先生の言葉 全集
118.勧誘
狂王に会ったことはあるか、ですか?
ええ。何回か会ったことはありますよ。私もなんだかんだいって、最奥の魔術師の配下としては古参の部類ですから。まあ、自慢じゃありませんが、魔除け盗難事件前のふたりを知るものは、もうそれほど多くはないでしょうね。
当時、ふたりの仲はどうだったのかって? 仲良くやっていましたよ、ふたりとも。それに当時はふたりも若かったんで、大きな夢を追って意気投合していたみたいですよ。
でも、やっぱり人間というものは年を経ることによって変わっていってしまうものです。ふたりが思い描く理想郷は少しずつずれ始め、それの修正やすり合わせという名目で行われる話し合いが次第に激しくなり始める。最終的には会話すらなくなり、目を合わすこともしなくなる。
なんだってそうなんです。卑近、というと失礼かもしれませんが、バンドだったりアイドルグループだったりお笑いコンビだったり、会社の上層部なんかもそうでしょうね。上に行けば行くほど天国の門は狭くなる。そこに疑問をいだいたり、ちょっと別の門が目に入っちゃったら、もう後は惰性という名の余生を過ごすか、たもとを分かつ。それしか残されていないんですよ。
あの天才ふたりにも同様のことが起きてしまったんですね。そして、魔術師が実力行使に出た。その結果が今なんです。どちらが悪いというわけじゃない、むしろ争わずにはいられない人間の性が今のような状況を作り出しているんです。
どちらも悪くはないのなら、なぜ魔術師側についたのか? 人の持ち物を盗むというれっきとした悪行をなしているのは魔術師のほうなのだから、今からでも狂王側につくことはできないのか、ですって?
ほう。まさかこの無力な私に裏切りの勧誘が来るとは思いも寄りませんでした。それについては大変うれしく思いますが、うーん、なんと言いましょうか……。
私は一応、魔術師の側についているモンスターですが、狂王側の考えもわからんでもない、という複雑な位置にいます。ふたりの気持ちがわかるからこそ、モンスターとして魔術師の側に籍を置きつつ、「先生」などと若干のやゆを込められながら、新米冒険者の糧になり続けているのです。こういう形で、かつて夢を追っていた頃のふたりを知る私は、彼らへの義理を果たしているつもりなんですよ。
まあ、本当のところは旗色を明確にすることで、もう一方からいじめられるのが怖いチキンハートなだけなんですけどね。