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【弱ペダ】サイワイノセカイ

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 雨である。
 残念なことに。
 新開は教室の窓からしとしとと降る雨を見て、ふう、と溜息を吐いた。教室の後方に向かって階段状に段差がついている広めの空間に、五人分の椅子と人数分の長く繋がった机が横に三列、縦に十ばかり並んでいた。新開はちょうど真ん中辺りに座っている。教壇では教授が上下にスライドする黒板に向かって、授業のキーワードなのかどうかもよくわからない単語をあちこちに書いている。
 生徒の方はと言えば、一年生も終わりとなれば大学での生活も授業にも慣れたか、授業のノートを取る真面目な生徒以外にもバリエーションが出てくる。別の講義のレポートのために違うテキストを読んだり、レポート用紙だかノートだかに筆を走らせる者はまだ一見授業を受けているように見えるだろう。だが、大胆に机の上にスマホを出して弄る者、寝ている者も居る。
 講義をする方も、受ける方も中学高校とは全く違う風景だ。
 新開といえば、今日は練習がオフなのに雨だなぁ、と言う残念に思う気持ちと、最近荒北に会えていないなぁ、と言う寂しさで、何となく授業に身が入らない。
 おまけに今日はバレンタインである。
 朝からウキウキとドキドキが混ざり合って世界のすべてが高揚していた感じだった高校と違って、大学生のバレンタインは静かなものだ。イベントに関係ないのではなく、より私的なイベントになるからだろう。
 加えて新開が通う大学は、学部学科、クラスに所属はしていても、決められた教室やロッカーが存在しない。だから、机の中に入っていたり、下駄箱に入っていたりと言うことがない。つまり、意中の相手には何が何でも直接渡さねばならないと言うことも、学校全体が浮かれたような雰囲気にならない原因の一つかもしれない。
 靖友、どうしてるかな。
「……元気」
 ふと聞こえてきた言葉にドキッとする。前を見れば、教授の声が大きくなったり、小さくなったりしていた。
 新開はチラリと板書を見て、今日はテキストの範囲を外れた内容かと察してノートを取る意欲を失うと、また物思いに耽る。この授業は一般教養だし、先輩たちからの情報によれば、基本的にテキストを読んでおけば良かった筈だ。期末のテストもテキストの範囲以上は出ないはずだった。きちんと出席して、たまに出るレポートをこなし、テストを受ければ単位は必ず取れる教科である。
 荒北とは正月に会ったきりだ。取り留めもなくぼんやりと何を考えるでもなく思考を遊ばせていたが、戻ってくるのはそこであった。
 連絡は取っているが、やっぱり直接会いたい。
 会って、一緒に自転車で走って、そして触れたい。いや、触れるだけではなく、その先も…、つまり、思いっきり抱き合いたい。
 会いたいな。
 もう授業は全く耳に入ってきていない。
 むしろ、妄想ではあるが、新開自身は既に荒北の住む静岡へ押しかけていた。今ならまだ大学にいるだろう。靖友の大学で待ち伏せなんてしたら、引かれるかな。
 それでも。荒北に予定があるかもしれなくても、会いたいと言う気持ちは自分でも扱いかねるほどに大きい。
 そんな自分を嫌われたら…。いや、大学に入って、新開との関係が気の迷いだった、なんて思われたら…。
 自分たちが選んだ別々の大学へ行くという進路を後悔しない。そう荒北と約束した。
 離れたって、気持ちは変わらないと思った。
 だのに、現実はどうだ。少し会えないだけで、自分の気持ちに、相手の気持ちに自信がなくなって、グラグラに揺れてしまう。
 靖友、おめさんに会って、触って確かめたい。
 ダメ四番って、怒鳴ってくれよ。
 このままじゃ、違う意味で鬼になって、おめさんを縛り付けたり、壊したりしてしまいそうだ。
 バァーカ、って憎まれ口をきいた後に笑って、俺のバカな心配を吹き飛ばして欲しい。
 新開はそんなことを思う自分に気がついて、自嘲気味に笑う。
 情けないな…、俺。
 でも、会いたい。
 会えない愚痴を言うつもりはない。ただ、ただ会いたい。
 そこまで思い詰めると、もう膨らんではち切れそうな気持ちに耐えられなかった。終わったら、すぐ靖友のところに行こう、と新開はそう心に決めた。
 そう決めた途端、九十分の講義が果てしなく長く思える。終わるまで後十五分ほどだろうか。ゴールスプリントの最後の数百メートルで、強い敵と争ってるみたいだ。
 一瞬、授業を途中で抜けてしまおうかと思ったが、流石にそれはマズイと思い直す。階段状の教室でそんなことをしたら目立って仕方がない。それに、教授に目でも付けられたら、評価どころか単位も危ない可能性がある。しかし、一旦行動を決心したら、余計に居ても立ってもいられなくなってしまった。
 まだか。
 まだなのか。
 新開は時計と教壇を交互に見ながら、ジリジリと大きくなる落ち着かない気持ちを抑えられなかった。そんな新開の鬼気迫る雰囲気が伝わったのか、今度は教授の方がそわそわし始めた。そのせいか、それまではボソボソとした単調な喋りだったのが、突如噛みまくって、チョークを一筆ごとに折りだしてしまう。
「えー、ここは後の節から考えても、えー、愉快などの言葉で統一する考えもあってですね。とはいえ、つばめが……、じゃなかった、つばめ、いえ、つ……、ひばりが……。えー、このひばりが……」
 それで更に焦ったらしい教授がまた間違えるという悪循環に陥り、余計に訳の分からない講義になってしまった。時間にしておそらくは十分程度のものだが、教授にとっては永遠に続くかと思われた長い時間だっただろう。
 しかし、そのおかげで新開は、一瞬時間のことをさっぱり忘れてしまった。他の生徒たちにとっても珍しい光景だったようで、普段なら下を向いて無関心な教室が、次に何が起こるのかと半ば期待でギラついた、異様な雰囲気になった。
「敢えて違う意味を同じ意味に……、間違えました。違う意味を違う言葉……」
 教授は何を言うべきなのかが判らなくなってしまったらしく、暫く黙り込む。その様子すら、生徒たちが半ば意地悪気に見守っていた。
「えー、敢えて違う意味を同じ言葉に込めた作者の意図を汲むのが本来であって……」
 やっと終了のチャイムが鳴ると、教授はどっと疲れが出てやつれたような顔で、ヨロヨロと教室を出て行った。
 教授が途中から様子がおかしくなったのは、自分の「箱根の鬼」ではないが早く終われ、と強く念じてしまったせいだろうか、と一方的に心当たりのある身としては後ろめたい部分がないでもない。ちらりと罪悪感を感じながら、新開も荷物をリュックに雑に突っ込むと、足早に教室後部へ向かい、引き戸を開けた。そして、出口に向かって突っ走ろうとして、一年でやっと見慣れた廊下とは違う光景を見た。
 一瞬、新開は自分が何を見たのか理解できなかった。ただ、知っている光景だ、と言うことははっきり判った。
「きゃっ」
「どうした?」
「新開くん? どうしたの?」
 同じ授業をとっている顔見知りの生徒たちが、新開が教室のドアを出たところで突然立ち止まってしまったのに、背後から怪訝な顔を向けてくる。
「あ、ごめん…」
 慌てて戸口から退いたものの、頭が混乱して実際自分が何を喋っているのか、全く考えていなかった。
「大丈夫?」