good bye to sorry
まるで巨人が寝そべっているかのような、広大で、険しい岩山の向こうに日が落ちると、やがて暗くなった東の空に、一番星が光った。モンストルを後にして、次なる場所へと進む旅路の途中。イザたちは、焚き火を囲い、賑やかな野宿を楽しんでいた。バーバラのメラによって生み出された炎は、よく乾いた止まり木を得て、いっそう激しく、明るく燃える。ゆらめく光に照らし出された旅人たちの顔はみな楽しげな笑顔を浮かべていた。彼らの現在の旅の目的は、残った魔物を倒しながら自分を探すこと。ムドーを倒すという偉業を成し遂げた今、自然と華が咲くのはもちろんムドー討伐の話だった。
「でな、その時ムドーの腕に思いっきりかじりついてやったんだぜ!」
「わっ、ちょっとハッサンさん!危ないじゃないですか!」
ハッサンが、オーバーなボディランゲージ付きで戦いの様子を語るので、隣に座るチャモロは振り回されるハッサンの腕を避けるのにてんてこ舞いだ。
「でもまさか噛み付くとはねぇ。ムドー、おいしかった?」
焚き火に木をくべながらイザが笑えば、
「そりゃあもう、極上の味だったぜ」
ハッサンも冗談交じりでそう返す。
「あんな見た目で、本当においしかったらやだなぁ!」
戦いには参加していなかったものの、一度はムドーと戦ったことのある(夢の世界のムドーだったが)バーバラも、興味津々で話を聞いていた。
苦労した戦いも味わった苦しみも、過ぎ去ってしまえば楽しい話へと変わる。苦労を忘れるわけではないが、こうして皆で笑い話として楽しめることはいいことだと、ミレーユは思った。ムドーとの戦いは、誰が命を落としてもおかしくない相手だった。数え切れないほどの怪我をして、敵味方問わずたくさんの血が流れた。笑い話でもいい、思い出として過ぎ去った過去でもいい。この戦いで感じた苦しみや悲しみを、どんな形でも良いから、しっかりと覚えておかなければ。
「あのー、ミレーユさん?」
ふいに、声を掛けられた。そこで初めて、自分が黙り込んでしまっていたことに気付き、ミレーユは慌てて顔を上げる。声のしたほうに目を向けると、アモスがミレーユの顔を覗き込んでいた。先日仲間になったばかりの、モンストルの英雄。まだじっくりと話をしたことこそないのだが、彼がとても良い人だということは、出会ったときにすぐに分かった。よくも悪くも、お人よし。そんな人が隣で座っているのに、暗い顔をしてしまっては、すぐに気を使われてしまう。
「このシチュー、ものすごくおいしいですよ!こんなおいしいものが食べられるだなんて、感激です!」
それまでミレーユを見つめていた青い瞳が細められたかと思うと、次に飛んできたのは大げさなまでの褒め言葉。
「そ、……そうですか?よかった」
てっきり、「顔色悪いですよ」とか「大丈夫ですか?」などと言われると思っていたミレーユは、想像外の言葉に拍子抜けした。けれども不思議と心は軽くなる。どうやら食べることが大好きであるらしいアモスは、二杯目だったシチューをぺろりと平らげた。
「ねー!おいしーでしょ、ミレーユの料理!」
アモスのその気持ちのいい食べっぷりを見ていたバーバラも、二杯目のシチューに手をつけながら、まるで自分が褒められたかのように、嬉しそうな様子だ。
「そうだ。今度わたしも、ミレーユに料理教えてもらおっかな!」
「お、そりゃあいいな。是非そうしろ。バーバラもはやく上達してもらわないと、そのうち胃がひっくり返っちまうぜ」
「……何か言った?ハッサン」
「まぁまぁ。俺もバーバラが上達するの、楽しみにしてるよ」
あわやメラミを投げつけかねない様子のバーバラを、イザがなだめる。まったくもう、余計なこというなよな、とイザが笑いながら視線を送ると、ハッサンはまったく悪びれない様子で肩をすくめた。
「大丈夫ですよバーバラさん。わたし、理性の種よりまずくなければ、どんなものでも食べられます!」
「ちょっとぉ!アモスまでひどいー!」
とどめのアモスの一言に、さすがのバーバラも頬をぷぅっと膨らませた。どっ、とその場に笑いが起きる。とても心地がよかった。明るくて、楽しくて、賑やかな夜。
「あー、食べた食べた。ミレーユ、ごちそうさま」
「あら、イザ。もういいの?」
「おかげでおなかいっぱいだよ」
「なんだよ遠慮すんなって!まだまだいっぱいあるんだからよ!」
「……まるで自分が作ったかのような言い方ですね、ハッサンさん」
「なんだよチャモロ、おまえまだ一杯しか食ってないじゃねぇか。細かいこと言ってないでもっと食え食え」
「ぐふっ!……もーっ、だからそのバカぢからで背中を叩かないでください背中を!」
だいたい、おちおち食べていられないのは誰のせいですか!チャモロの声が響き、また笑いがあがる。その様子に、アモスは楽しそうに顔を綻ばせた。
「いやー、みなさんといると本当に楽しいですね。実はムドーは笑い死にしたんじゃないですか?」
「あ、しっつれーな。ちゃんと倒したよー」
「……バーバラは参加してないだろ」
「あれ?そっか!あはははは!」
笑いながらも、でも心は一緒に戦ってたよ!と付け加えることをバーバラは忘れない。
「でも、実際ムドーは強かったし、怖かったよね。四人で挑んで、やっとの思いで勝てたんだから」
一足先に食事を終えて、破邪の剣の手入れに取り掛かったイザが、刃こぼれがないか十分に確認しながら呟いた。その言葉に、ハッサンが素手で枝をばきばき折りながら頷く。
「そうだなー。今となっちゃ武勇伝のひとつに過ぎなくなっちまったが、ムドーは強かった」
「私も一緒に参加したかったなぁ。ムドーを倒すなんて、歴史に残る大偉業ですよ!」
もーちょっと早ければ参加できたんですがねぇ。アモスが残念そうに首をすくめた。
「でも僕は、たった一人で町を守ったアモスさんもすごいと思いますよ」
ハッサンが折った枝を焚き火の中に放り込みながら、チャモロが口を挟む。
「僕らはみんな一緒だったから心強かったですけど、一人で敵に向かうというのは、なかなかできることじゃありませんよ」
「それに、モンストラーってやっぱり強かったんでしょ?」
バーバラが「かっくいい!」と、アモスを肘でつついた。
「いやー、その……私も、最後の最後でオシリなんてかじられなければ、まだカッコよかったんでしょうけどねぇ!あっはっは!」
いつのまにやらみんなの視線を受けて話の中心人物になってしまったアモスは、少したじろいでいる。
「かじられたのが背中とか腕とかならまだカッコがついたでしょうけど、オシリですよ、オシリ。いやーっ、お恥ずかしい!毎日、神父さんや町の人が手当てしに来てくれたんですけどね。場所が場所だから、もーっ、恥ずかしいのなんので!」
「どこかまれたの?見せて見せて!」
すかさずバーバラがアモスをからかいにかかる。アモスもアモスで、「もちろん!いいですよー!」などと立ち上がるので、笑いの渦はいっそう大きくなった。
「でもまさか、あの怪物がアモスだったってのにはさすがにびっくりしたぜ。ムドーほどじゃなかったが、結構強かったし。な?」
ハッサンが何気なく呟いたその一言は、ミレーユに、そのことを改めて思い出させた。
「でな、その時ムドーの腕に思いっきりかじりついてやったんだぜ!」
「わっ、ちょっとハッサンさん!危ないじゃないですか!」
ハッサンが、オーバーなボディランゲージ付きで戦いの様子を語るので、隣に座るチャモロは振り回されるハッサンの腕を避けるのにてんてこ舞いだ。
「でもまさか噛み付くとはねぇ。ムドー、おいしかった?」
焚き火に木をくべながらイザが笑えば、
「そりゃあもう、極上の味だったぜ」
ハッサンも冗談交じりでそう返す。
「あんな見た目で、本当においしかったらやだなぁ!」
戦いには参加していなかったものの、一度はムドーと戦ったことのある(夢の世界のムドーだったが)バーバラも、興味津々で話を聞いていた。
苦労した戦いも味わった苦しみも、過ぎ去ってしまえば楽しい話へと変わる。苦労を忘れるわけではないが、こうして皆で笑い話として楽しめることはいいことだと、ミレーユは思った。ムドーとの戦いは、誰が命を落としてもおかしくない相手だった。数え切れないほどの怪我をして、敵味方問わずたくさんの血が流れた。笑い話でもいい、思い出として過ぎ去った過去でもいい。この戦いで感じた苦しみや悲しみを、どんな形でも良いから、しっかりと覚えておかなければ。
「あのー、ミレーユさん?」
ふいに、声を掛けられた。そこで初めて、自分が黙り込んでしまっていたことに気付き、ミレーユは慌てて顔を上げる。声のしたほうに目を向けると、アモスがミレーユの顔を覗き込んでいた。先日仲間になったばかりの、モンストルの英雄。まだじっくりと話をしたことこそないのだが、彼がとても良い人だということは、出会ったときにすぐに分かった。よくも悪くも、お人よし。そんな人が隣で座っているのに、暗い顔をしてしまっては、すぐに気を使われてしまう。
「このシチュー、ものすごくおいしいですよ!こんなおいしいものが食べられるだなんて、感激です!」
それまでミレーユを見つめていた青い瞳が細められたかと思うと、次に飛んできたのは大げさなまでの褒め言葉。
「そ、……そうですか?よかった」
てっきり、「顔色悪いですよ」とか「大丈夫ですか?」などと言われると思っていたミレーユは、想像外の言葉に拍子抜けした。けれども不思議と心は軽くなる。どうやら食べることが大好きであるらしいアモスは、二杯目だったシチューをぺろりと平らげた。
「ねー!おいしーでしょ、ミレーユの料理!」
アモスのその気持ちのいい食べっぷりを見ていたバーバラも、二杯目のシチューに手をつけながら、まるで自分が褒められたかのように、嬉しそうな様子だ。
「そうだ。今度わたしも、ミレーユに料理教えてもらおっかな!」
「お、そりゃあいいな。是非そうしろ。バーバラもはやく上達してもらわないと、そのうち胃がひっくり返っちまうぜ」
「……何か言った?ハッサン」
「まぁまぁ。俺もバーバラが上達するの、楽しみにしてるよ」
あわやメラミを投げつけかねない様子のバーバラを、イザがなだめる。まったくもう、余計なこというなよな、とイザが笑いながら視線を送ると、ハッサンはまったく悪びれない様子で肩をすくめた。
「大丈夫ですよバーバラさん。わたし、理性の種よりまずくなければ、どんなものでも食べられます!」
「ちょっとぉ!アモスまでひどいー!」
とどめのアモスの一言に、さすがのバーバラも頬をぷぅっと膨らませた。どっ、とその場に笑いが起きる。とても心地がよかった。明るくて、楽しくて、賑やかな夜。
「あー、食べた食べた。ミレーユ、ごちそうさま」
「あら、イザ。もういいの?」
「おかげでおなかいっぱいだよ」
「なんだよ遠慮すんなって!まだまだいっぱいあるんだからよ!」
「……まるで自分が作ったかのような言い方ですね、ハッサンさん」
「なんだよチャモロ、おまえまだ一杯しか食ってないじゃねぇか。細かいこと言ってないでもっと食え食え」
「ぐふっ!……もーっ、だからそのバカぢからで背中を叩かないでください背中を!」
だいたい、おちおち食べていられないのは誰のせいですか!チャモロの声が響き、また笑いがあがる。その様子に、アモスは楽しそうに顔を綻ばせた。
「いやー、みなさんといると本当に楽しいですね。実はムドーは笑い死にしたんじゃないですか?」
「あ、しっつれーな。ちゃんと倒したよー」
「……バーバラは参加してないだろ」
「あれ?そっか!あはははは!」
笑いながらも、でも心は一緒に戦ってたよ!と付け加えることをバーバラは忘れない。
「でも、実際ムドーは強かったし、怖かったよね。四人で挑んで、やっとの思いで勝てたんだから」
一足先に食事を終えて、破邪の剣の手入れに取り掛かったイザが、刃こぼれがないか十分に確認しながら呟いた。その言葉に、ハッサンが素手で枝をばきばき折りながら頷く。
「そうだなー。今となっちゃ武勇伝のひとつに過ぎなくなっちまったが、ムドーは強かった」
「私も一緒に参加したかったなぁ。ムドーを倒すなんて、歴史に残る大偉業ですよ!」
もーちょっと早ければ参加できたんですがねぇ。アモスが残念そうに首をすくめた。
「でも僕は、たった一人で町を守ったアモスさんもすごいと思いますよ」
ハッサンが折った枝を焚き火の中に放り込みながら、チャモロが口を挟む。
「僕らはみんな一緒だったから心強かったですけど、一人で敵に向かうというのは、なかなかできることじゃありませんよ」
「それに、モンストラーってやっぱり強かったんでしょ?」
バーバラが「かっくいい!」と、アモスを肘でつついた。
「いやー、その……私も、最後の最後でオシリなんてかじられなければ、まだカッコよかったんでしょうけどねぇ!あっはっは!」
いつのまにやらみんなの視線を受けて話の中心人物になってしまったアモスは、少したじろいでいる。
「かじられたのが背中とか腕とかならまだカッコがついたでしょうけど、オシリですよ、オシリ。いやーっ、お恥ずかしい!毎日、神父さんや町の人が手当てしに来てくれたんですけどね。場所が場所だから、もーっ、恥ずかしいのなんので!」
「どこかまれたの?見せて見せて!」
すかさずバーバラがアモスをからかいにかかる。アモスもアモスで、「もちろん!いいですよー!」などと立ち上がるので、笑いの渦はいっそう大きくなった。
「でもまさか、あの怪物がアモスだったってのにはさすがにびっくりしたぜ。ムドーほどじゃなかったが、結構強かったし。な?」
ハッサンが何気なく呟いたその一言は、ミレーユに、そのことを改めて思い出させた。
作品名:good bye to sorry 作家名:イノウエ