【弱ペダ】まきしまさんと妖精のさかみちくん
「巻島さん、お茶入れましたよ」
扉のノックとともに坂道の声がかかる。
「おう」
巻島が作業場の扉を開けてやると、坂道がマグカップを抱えて、一生懸命に羽を羽ばたいてふよふよと入り口をくぐる。そのカップを巻島は支えるように受け取った。
「ありがとな」
巻島が言えば、坂道がこれ以上ないという笑顔で、えへへ、と笑う。
湯気の立つ熱い茶を入れて運んでくるのは大変だっただろう。妖精族の坂道は、大人の膝丈ほどの大きさしかないからだ。妖精の力には様々なものがあるらしいが、つい一年ほど前に生まれたばかりの坂道は、まだ飛ぶことしかできない。力はあるのだが、まだきちんと意図して使うことが出来ないのだ。
一方で、魔族の巻島には妖精族のことは判らないから、教えてやることも出来ない。それでなくても妖精族と言うのは、この世界に大勢いるのに生態は謎に包まれた種族なのだ。
そんな妖精が他種族と一緒に暮らしている例は極めて少ない。その中でも、逆に魔界の外へ出て暮らす数が少ない魔族と一緒に住んでいるという例はもっとない。
出会いは、巻島が妖精の卵を拾ったことに始まる。妖精は卵生だという話すら、伝説、言い伝えレベルで、実際に見た者などいないし、妖精自身も他の種族には絶対話さないくらいのことだというのに、その上巻島は坂道が生まれる瞬間まで目撃してしまったのである。
一時は生まれたばかりの坂道をどう育てて良いか判らず、他の妖精に託そうかと考えていたが、坂道が力の限り泣いて、ついでに巻島の家を壊す勢いで妖精の力を暴走させて離れるのを嫌がったので、手元に置くことにした。
最初は致し方なく、ついでにおっかなびっくりという気持ちだったが、今では違う。遠慮も加減もなく巻島に好意を伝えてくる坂道がかわいくて仕方がない。
「巻島さん、三日後のレース、出るんですよね?」
坂道が興奮したような顔で尋ねてくる。
「ああ」
巻島は作業台の椅子に腰かけて、坂道が淹れてくれた茶を啜る。すっかり巻島の好みを覚えたようだ。普段は細工物を作っているが、時に翼竜に乗り速さを競うレースに出場している。坂道が生まれてから一年の間に、出場したレースは四回あった。その全てに坂道を連れて行った。前回は坂道も翼竜に乗りたいと言われたが、まだ小さい坂道に、全速力で飛ぶ翼竜の速さと、上下左右に揺さぶられるコースの激しさについて行けないだろうと判断して許さなかった。その時にもっと成長したら、と言う説得の仕方をしたのだが、それを言っているようだ。今度のレースに向けての練習でも、全体を取り仕切っている寒咲に預けて、翼竜にはまだ乗せていない。
「今度は僕も乗りたいです」
ふんす、と鼻息も荒く言いたてる。
「お前にゃまだ無理っショ」
「僕、もう大人です!」
妖精と言うのは成長が早い。とは言え、一年で成体になるものだろうか。疑わし気に思っているのが通じたのが、坂道が本当です! と訴えてくる。
「けど、お前まだ力が使えねぇっショ」
これは巻島のせいでもある。坂道が生まれた時に知り合った妖精に、力の訓練を頼みに行こうと思っていたのに、腰が重くて先延ばしにしてしまっていたのだ。
「そうですけど……。でも、僕も巻島さんと一緒に……に乗りたいです!」
坂道が我儘を言う。泣きそうな顔で、でも強い意志を込めた顔も可愛い、と思いながらふと違和感を覚えた。
「ちょ……、坂道。今なんつったっショ?」
巻島が椅子を蹴倒しそうな勢いで腰を浮かし、慌てて尋ねる。
「え?」
坂道は何を聞かれているのか判らないと言う顔で、巻島を見た。
「もう一度言ってくれ」
「? 僕も巻島さんと一緒に……に乗りたいです……?」
坂道が不思議そうに直前の言葉を繰り返す。そうだ、違和感の正体はこれである。理解の出来ない言葉が混ざっている。
「何に乗りたいって……?」
「……です」
やはり何を言っているのか判らない。だが、巻島にはある確信があった。
「それって……、もしかして……」
「はい。巻島さんの乗っている翼竜の名前です」
どさ、と巻島は力が抜けたように再び椅子に座り込む。まさか翼竜の名前を坂道が知っているとは。翼竜は巻島たちが暮らすこの世界とはまた違う世界に存在する。それを、こちらに召喚するのだ。言葉も通じないから、意思疎通もある程度までしか出来ない。それがどこまで出来るか、と言うのが翼竜との相性によると言われているのだ。
だからこそ、名前など知りもしなかったし、知ることも出来なかったのだ。
それを、坂道は名前を知っていると言う。
「どうしてそれを……」
「教えてくれました」
頭を抱えて尋ねる巻島に、当たり前のように坂道が言った。これも妖精の知られざる生態というやつだろうか。
「そうか……。仲よくなったのか?」
「はい」
坂道が嬉しそうに笑う。翼竜を召喚する時には、必ず同じ翼竜が出てくるとは限らない。それは意思疎通ができないからであり、それだからこそ、相手を指定できないせいでもある。それでも、自分と相性のいい翼竜は多く出てくることがある。一方で、翼竜の方が相手を選んでいるのでは? と思うこともある。前回のレースで接触や妨害など因縁のあった相手のパートナーが自分の元へ出てくることもあるからだ。
「巻島さんは乗り方が面白いから好きだって言ってました」
坂道がそうだ、と思い出したように言う。
「面白い……、か」
片手で頭を押さえて、クハ、と巻島は自嘲気味に笑った。確かに巻島は独特な翼竜の乗り方をする。競技用の鞍は立っても座っても良い作りになっている。だが、巻島はその鞍を使わない。巻島が得意とするコースは狭隘な渓谷や山並みを飛ぶコースだ。辛うじて尻が乗るくらいの小さな鞍で、ぴたりと翼竜に身体を沿わせるように乗るのが一番しっくりくるのだ。最初は随分笑われたり、親切に鞍の乗り方を教えてくれる人も居たが、どうしても競技用の鞍の違和感が拭えなかった。諦めずに指導をしてくる者も居たが、苦戦する巻島に次第に匙を投げて去って行った。
暫くはレースも辞めようかと思っていたが、乗り方を元に戻したところ、小さなレースだったが二連勝してしまった。それ以来、誰になんて言われようと乗り方を変えるつもりはなかった。
翼竜はそのことを言っているのだろう。自分にはその乗り方しか出来なくて、それを続けるのは半ば意地のようなものだった。誰に認められなくても、自分が早いと信じた乗り方に自信があった。翼竜にどこまで意志があるのか判らない。けれど、レースで使役される側の翼竜が、そんな巻島の乗り方を面白いと、好意的に捉えているのはなんだか、自分だけじゃないと言って貰えたようで嬉しかった。
「僕も、巻島さんの乗り方はカッコイイと思います!」
坂道が強い調子で、それでも溢れ出る好意に思わず言われた巻島の方が恥ずかしくなるほどの力の入れ具合で断言した。それだけに、更に嬉しくて舞い上がってしまいそうだ。そんな風に感じる自分がいるなんて、考えてもみなかった。
「坂道。その……、翼竜の名前なんだが」
机に肘をついて俯いた巻島を、坂道が心配そうに覗きこんでいた。
「難しすぎて俺には呼べねーっショ。なんか短い愛称みたいなのねーかな?」
扉のノックとともに坂道の声がかかる。
「おう」
巻島が作業場の扉を開けてやると、坂道がマグカップを抱えて、一生懸命に羽を羽ばたいてふよふよと入り口をくぐる。そのカップを巻島は支えるように受け取った。
「ありがとな」
巻島が言えば、坂道がこれ以上ないという笑顔で、えへへ、と笑う。
湯気の立つ熱い茶を入れて運んでくるのは大変だっただろう。妖精族の坂道は、大人の膝丈ほどの大きさしかないからだ。妖精の力には様々なものがあるらしいが、つい一年ほど前に生まれたばかりの坂道は、まだ飛ぶことしかできない。力はあるのだが、まだきちんと意図して使うことが出来ないのだ。
一方で、魔族の巻島には妖精族のことは判らないから、教えてやることも出来ない。それでなくても妖精族と言うのは、この世界に大勢いるのに生態は謎に包まれた種族なのだ。
そんな妖精が他種族と一緒に暮らしている例は極めて少ない。その中でも、逆に魔界の外へ出て暮らす数が少ない魔族と一緒に住んでいるという例はもっとない。
出会いは、巻島が妖精の卵を拾ったことに始まる。妖精は卵生だという話すら、伝説、言い伝えレベルで、実際に見た者などいないし、妖精自身も他の種族には絶対話さないくらいのことだというのに、その上巻島は坂道が生まれる瞬間まで目撃してしまったのである。
一時は生まれたばかりの坂道をどう育てて良いか判らず、他の妖精に託そうかと考えていたが、坂道が力の限り泣いて、ついでに巻島の家を壊す勢いで妖精の力を暴走させて離れるのを嫌がったので、手元に置くことにした。
最初は致し方なく、ついでにおっかなびっくりという気持ちだったが、今では違う。遠慮も加減もなく巻島に好意を伝えてくる坂道がかわいくて仕方がない。
「巻島さん、三日後のレース、出るんですよね?」
坂道が興奮したような顔で尋ねてくる。
「ああ」
巻島は作業台の椅子に腰かけて、坂道が淹れてくれた茶を啜る。すっかり巻島の好みを覚えたようだ。普段は細工物を作っているが、時に翼竜に乗り速さを競うレースに出場している。坂道が生まれてから一年の間に、出場したレースは四回あった。その全てに坂道を連れて行った。前回は坂道も翼竜に乗りたいと言われたが、まだ小さい坂道に、全速力で飛ぶ翼竜の速さと、上下左右に揺さぶられるコースの激しさについて行けないだろうと判断して許さなかった。その時にもっと成長したら、と言う説得の仕方をしたのだが、それを言っているようだ。今度のレースに向けての練習でも、全体を取り仕切っている寒咲に預けて、翼竜にはまだ乗せていない。
「今度は僕も乗りたいです」
ふんす、と鼻息も荒く言いたてる。
「お前にゃまだ無理っショ」
「僕、もう大人です!」
妖精と言うのは成長が早い。とは言え、一年で成体になるものだろうか。疑わし気に思っているのが通じたのが、坂道が本当です! と訴えてくる。
「けど、お前まだ力が使えねぇっショ」
これは巻島のせいでもある。坂道が生まれた時に知り合った妖精に、力の訓練を頼みに行こうと思っていたのに、腰が重くて先延ばしにしてしまっていたのだ。
「そうですけど……。でも、僕も巻島さんと一緒に……に乗りたいです!」
坂道が我儘を言う。泣きそうな顔で、でも強い意志を込めた顔も可愛い、と思いながらふと違和感を覚えた。
「ちょ……、坂道。今なんつったっショ?」
巻島が椅子を蹴倒しそうな勢いで腰を浮かし、慌てて尋ねる。
「え?」
坂道は何を聞かれているのか判らないと言う顔で、巻島を見た。
「もう一度言ってくれ」
「? 僕も巻島さんと一緒に……に乗りたいです……?」
坂道が不思議そうに直前の言葉を繰り返す。そうだ、違和感の正体はこれである。理解の出来ない言葉が混ざっている。
「何に乗りたいって……?」
「……です」
やはり何を言っているのか判らない。だが、巻島にはある確信があった。
「それって……、もしかして……」
「はい。巻島さんの乗っている翼竜の名前です」
どさ、と巻島は力が抜けたように再び椅子に座り込む。まさか翼竜の名前を坂道が知っているとは。翼竜は巻島たちが暮らすこの世界とはまた違う世界に存在する。それを、こちらに召喚するのだ。言葉も通じないから、意思疎通もある程度までしか出来ない。それがどこまで出来るか、と言うのが翼竜との相性によると言われているのだ。
だからこそ、名前など知りもしなかったし、知ることも出来なかったのだ。
それを、坂道は名前を知っていると言う。
「どうしてそれを……」
「教えてくれました」
頭を抱えて尋ねる巻島に、当たり前のように坂道が言った。これも妖精の知られざる生態というやつだろうか。
「そうか……。仲よくなったのか?」
「はい」
坂道が嬉しそうに笑う。翼竜を召喚する時には、必ず同じ翼竜が出てくるとは限らない。それは意思疎通ができないからであり、それだからこそ、相手を指定できないせいでもある。それでも、自分と相性のいい翼竜は多く出てくることがある。一方で、翼竜の方が相手を選んでいるのでは? と思うこともある。前回のレースで接触や妨害など因縁のあった相手のパートナーが自分の元へ出てくることもあるからだ。
「巻島さんは乗り方が面白いから好きだって言ってました」
坂道がそうだ、と思い出したように言う。
「面白い……、か」
片手で頭を押さえて、クハ、と巻島は自嘲気味に笑った。確かに巻島は独特な翼竜の乗り方をする。競技用の鞍は立っても座っても良い作りになっている。だが、巻島はその鞍を使わない。巻島が得意とするコースは狭隘な渓谷や山並みを飛ぶコースだ。辛うじて尻が乗るくらいの小さな鞍で、ぴたりと翼竜に身体を沿わせるように乗るのが一番しっくりくるのだ。最初は随分笑われたり、親切に鞍の乗り方を教えてくれる人も居たが、どうしても競技用の鞍の違和感が拭えなかった。諦めずに指導をしてくる者も居たが、苦戦する巻島に次第に匙を投げて去って行った。
暫くはレースも辞めようかと思っていたが、乗り方を元に戻したところ、小さなレースだったが二連勝してしまった。それ以来、誰になんて言われようと乗り方を変えるつもりはなかった。
翼竜はそのことを言っているのだろう。自分にはその乗り方しか出来なくて、それを続けるのは半ば意地のようなものだった。誰に認められなくても、自分が早いと信じた乗り方に自信があった。翼竜にどこまで意志があるのか判らない。けれど、レースで使役される側の翼竜が、そんな巻島の乗り方を面白いと、好意的に捉えているのはなんだか、自分だけじゃないと言って貰えたようで嬉しかった。
「僕も、巻島さんの乗り方はカッコイイと思います!」
坂道が強い調子で、それでも溢れ出る好意に思わず言われた巻島の方が恥ずかしくなるほどの力の入れ具合で断言した。それだけに、更に嬉しくて舞い上がってしまいそうだ。そんな風に感じる自分がいるなんて、考えてもみなかった。
「坂道。その……、翼竜の名前なんだが」
机に肘をついて俯いた巻島を、坂道が心配そうに覗きこんでいた。
「難しすぎて俺には呼べねーっショ。なんか短い愛称みたいなのねーかな?」
作品名:【弱ペダ】まきしまさんと妖精のさかみちくん 作家名:せんり