彼方から 第三部 第五話 & 余談 第二話
エイジュは大きく溜め息を吐き、恨めしそうにクレアジータを見ていた。
「つまり……あなたの『同伴者』として出席すれば良いと――そういうことかしら?」
「流石ですね、話しが早い」
どことなく、嬉しそうに見えるクレアジータの微笑み……
エイジュはもう一度大きく溜め息を吐きながら、
「けれど……国の重臣の割には、やることが卑小ではないかしら」
と、肩を竦めて見せる。
「向こうは、あなたに『同伴者』となるような者がいないことを知った上で、そんなものを寄越しているのでしょう? さっきの嫌がらせだって、『屋敷の住人を把握するため』と考えれば、窓を割るだけで終わらせている理由も、納得がいくわ」
「そうでしょうね……ですが、こちらも慣れてしまって、もう、誰も様子を見に屋敷の外に出ることもしなくなりましたが……」
エイジュの言葉を受け、苦笑しながら、
「まぁ、夜会には、参加しなくても良いのですが、しなければしなかったで、恐らく……あることないこと、風潮されることでしょうね――私は別に、それでも構わないのですが……」
クレアジータはそう続ける。
「あなたは良くても、それでは、この屋敷で働く者達が可哀想ではなくて? まぁ……同伴者を伴って参加したとしても、それが、急拵えの同伴者だと分かれば、その場で笑いものにするつもりなのでしょうけれどね――あちらは……」
エイジュは、クレアジータを慕い、支え、守り、働いている、ダンジエル達や使用人たちのことを想い、言葉を続けてゆく。
「では、そうならないためにも、一緒に行ってもらえますか? エイジュ」
「…………」
顔を覗き込むようにして、いつもの笑みを湛えながらそう言ってくるクレアジータ。
エイジュは、少し考えこむかのように、指先を胸に当てると、
「……分かったわ――『護衛』も兼ねて、一緒に行かせてもらうわ」
そう、頷き返していた。
彼女の言葉に、二人は……ダンジエルとクレアジータは、少しホッとしたように顔を見合わせ、微笑み合っていた。
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「く……くそ、あの女――」
月が、だいぶ西に傾いている。
廃屋に囲まれた広場に見えるのは、指先一つ動かさずに横たわっている数人の男たちの姿と……
覚束ない足取りで、広場から逃げるように出て行こうとしている、若い男の姿……ザリエの姿だった。
元々は、父親が国の重臣たちに渡す賄賂を賄うために、始めた賭博場だった。
その父親も、今はもう、重臣となっている。
賭博場を兼ねた酒場は、もう必要ないと言えば必要がない。
父親の代わりにザリエが取り仕切っていた理由は、ただ単に、父親の威光で好き勝手出来るから……に、他ならない。
渡り戦士の女に、そのほとんどを潰されてしまった今、もう、この街に留まっている必要はなかった。
――こんなことなら、兄貴と一緒にステニーの町に居りゃ良かった
廃屋の壁に寄り掛かりながら、痛めつけられた腕や足を擦る。
――わざわざ中央から日数を掛けて、腕自慢の荒くれ共を呼び寄せたってのによぉ……
――親父になんて言われるか、分かったもんじゃねぇ
痛む足を引き摺りながら、壁に手を着き、歩いてゆくザリエ。
その脳裏に、瞬く間に叩き伏せられてゆく、荒くれ共の姿が浮かんでくる。
氷のように冷たく、見場の良い顔をした女は、情け容赦なく、男たちの足や腕を折っていた。
骨の砕ける音を聞いても、眉一つ動かさない女……
あの、冷めた瞳を思い出しただけで、背筋の寒いものが奔る。
――この街には、もう、居られねぇ
結局、酒場を潰し回っていた女の正体は、『渡り戦士』だということ以外、何一つ分からなかった。
その、名前すらも……
今夜のことは、直ぐにこの界隈に知れ渡るだろう。
父親の耳に入るのも、そう、遠くはない。
女の渡り戦士にまんまと誘き出された挙句、呼び寄せた荒くれ共は全滅……その上、裏で取り仕切っている者の名前まで吐かされたとあっては、自分の顔だけではなく、父親の顔にまで泥を塗ったことになる。
――ステニーの町に、戻るか……
兄の居る、ステニーの町に……
ザリエは苦虫を潰したような表情を浮かべながら、痛みを堪え、廃屋の立ち並ぶ一画を後にしていた。
余談・エイジュ・アイビスク編 第三話へ続く
作品名:彼方から 第三部 第五話 & 余談 第二話 作家名:自分らしく