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BLUE MOMENT18

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「アンタに望まれる俺でいたい……。アンタが求めてくれる俺でいたいと思う。俺にはもう、アーチャーしかいないから――」
「ずいぶんと手前勝手なことをほざく」
「え?」
「私だけだ、などと……。そんなわけがない。マスターもマシュも、所長代理もカルデアのスタッフも、皆、お前と繋がっているだろう?」
「そ……れは……」
「お前は独りではない。カルデアというこの場所限定ではあるが、お前はここに、なくてはならない存在だ」
「そんなわけがな――」
「マスターがお前と懇意にしたいのも、マシュがお前を頼りにすることも、それから、配管作業をともにした者も、そうでない者も、所長代理が部屋の整頓を任せるのも、皆、お前とともに過ごしたいからだ」
「……だけど、俺は、」
「今さら関係ない、などと言ってみろ、カルデアのサーヴァントから命を狙われることになるぞ」
「な、なんでだ?」
「マスターを傷つけたとかなんとか、いくらでも理由は立つ。そして、そんな“暴言”を吐いたお前をスタッフの誰も助けてはくれないだろう」
「……く、口が裂けても言いません」
 青くなりつつ素直に聞き入れた士郎に、少し脅しが過ぎたようだと気づく。だが、まあ、このくらいでいいだろう。こいつは、いまだに自身が“この世界から弾かれる者だ”という認識を剥がせないでいる。
「士郎、胆に銘じておくといい。ここの連中は厄介だぞ。おせっかいが山ほどいる。それから、これは私からの小言だ。過去の修正でその時空の者と関わらないようにするのは、必要な事項だったのだろう。だが、このカルデアでは、そんなことをする必要などない。お前が思う通り、感じるままに関わっていけばいいのだ。お前がやりたいようにな」
「…………簡単に……言うんだな……」
 士郎は不平をこぼすのではなく、どこか羨ましそうな顔で呟いた。
「私がこんなことを言うのは、可笑しいか?」
「ん。なんか、違和感、ある」
 小さく頷く士郎は、戸惑っているようにも見える。
「だとしても、私は、」
「でも、嫌いじゃない」
「え……?」
「そんなふうに、自負を持って、真っ直ぐに前を見据えている感じ、いいと思う。……俺もそうなれたらいいと、本当に思う」
「っ…………、まったく……」
 呆れ半分、照れ臭さ半分で、私は熱いため息をこぼすしかなかった。

 士郎と実があるのかないのか、よくわからない会話をしながら、いつの間にか医務室に着いていた。
 前所長のいなくなった医療部門のトップではないが、カルデアに所属する医師の診察結果は、やはり過労に近い状態であるということだった。今は食事もとれていることから深刻ではないものの応急措置は必要で、点滴を施した方がいいらしい。 
「あの……、もう大丈夫だから、アーチャーは自分の部屋に――」
「戻るわけがないだろう」
「いや、でも、時間がかかるし……」
 点滴を受けるため、寝台に横になったまま私を見上げる士郎は、申し訳なさそうな顔をしている。私はといえば、寝台の側に置いた丸椅子に腰を下ろし、士郎を見下ろしている。
 魔神柱の一件の後もこんな感じだったか。
 さほどの月日を経たわけでもないのに、ずいぶんと懐かしい。そう思うのは、やはり、私と士郎の関係が大きく変わったからなのだろう。
「厨房のことならば、私がいなくとも十分に回っているから気にするな。私の部屋のことならば、生き物を飼っているわけでもなし、多少の埃が積もっていても、たいした労力もなく清掃できる。さしあたって急ぐこともないし、お前よりも優先する事項などない」
「で、でもさ、暇だろ?」
(こいつは、本当に何もわかっていないのだな……)
 傍にいたいと、何をするでもないが傍にいるだけでいいと思う、そういう気持ちがわからないのか、まったく。
 呆れていれば、士郎は何かを感じ取ったのだろう、居心地悪そうにして顔を向こう側へ逸らした。
「なぜ、そちらを向く……」
 憮然とこぼせば、手の甲を目元に置いたせいで、士郎の顔はますます見えなくなる。
「……ごめん、ちょっと、……その、恥ずかしく……なってきた……から」
「私は欠片も――」
「うん、わかってる。俺が、ダメなだけだから」
「だめだ、などと、」
「うん、ごめん。……その、慣れてなくて…………ちょっと、どうしていいか……わからなく、なる、から……」
「士郎……」
 それは、そうだろう。壊れていく世界のために必死になって、自身のことを省みる暇も、誰かと穏やかな時間を過ごすこともなかったのだろうから……。
「少しずつ慣れていけばいい。今、この世界は平穏だ。お前は何を気負うこともなく過ごせばいいのだから」
「…………うん……」
 微かな返事は、少し震えている。
「士郎? 泣いて……いるのか?」
 士郎の顔は私から背けられていて見えず、はっきりとはわからないがそんな気がするので訊ねてみた。
「……すこし…………」
 小さな頷きとともにこぼれた声は、本当に耳に届くぎりぎりの音だ。そっと赤銅色の髪を梳けば、ごめん、と何度目かの謝罪が聞こえる。
「何を謝ることがある。お前がどんな姿を曝そうとも私は嗤ったりしないのだぞ」
「わかっ……てるよ、……うん、そうだな、ちがった……、ありがとう、だった……」
 言い直した士郎は、目元を隠していた左手を点滴のために取られ、戸惑ったような顔をこちらへ向けた。水膜に滲む琥珀色の瞳が私を捉える。その口許には少しだけ笑みが刻まれていた。
「士……」
 言葉が、うまく出てこない。
「ありがとう、アーチャー」
(ああ……)
 どれほどに、この瞬間を待ち望んでいたことか。
 士郎が無理をして作ったものではない笑みを浮かべている。
(それが、こんなにも……)
 私は、守護者だ。
 人としての生などとっくに終え、ただの装置として存在している。だというのに、今の私は普通の人のような時を過ごし、こんな些細なことを待ち望んでいた。
 何をしているのか、と呆れる。呆れるのだが……、
「……そうやって、少しずつでいいから、笑っていてくれ」
 これが私の切なる願いであることは事実だ。
 寝台に両肘をつき、組んだ手に項垂れるように額を預ければ、士郎の指がそっと私の髪に触れる。
 優しく撫でるような仕草で、指先が髪を梳く。心地好さに顔を上げれば、
「頑張ってみるよ……」
 少しだけ頬を赤くした士郎が呟いた。
「ああ」
 私の髪から頬を撫でた士郎の手が離れる前に掴み、そっと握る。
「そうしてくれ。楽しみにしている」
 眩しそうに目を眇めた士郎は、顎を引いて小さく頷いた。
 余談になるが、この医務室でのやり取りが後々カルデアの語り草になることを、私も士郎もこの時は全く気づきもしなかった。
 医務室には数人の医療スタッフがいたというのに、私はもちろん、士郎もすっかりその存在を頭から消し去っていたのだ。
 恥ずかしい話だ。周りが見えず、互いのことしか見えていなかった、など……。
 ただ、士郎は人であり、この時は本調子ではなかったという言い訳が立つ。だが、私はサーヴァントであり、調子もへったくれもない存在だ。したがって、大恥をかいたのは主に私である。
(まあ、幸せボケというやつだな……)
作品名:BLUE MOMENT18 作家名:さやけ