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彼方から 第三部 第五話 & 余談 第二話

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 彼方から 第三部 第五話

 廊下が、とても長く感じられる。
 朝食を終えた皆は、今は――広間に集まっているはずだ。
 ゼーナの屋敷、長い廊下を一人。
 ショックを受けた状態で……ノリコはトボトボと歩いていた。

「あ、ノリコ」
 広間の出入り口に姿を現した彼女を、ガーヤが逸早く見つけて、声を掛ける。
「イザークの様子、どうだった?」
 早朝の庭で、発作によって倒れてしまったイザーク……
 彼の身を案じるが故の、それは至極当たり前な問い掛けではあるのだが……
「バラゴさんが来たから、食事を持って入ってもらったの」
 ノリコはガーヤの問いに俯き、覇気のない声でそう返していた。
 病人でもないのに――顔色が優れない。
「…………まだ、機嫌悪かったのかい?」
「…………」
 黙ったまま、広間の入り口に立ち尽くしているノリコの様子に、彼の体の状態も、精神の状態も、未だ良くないことが伺え、ガーヤは戸惑い気味に彼女に歩み寄っていた。
「ど……どうしたんだろね――あんなイザーク初めてだよ、いつも冷静なあの子が……」
 体の状態が悪いとは言え、ノリコに対するイザークの態度は、納得のいかないものだった。
 何ヶ月もの間、共に旅をしていたはずである。
 白霧の森では、一人逸れてしまったノリコの身を、表情にはあまり出さなかったものの、とても心配していた。
 大岩鳥に攫われた時も、見てはいないが、恐らく……身を挺して、ノリコを護ったことだろう。
 彼女の静養の為に借りた家での日々の中でも、彼は、ぶっきら棒ながらも、細やかな気遣いを見せていたのに……
 なにがどうしてどうなっているのか……ガーヤは、いつもとは違う様子のイザークと、そのイザークの身を案じながらもどうにも出来ずにいるノリコを不憫に思いながら、それ以上、掛ける言葉を見つけられずにいた。

「おれのせいだろ」
「バーナダム」

 広間の、一人掛けのソファに座っていたバーナダムが、低い声音でそう言ってくる。
「そういや、庭で何か、話しをしていたよね」
「そうだよ」
 ガーヤの問い掛けにバーナダムも、いつもとは違う、少し冷たい表情で、
「ノリコに対する気持ち、ハッキリしろって言ったんだ」
 淡々と応えていた。
 昨日の、『恋占い事件』の一連の流れが、その場にいる皆の脳裏に蘇ってくる。
 バーナダムの、血気に逸った行動に、ゼーナとアゴルは思わず眼を丸くしていた。
「え……」
 ノリコも、戸惑いと驚きと、少しの期待が綯交ぜになった表情を見せ、バーナダムに眼を向けた。
 イザークが何か、『答えた』のだろうか……と。

 だが……
 
「あいつ、答えないんだ、どうしても」
 その期待は、バーナダムの少々イラつきの混じった声音と共に、消えていた。

          ***

 ――何なんだよ、あいつ!
 ――なんでそんなにイラついてんだよ
 ――体調が悪いからって……
 ――だからって……

「だからってなんで、ノリコに当たるんだよ!」

 ――それとも、そんなにおれの言ったことが、気に食わなかったのかよ!
 ――だったらどうして、おれに直接言わないんだ!

「わかんねーよ、あいつ!!」

   『あんたに、何が分かる!!!』

 ――あいつ……
 ――泣きそうな声で、怒鳴りやがった
 ――あんな表情(かお)、見たことない……
 ――今にも泣いちまうんじゃないかと、思った……

   『何が分かる!!!』

 ――なんだってんだよ
 ――何を分かれってんだ

「落ち着いたら、執り成してやるよ。謝れってんなら、地べたに頭こすり付けてでも、やってやるさ」

 ――ちくしょう……
 ――ノリコの顔がまともに見れない
 ――なんかおれが、物凄く悪いことをしたみたいな気分だ
 ――でも……

「このままじゃ、ノリコが可哀想だもんな」

 ――謝って済むんなら
 ――それでノリコが、悲しい顔しないで済むんなら
 ――おれの頭一つぐらい、安いもんだ

 ――けど……

 ――あいつだって、ノリコを好きなはずなのに……
 ――どうしてこんなに、冷たく当たるんだ
 ――カルコの町で同じ発作が起きた時も
 ――機嫌は悪かったみたいだけど、今と違って、傍には居られたみたいなのに……
 ――その時は、ノリコのことを何とも思っていなかったから……なのか?

 ――今は、違うから……か?

 ――……………何か

 ――……何か関係あるんだろうか
 ――奴の態度と、あの、病……

 自分だけが眼にした、イザークの今にも泣きそうな表情と、耳にした怒鳴り声。
 いつも冷静で、大抵のことでは動じないような沈着さをも、持ち合わせているように見えていたイザーク。
 バーナダムは気になっていた。
 同じ女性を好きなった男として、自分の恋敵であるイザークのことが――その言動と、その理由が……

          ***

「鍵がかかっている……戸締り厳重だな」
「今まで、悪さされていたせいだろう」
 ゼーナの屋敷、玄関扉の前に立つ、数人の男たち……
 内の一人が扉を開けようとし、嘲るような笑みを浮かべながら、そう呟いた。
 顔つきのよく似た男が、同じような笑みを浮かべ、鼻先で笑い捨てている。
「ふふん……」
 黒髪の男が、扉の前にいる仲間を退かし、自らの手を扉へと向ける。
「鍵など無用の長物」
 そう言いながら、扉に差し向けた両の手に『力』を籠め始めると、
「このおれ様の手に触れるもの……」
 籠めた力を押し出すかのように、
「爆裂するっ!!」
 両の手の平を扉に押し当てていた。

          ***

 激しい爆裂音が、建物内に響き渡る。
 広間に居た連中は全員、ハッとなり、立ち上がり、咄嗟に身構えていた。
 発作で横になっていたイザークもその身を起こし、共に部屋に居たバラゴも、思わず音のした方へと体を向けていた。

 黒髪の男が爆発させた扉は、見事に粉微塵となり、壁の枠だけを残し、跡形もない……
 衝撃の強さを思わせるかのように、扉を失くした壁から細かな残骸が零れ落ちている。
「見えるか? ニンガーナ」
「ああ」
 顎ひげを蓄え、直毛を靡かせたトラウス兄弟の兄が、眼の細い男にそう、声を掛ける。
 ゼーナの屋敷に奇襲を掛けた彼らは、総勢五名……
 皆、バンナと同じ大きなペンダントを、胸にぶら下げていた。
 ニンガーナは、黒髪の男――シェフコが扉を爆発させ出来た穴から、壁の向こう側、屋敷の中の様子を、『黙面様』から頂いた『力』で、『見て』いた。
「向こうの部屋に男が二人……居間らしき部屋に、残り全員……」
 脳裏に浮かぶ、人影……
「娘がいるとすれば、そこだっ!」
 ニンガーナは居間がある方向を指し示し、そう断じていた。

「いつもの、嫌がらせ……?」
 激しい爆裂音に身を固くし、アニタと二人身を寄せ合いながら、ロッテニーナが恐々と呟く。
「違うっ!」
 彼女の、そうであって欲しいと言う願いを籠めた呟きを、バーナダムは即座に否定していた。
「この、異様な気配は……」
 戦いの中に身を置いている者が持つ、『異変』を感じ取れる力……