BLUE MOMENT18
BLUE MOMENT 18
食事を終えた士郎とともに医務室へ向かう。顔色の悪さといい、フラついている足元といい、きちんと医師の診断を仰いだ方がいい。
たいしたことはない、などと断るならば、どう言いくるめようかと、様々頭の中でシミュレーションしていた。が、拍子抜けするほどあっさりと、そう思っていたんだ、と、私の提案を受け入れた。
(少し自分の身体に配慮することを覚えたか……)
まったく、衛宮士郎という奴は、本当にどうしようもない。ここまで体調が悪くならなければ気づかないのだから、士郎も、そして誰よりも近くにいた私自身も、相当鈍い。
(元を正せば同一だ、などと胡坐をかいて士郎の不調を気にもかけなかったとは……)
これで本当に恋人と言えるのか?
恋人ならば、もっと労わり合ったりするものだろう?
いや、私の霞のような記憶をあさっても、恋人という存在と労わり合った事柄など見つけられない。そういう面で、私というエミヤシロウも、やはりおかしい。
(英霊と呼ばれるモノになったとはいえ……)
ただの装置のような存在だ。私に人並みの何かを求めること自体ナンセンスだともいえる。
「はあ……」
「ど、どうした?」
私に支えられながら腕を掴まれている士郎が驚いたように訊く。
「いや、エミヤシロウについて考えていると、頭痛がしてくるな、と」
「なんだ、それ……」
呆れ顔の士郎に肩を竦める。
「まあ、仕方のないことをどうこう考えても、どうしようもないがな」
「自己完結かよ……」
つっこむ士郎に曖昧に答えながら、ふと気づく。食堂に行くときよりも、心なしか士郎の足取りはしっかりしているようだ。
気のせいか……?
「ん? どうかしたか? ほんとに頭痛か?」
「……いや」
「何か言いたそうだな?」
「ああ。先ほどよりは、きちんと歩いている気がしてな」
「きちんと? ……そうか? じゃあ、アーチャーの雑炊のおかげだな」
腹いっぱいになったから、と微笑を浮かべる士郎に思わずふわふわした気分になってしまい、すぐに気を引き締める。
「は、腹に、力が入るようになったか」
誤魔化すように咳払いなどして言えば、
「うん、だいぶ」
士郎は素直に頷く。
こんな気軽なやり取りを、こんなに早くできるようになるとは思っていなかった。士郎とはゆっくりでもいいから堅実な関係を築いていきたいと思い、それには長期戦だと覚悟していたのだが、案外、普通に接することができている。
(それもこれも、士郎が私を想ってくれているからだろうな……)
士郎は私を好きだと言った。嫌いなセックスでもしたいと思うほどに。
(殺されかけておいて、なぜ、そうなるのか……)
そこはやはり士郎の歪み具合だという話になるのだろうが……。
(それにしても、いつから私のことを?)
聖杯戦争のときや、あの地下洞穴ではないだろう。どちらの場合も、私はこいつを本気で殺そうとしていた。聖杯戦争のときは剣を交える間もなかったが、殺気だけは漲っていたはずだ。そんな者を好きになどなりはしない。
ということは、カルデアに来てから、なのだろうか……?
「アーチャー? ほんとに、どうした?」
「いや、少し、これまでのことを考えていた」
「これまで?」
「まあ、おいおい、な」
「ん? なんか、よくわからないぞ?」
訝しそうな顔で疑問符をいくつも浮かべる士郎に、曖昧な笑みを浮かべて話題を切り替える。
「ところで、胃腸が問題ないようなら、スタミナの付くものを作ってやるぞ」
「はい? スタミナ? え? なんで?」
士郎は首を傾げて、さらに疑問符を浮かべている。
(こいつ……。わざとなら、どうしてくれよう……)
思わず拳を握りそうになるが、きっと思い当たらないのだろうな、私が士郎と何をしたいと思っているのか、など……。
「私に付き合ってもらわねばならないのでな、一晩中」
比喩を用いたところで通じる相手でないのはわかりきっている。したがって、明確な意思を示すように言ってふんぞり返ってやった。そこまですれば、ようやく思い至ったようで、顔を赤らめた士郎は、あらぬ方を向いてしまう。
逸れた顔を少し残念だと思っていると、
「このスケベ」
ぼそり、と返された言葉に今度はむっとした。
「フン。男はたいていそうだ」
「む……。男ってだけて、一括りにするなよ。アンタだけだろ、弱ってる奴に栄養与えて手籠めにしようとかするの」
「何げに酷い言われようだな……」
「事実だろ」
言うに事欠いて、こいつは……。
「お前の私に対する認識は改める必要があるな。ああ、それから一つ訂正しなければならない。弱っている“奴”ではなく、弱っている“士郎”だ」
「限定にするな……」
照れ臭さを誤魔化すように不機嫌な声で言って、士郎は目を据わらせた。
「他の誰でもない、士郎だからだ」
「だ、だから、」
「拘るのも嫉妬も独占欲も」
「…………」
「私とて、おかしいと思っている。手のひら返しも甚だしい。お前を剣で貫いた記憶は消えたわけではない。だが、それでも……」
くそっ。
何を言っているのか、私は……。
こんな往来でする話ではないだろう……。
「アーチャー……」
そらみろ。士郎が呆れている。
さいわい誰もいないからいいものの、私とて、こんな廊下の途中で言うべきではないことくらいわかっている。こういう話は二人きりで、それも、ベッドの中などでやる方がいい。
だが、士郎にははっきりと言葉にして伝えなければならない。私が今どんなふうに士郎を求めているのかということを。
でなければ、また、士郎は間違った方へ勘違いしてしまうかもしれない。
「お前は違うのだろうが、私は……、他にはありえない。誰かの身体も想いも要らない。私が欲しいのは士郎のその存在と想いすべてだ」
「…………」
士郎は絶句している。
それはそうか、すべてが欲しいなど、少々常軌を逸していると思われるかもしれない。
(だが、私はどうしようもなく、士郎が欲しくて堪らないのだ)
この感情と言えばいいのか、欲望と言えばいいのか、しっくりとくる言葉が思いつかないが、これは嘘偽りない、私自身の想いであるのは確かだ。
守護者という名の殺戮者であることすら棚上げにして士郎を慈しみたいと思う。
(この想いに名を付けるとすれば、愛情ということになるのだろうか?)
正しい答えなど、理想を追うだけで何もかもを取りこぼし続けた私には出せそうにないが……。
「アーチャー」
神妙な顔で私を呼ぶ士郎を真っ直ぐに見つめ返す。
「俺に、そんな価値が、あるのかな……」
疑問なのか、質問なのか、士郎はずいぶんと消極的なことを呟く。
「価値だとか……、そういうことではないだろう。感情というものは理屈ではないのだから」
「アンタに感情論を諭される日が来るなんて……」
驚きと苦笑を混ぜたような複雑な表情で、士郎は、その腕を掴む私の手にそっと触れた。
「俺には、アンタの言葉を信じることしかできない。過去も未来も失くしてしまった俺にはさ、アンタだけなんだ」
「っ……」
なんて殺し文句をさらっと吐き出すのか、こいつは……。
今度は私が黙り込む番だ。
食事を終えた士郎とともに医務室へ向かう。顔色の悪さといい、フラついている足元といい、きちんと医師の診断を仰いだ方がいい。
たいしたことはない、などと断るならば、どう言いくるめようかと、様々頭の中でシミュレーションしていた。が、拍子抜けするほどあっさりと、そう思っていたんだ、と、私の提案を受け入れた。
(少し自分の身体に配慮することを覚えたか……)
まったく、衛宮士郎という奴は、本当にどうしようもない。ここまで体調が悪くならなければ気づかないのだから、士郎も、そして誰よりも近くにいた私自身も、相当鈍い。
(元を正せば同一だ、などと胡坐をかいて士郎の不調を気にもかけなかったとは……)
これで本当に恋人と言えるのか?
恋人ならば、もっと労わり合ったりするものだろう?
いや、私の霞のような記憶をあさっても、恋人という存在と労わり合った事柄など見つけられない。そういう面で、私というエミヤシロウも、やはりおかしい。
(英霊と呼ばれるモノになったとはいえ……)
ただの装置のような存在だ。私に人並みの何かを求めること自体ナンセンスだともいえる。
「はあ……」
「ど、どうした?」
私に支えられながら腕を掴まれている士郎が驚いたように訊く。
「いや、エミヤシロウについて考えていると、頭痛がしてくるな、と」
「なんだ、それ……」
呆れ顔の士郎に肩を竦める。
「まあ、仕方のないことをどうこう考えても、どうしようもないがな」
「自己完結かよ……」
つっこむ士郎に曖昧に答えながら、ふと気づく。食堂に行くときよりも、心なしか士郎の足取りはしっかりしているようだ。
気のせいか……?
「ん? どうかしたか? ほんとに頭痛か?」
「……いや」
「何か言いたそうだな?」
「ああ。先ほどよりは、きちんと歩いている気がしてな」
「きちんと? ……そうか? じゃあ、アーチャーの雑炊のおかげだな」
腹いっぱいになったから、と微笑を浮かべる士郎に思わずふわふわした気分になってしまい、すぐに気を引き締める。
「は、腹に、力が入るようになったか」
誤魔化すように咳払いなどして言えば、
「うん、だいぶ」
士郎は素直に頷く。
こんな気軽なやり取りを、こんなに早くできるようになるとは思っていなかった。士郎とはゆっくりでもいいから堅実な関係を築いていきたいと思い、それには長期戦だと覚悟していたのだが、案外、普通に接することができている。
(それもこれも、士郎が私を想ってくれているからだろうな……)
士郎は私を好きだと言った。嫌いなセックスでもしたいと思うほどに。
(殺されかけておいて、なぜ、そうなるのか……)
そこはやはり士郎の歪み具合だという話になるのだろうが……。
(それにしても、いつから私のことを?)
聖杯戦争のときや、あの地下洞穴ではないだろう。どちらの場合も、私はこいつを本気で殺そうとしていた。聖杯戦争のときは剣を交える間もなかったが、殺気だけは漲っていたはずだ。そんな者を好きになどなりはしない。
ということは、カルデアに来てから、なのだろうか……?
「アーチャー? ほんとに、どうした?」
「いや、少し、これまでのことを考えていた」
「これまで?」
「まあ、おいおい、な」
「ん? なんか、よくわからないぞ?」
訝しそうな顔で疑問符をいくつも浮かべる士郎に、曖昧な笑みを浮かべて話題を切り替える。
「ところで、胃腸が問題ないようなら、スタミナの付くものを作ってやるぞ」
「はい? スタミナ? え? なんで?」
士郎は首を傾げて、さらに疑問符を浮かべている。
(こいつ……。わざとなら、どうしてくれよう……)
思わず拳を握りそうになるが、きっと思い当たらないのだろうな、私が士郎と何をしたいと思っているのか、など……。
「私に付き合ってもらわねばならないのでな、一晩中」
比喩を用いたところで通じる相手でないのはわかりきっている。したがって、明確な意思を示すように言ってふんぞり返ってやった。そこまですれば、ようやく思い至ったようで、顔を赤らめた士郎は、あらぬ方を向いてしまう。
逸れた顔を少し残念だと思っていると、
「このスケベ」
ぼそり、と返された言葉に今度はむっとした。
「フン。男はたいていそうだ」
「む……。男ってだけて、一括りにするなよ。アンタだけだろ、弱ってる奴に栄養与えて手籠めにしようとかするの」
「何げに酷い言われようだな……」
「事実だろ」
言うに事欠いて、こいつは……。
「お前の私に対する認識は改める必要があるな。ああ、それから一つ訂正しなければならない。弱っている“奴”ではなく、弱っている“士郎”だ」
「限定にするな……」
照れ臭さを誤魔化すように不機嫌な声で言って、士郎は目を据わらせた。
「他の誰でもない、士郎だからだ」
「だ、だから、」
「拘るのも嫉妬も独占欲も」
「…………」
「私とて、おかしいと思っている。手のひら返しも甚だしい。お前を剣で貫いた記憶は消えたわけではない。だが、それでも……」
くそっ。
何を言っているのか、私は……。
こんな往来でする話ではないだろう……。
「アーチャー……」
そらみろ。士郎が呆れている。
さいわい誰もいないからいいものの、私とて、こんな廊下の途中で言うべきではないことくらいわかっている。こういう話は二人きりで、それも、ベッドの中などでやる方がいい。
だが、士郎にははっきりと言葉にして伝えなければならない。私が今どんなふうに士郎を求めているのかということを。
でなければ、また、士郎は間違った方へ勘違いしてしまうかもしれない。
「お前は違うのだろうが、私は……、他にはありえない。誰かの身体も想いも要らない。私が欲しいのは士郎のその存在と想いすべてだ」
「…………」
士郎は絶句している。
それはそうか、すべてが欲しいなど、少々常軌を逸していると思われるかもしれない。
(だが、私はどうしようもなく、士郎が欲しくて堪らないのだ)
この感情と言えばいいのか、欲望と言えばいいのか、しっくりとくる言葉が思いつかないが、これは嘘偽りない、私自身の想いであるのは確かだ。
守護者という名の殺戮者であることすら棚上げにして士郎を慈しみたいと思う。
(この想いに名を付けるとすれば、愛情ということになるのだろうか?)
正しい答えなど、理想を追うだけで何もかもを取りこぼし続けた私には出せそうにないが……。
「アーチャー」
神妙な顔で私を呼ぶ士郎を真っ直ぐに見つめ返す。
「俺に、そんな価値が、あるのかな……」
疑問なのか、質問なのか、士郎はずいぶんと消極的なことを呟く。
「価値だとか……、そういうことではないだろう。感情というものは理屈ではないのだから」
「アンタに感情論を諭される日が来るなんて……」
驚きと苦笑を混ぜたような複雑な表情で、士郎は、その腕を掴む私の手にそっと触れた。
「俺には、アンタの言葉を信じることしかできない。過去も未来も失くしてしまった俺にはさ、アンタだけなんだ」
「っ……」
なんて殺し文句をさらっと吐き出すのか、こいつは……。
今度は私が黙り込む番だ。
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ