敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊
地球の裏よりさらに遠く
「地球で日本の真裏っ側に世界最大の滝〈イグアス〉があるけど、行くのは大変だ。直行便があった例(ためし)はないんだから、日本人が見ようとしたらかなり遠回りしなけりゃならない――つまりイグアスは、日本人にとって〈地球の裏よりさらに遠くにある滝〉ということになる」
太田が言った。まだ〈ヤマト〉の作戦室だ。
「〈イグアス〉とは先住民グアラニーの言葉で〈壮大な水〉――〈日本〉は〈ひのもと〉の意味だけど、〈ニホン〉〈ニッポン〉て読む他に〈ジッポン〉という読み方が昔はあったと言われている。〈日〉の字を〈ジツ〉と読んでジッポン。〈先日〉とか〈翌日〉のジツだね。それが西に伝わって〈ジパング〉になり、英語の〈ジャパン〉やフランス語の〈ジュポン〉になった」
「そうなの?」と森が言うと、
「いや、『なのかも』という説があるだけだけど」
「なんだ」
「とにかく、マゼランもコロンブスも、世界を一周しようとしたんじゃなくて、日本に行って帰ってこようとしたんだね。スペインは世界の西の果ての国、日本は東の果ての国。〈ワープ〉とは元々〈紙を丸める〉というような意味の言葉であり、つまり地図を丸めてみれば、スペインから日本へは西へ行くのが近いはずじゃん。西回りに東に行く、これを〈ワープ航法〉と呼ぼう!と」
「言ってないよね」
「言ってないけど、そういう考えだった。ところがそれは大間違いで、日本は地球の裏よりもさらに遠くにある国だった。ヨーロッパの真裏にあるのはニュージーランドだけど、日本へは船で行くならどうしてもそれ以上に大きく遠回りすることになる。東回りならマラッカ海峡、北回りならベーリング海峡を抜けて……」
南部が言う。「〈ベーリング〉に〈マラッカ〉ってお菓子の名前になりそうだな」
「うん。とにかくどう行こうとも三万キロの航海になる。地球半周は二万キロなのに……けれどマゼランは、どこかにジパングにワープして行ける道があるはずと考えていた。実はコロンブスのすぐ後に、パナマ辺りの陸地を歩いて『向こう側の海を見てきた』なんて報告してる人間もいるんだね。だからマゼランはアメリカは〈大陸〉だとは思ってなかった。神が西と東を分ける境界線として造った細い土手のようなもので、そのどこかに船が抜けられる海峡がある、と」
島が言う。「神は人がワープできるか試してるのにちがいない、と」
「そう。アメリカが瓢箪(ひょうたん)形をしてるなんて知るはずもない。南米はパナマの先でまた広くなっていて、イグアスの滝とアンデス山脈があった。マゼランは海峡たずねて三千里も海を行かなきゃならなかった。赤道無風帯を抜けると風は向かい風になっていて、南へ行けば行くほど波は荒くなる。吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度……やっと見つけた海峡はまるでイグアス大瀑布の滝壺みたいなところだった。そこを抜けるのに一ヵ月……」
「何が言いたいんです?」
と新見が言う。太田はそれに応えて言った。
「だから、着いたときよりも、まずはそこまで行く心配をするべきだということさ。ぼくらはこの旅で、〈宇宙のマゼラン海峡〉を見つけてそこを抜けなきゃならなくなるかもしれない。そこは〈悪魔の喉笛〉なのかもしれないということ……」
作品名:敵中横断二九六千光年4 南アラブの羊 作家名:島田信之