miss you 9
アムロはヘルメットを被ると、ハッチを開いて外に出る。
そこには、真っ赤なサザビーが頭部のコックピットハッチを開いて待っていた。
《アムロ!》
ハッチから身体を乗り出し、此方を見つめる姿にホッと息を吐く。
そして、軽くトンっとハッチの端を蹴り、両手を拡げるシャアへと向かって跳んだ。
無重力の宇宙をクルクルと回りながらも目指す腕へと手を伸ばす。
その時、ア・バオア・クーから脱出して、こぼれ落ちる様にコアファイターのコックピットから降りて仲間の待つランチへと手を伸ばした時の事を思い出す。
あの時、自分には帰れる所があるのだと、待っていてくれる人達がいるのだという事が、とてつも無く嬉しくて涙が零れた。
今もまた、愛する人が自分を待っていてくれている。
そして、その胸こそが自分の還る場所なのだと思うと、胸が熱くなり、気付けば涙が溢れていた。
アムロを迎える様にコックピットを飛び出したシャアが、アムロの身体を受け止める。
そして、互いに抱き締め合い、無重力の中をゆっくりと回転しながらその存在を確認し合う。
「アムロ…無事で良かった…」
ヘルメットのバイザー越しに琥珀色の瞳を見つめ、シャアが呟く。
そしてアムロも、シャアのその優しい笑顔に嬉しさが込み上げる。
「貴方も無事で良かった」
二人は暫くそうして抱き合った後、ふと眼下に見えるコバルトブルーの地球へと視線を向ける。
「地球は…無事だったみたいだな」
「ああ、よく分からないが、私と君の身体から溢れ出した緑色の光が大きく光った瞬間、引力に捕まっていた筈のアクシズが突如落下を止めた。そして、ゆっくりと落下軌道から外れていったんだ」
そう言って、シャアが暗闇の宇宙を指差す。
そこには、さっきまで自分たちが押し返していたアクシズが浮かび、ゆっくりと移動しているのが見えた。
「…そうか…良かった」
そう呟くと、ホッとしたのかアムロの身体から力が抜けていき、ぐったりとシャアにもたれ掛かる。
「アムロ!」
慌ててサザビーのコックピットに戻ると、ハッチを閉じてアムロのヘルメットを外す。
「アムロ!どうした⁉︎」
見ればアムロの額からは汗が溢れ出し、左肩を押さえて苦痛の表情を浮かべている。
「怪我をしているのか?」
慌ててノーマルスーツを脱がせば、肩に巻かれた包帯から血が滲んでいた。
「撃たれた怪我か⁉︎君はこんな状態で出撃していたのか⁉︎」
「…だって…どうしても止めなきゃって思ったんだ。貴方に…罪を背負って欲しくなかったから…」
荒い息を吐きながらも、笑みを浮かべてシャアの頬に触れる。
「…っ、君は…本当に…!」
シャアは瞳に涙を浮かべ、頬に触れるアムロの手を包み込む様に握り締める。
そんなシャアに、アムロがクスリと笑う。
「シャア…貴方が好きだよ…」
突然の告白に、シャアが顔を上げて目を見開く。
「アムロ?…今…なんと?」
「聞こえなかった?貴方が好きだって言ったんだよ」
優しく微笑むアムロの顔を見つめ、暫しシャアは言葉を失う。
「……本当に?」
「ああ」
「私は君に酷い事をしてしまったのに?」
「そうだね…それでも、貴方を好きだって…思う」
アムロは全てを悟った様な、落ち着いた笑顔でシャアを見つめる。そして、シャアの気持ちも確かめる。
「貴方は?貴方は私の事をどう思ってる?」
アムロの問いに、シャアは一瞬戸惑いながらも、泣きそうな瞳でアムロを見つめて答える。
「私も好きだ…君が好きだ」
シャアの答えに、アムロは花の様な笑顔を浮かべた。
「…良かった…」
◇◇◇
epilogue
その後、レウルーラに帰艦した二人を迎えたのはナナイとレズン、そしてギュネイだった。
レズンとギュネイはアクシズの降下作戦には直接参加せず、事を大きくしない為に地球からの連邦軍応援部隊を抑える為に宙域で待機していた。
結局、援軍はギリギリまで姿を見せず、姿を見せたと思ったら、ネオ・ジオン軍には目もくれず、全機がアクシズへと向かい、その先端に取り付いたのだ。
その行動に呆気に取らながらも、二人は連邦軍、いや、アースノイドに対して少し考えを改める必要があるのでは考えるようになった。
「連邦の上層部は腐ってるけれど、連邦軍の軍人たちが腐ってる訳じゃない。結局はアースノイドもスペースノイドも同じ人間なのさ」
レズンが後にアムロにそう語った。
そして、ラー・カイラムで治療を受けていたジョルジョもどうにか回復し、妹であるナナイとも無事に再会する事が出来た。
暫くはそのままラー・カイラムで療養し、元々スパイとして持っていた連邦軍籍を使いブライトの元に残る事になった。
「本当に良いのか?」
ブライトの問いに、ジョルジョは少し笑みを浮かべて頷く。
「ええ、流石に二人を側で見ているのはまだ辛くて…我が儘を聞いて下さってありがとうございます」
「元々正式な連邦軍人なんだ。問題ない」
腕を組んではっきりと答えるブライトに、ジョルジョは不器用ながらも仲間を大切にする良い上官なんだとブライトの人となりを知る。
「ありがとうございます」
ジョルジョが深々と頭を下げると、ブライトが小さく溜め息を吐く。
「…正直、俺としてはアムロにはシャアなんぞより君を選んで欲しかったがな」
「ブライト艦長?」
ブライトの思いもよらない言葉にジョルジョが目を見開く。
「シャアの所であいつがちゃんと幸せになれるか不安で仕方がない。君ならば、あいつを心から愛して大切にしてくれるだろうに…全く…あの馬鹿」
「どうでしょう…僕のエゴの所為でアムロを危険に晒してしまった。それに、大佐もきっとアムロを大切にしてくれますよ」
「あの男が本質的には優しい男だと言うことは分かっている。しかしだな、どうもあの男は複雑過ぎていかん。きっとアムロはこれからもあいつの所為で苦労する」
まるで父親が娘を心配するような言葉に、ジョルジョがクスリと笑う。
「艦長、まるで父親みたいだ」
「当然だ。俺はあいつの母親からあいつの事を任されているんだ。だから責任を持って幸せになれるように手助けしにゃならん」
「ふふふ、アムロは幸せ者ですね」
「幸せになって貰わなきゃ困る!」
「ははは、そうですね」
「それにまだあいつを諦める事は無いぞ!シャアがあいつを泣かせるような事があれば、誰がなんと言おうとあいつをこっちに連れ戻す!その時にもう一度口説け」
ブライトのとんでもない言葉にジョルジョが驚く。
「…それは…」
流石にどうだろうと思うが、どうやらブライトは真剣だ。
「そうですね、チャンスが有れば逃したくは無いですが…」
ジョルジョは少し目を伏せ、悲しげに微笑む。
「僕は彼女にあんな怪我を負わせてしまった。それにあの時、アムロと艦長の会話を聞いて…アムロの本心をアムロ本人の口から聞いて、ようやく踏ん切りが付いたんですよ」
治療後、眠る自分の枕元で二人が会話をしている時、途中からだが意識があった。
自分と大佐の間に挟まれ、アムロも随分と苦しんでいた。
けれど、アムロは選んだ。
共に生きていくパートナーを。
その道がどれ程辛く険しいものか分かっていながらも、アムロはシャアを選んだのだ。
一瞬でも手に入れる事が出来た存在を失う事は本当に辛い。
作品名:miss you 9 作家名:koyuho