彼方から 第三部 第四話 ~ 余談 ・ エイジュ ・ アイビ
「あ! 皆様、少しお待ちを!」
半分開きかけた扉から、エントランスに外の光が射し込む中。
使用人頭の女性が、慌てたように両手で剣を抱えて、廊下から走り込んできた。
「それは……あたしの剣?」
少し息を弾ませている女性に、エイジュが怪訝そうに首を傾げ、歩み寄ってゆく。
他の面々も、互いに怪訝そうに顔を見合わせながら、使用人頭とエイジュに眼を向けた。
「どうしたの? こんな物を……」
息を弾ませている女性の手から剣を受け取り、一瞥した後、再び女性を見やると、エイジュは訝し気にそう呟いた。
女性は、弾む息を整える為、何度か深呼吸をすると、
「皆様、お食事に……行かれるのですよね?」
その場にいる全員の顔を見回しつつ、訊ねていた。
「ええ……少し散歩をしながら、ですが」
使用人頭に訊ねられ、クレアジータは少し戸惑いながら言葉を返す。
「も、もしも……」
彼女は一旦、生唾を呑み込むと、
「歓楽街の方へお出かけになるのなら、携帯なされた方が良いかと……」
そう言いながらエイジュの手の中に在る剣を見やり、次いで、
「最近、夜になると――歓楽街の界隈では、性質の良くない連中が出歩いていますので……」
不躾を詫びるように、深々と頭を下げていた。
使用人頭の言動に皆、一様に困惑した表情を浮かべ、互いに見合っている。
「そうなの……性質の良くない連中が、ね……」
皆の身を案じてくれたが為の、彼女の行為。
エイジュは、深く下げられたままの彼女の頭を見やり、フッ――と、口元を綻ばせた。
「あたしの剣を持って来てくれたということは、あなたの中ではあたしがこの中で一番、強いと……そう思ってくれているということかしら?」
そう言いながら彼女の顔を覗き込むようにしてその肩に手を置くと、ゆっくりと、顔を上げさせた。
「あ……いえ、その――はい……」
エイジュにそう訊かれ、ダンジエル達の強さを失念していたことに気付き、彼女はどうしても顔を上げきれない。
そんな使用人頭の肩を軽く叩き、その手を取ると、
「でも……携帯するのは止めておくわ」
エイジュはそう言って、せっかく持って来てくれた剣を乗せていた。
「えっ!?」
エイジュの言葉に驚き、思わず顔を上げる女性。
「身を案じてくれて、感謝するわ……けれど、あたしのような女が、夜の歓楽街で剣を携えていたりなどしたら……それこそ、『性質の良くない連中』の格好の的になってしまうかも、知れないでしょう?」
そう言って、いつもの、小首を傾げた笑みを彼女に見せていた。
「あ……」
自身の、考えに至らなさに、使用人頭の女性は思わず瞳を見開き、口元に手を当て、
「も、申し訳ありません! 差し出がましい真似を!」
エイジュの剣を胸に抱え込み、再び深々と頭を下げてゆく。
恐縮する彼女の肩を何度か優しく撫でおろすと、
「クレアジータ――あなたの周り居る人々は、本当に良い人たちばかりね」
「そうでしょう?」
自慢気な笑みを浮かべるクレアジータに苦笑しながら、エイジュは仕事に戻るよう、彼女を促した。
使用人頭の女性は何度も頭を下げながら、持ち場へと戻ってゆく。
廊下へと姿を消すのを見届けてから、
「彼女の話は本当なの? ダンジエル」
エイジュは抑えた声で、そう訊ねていた。
彼女の問いに頷きながら、
「とりあえず、出るとしようかね」
と、皆を、屋敷の外へと促すダンジエル。
エントランスの扉が閉まるのを見届けるように振り返りながら、
「彼女の言ったことは本当だよ、わたしは、目を付けられたことはないがね」
ダンジエルはいつもと変わらぬ柔和な笑みを湛えて、応える。
「わたしはあるわよ」
どこか楽しそうに、そう言ってくるウェイ。
「もちろん、足腰立たなくしてあげたけど」
自分の胸に手を当てながら、自慢気にウィンクまでしてくる。
「わたしはないわ」
「カタリナは、夜はあまり外に出ないじゃない」
「そう言われてみれば、そうね」
先ほど、寄ってみたいと言っていた小物を売っている店に向かい、言葉を交わし合いながら、笑顔で歩を進める二人。
エイジュとダンジエルは、クレアジータを挟み、彼を護るように、二人の後を付いて歩いてゆく。
「少し……用心した方が良いかしらね」
「いつもよりは……な」
交わしている言葉と違い、二人の表情に張り詰めた様子は見られない。
前を行く二人も、特に警戒している様子はない。
――この余裕は、自他共に認める強さから、来るものなのかもしれませんね
いつも通りにしか見えない四人の様が頼もしく思え、クレアジータはつい、頬を綻ばせていた。
「私は果報者ですね……」
ふと、口に出た言葉に、
「あら、どうして?」
エイジュが反応する。
「強く、優しい人たちに恵まれたからですよ」
その言葉に、先を歩いていた二人は思わず立ち止まり、振り返ってくる。
微笑みを返してくれるクレアジータに、ウェイとカタリナの方が照れ臭くなってそそくさと、前を向いてしまう。
「フフッ……優しいかどうかは分からないけれど、強さは保証してあげるわ」
そんな二人を見やりながら、エイジュが、
「わたしも、エイジュ程ではありませんが、ご期待には添いますよ」
そしてダンジエルも、同意を示す。
「私は本当に、果報者ですね」
一見した限りでは、とても強そうには見えない二人の強者に挟まれ、クレアジータの頬は更に緩んでいた。
陽が、少し傾き始めている。
これから、歓楽街へと繰り出す者。
これから、家路へと向かう者。
街の大通りは行き交う人々で溢れている。
楽しげに話し合いながら先を歩く、ウェイとカタリナの背中を見やりながら、エイジュはそっと、胸に指先を当てる。
――この街の『闇』を
――少し、払っておいた方が良さそうね……
小さな痛みを胸に感じ取りながら、エイジュは『闇』を見出すかのように、人波に眼を凝らしていた。
〜 余談 ・ エイジュ ・ アイビスク編 〜
第二話に続く
作品名:彼方から 第三部 第四話 ~ 余談 ・ エイジュ ・ アイビ 作家名:自分らしく