンに、肉も野菜もただ茹でただけ。この収容所で生まれて初めて味のあるものを食べた。イギリスにはそもそも物を料理して食べる文化がないのだとか……」
「黙りなさい! アナタは、英国紳士であるアーサー・ヒルバーン卿に、朝昼晩と日本人が食うものを食わせた。猿だ! 猿の食い物だ! 日本人は猿と同類の生き物だから根っこなんかを食うのであろーが、人種的に優良である白色人種は決して根っこなど食べないのだ! ましてやそれをおいしいと感じることなど有り得ないのだ! アナタは劣等人種だからそれがわからず、知らずにやって、勘違いをしているようだが、それは言い訳になりませーん! 英国では人に根っこを食わせられたら手袋を投げて決闘を申し込むものなのでーす! それが勇気と誇りある英国紳士の伝統なのでーす!」
「いや、でも……」
「口応えするな! アナタに許した返答はイエスかノーのどちらかだけでーす! アーサー・ヒルバーン卿に根っこを食わせたと認めるのですね?」
「いえす」
「では有罪だ」と判事は英語で言い、通訳がそれを訳して言った。「被告の犯した罪に対して情状酌量の余地はない。よって〈デス・バイ・ハンギング〉」
つまり、縛り首である。イギリス人にゴボウその他の根菜を食わせた罪によって、何千という日本人がラッフルズ・ホテルの庭に吊るされた。シンガポールの日本人墓地には、地球が赤い星となった22世紀末の今でもまだ、《くたばってしまえ》と書かれた石碑が建っているという。
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之