終わりのない空
たった一機で何機ものザクを次々と撃墜するアムロ。背後からの攻撃にも瞬時に反応し、まるで後ろに目があるのでは無いかと思う程に正確な射撃で仕留める。
同じパイロットとして、アムロの腕がどれ程凄い物なのかを改めて思い知らされた二人だった。
そして、一際心拍数と脳波が反応した映像には、真っ赤な塗装を施された機体が映し出されていた。
「やはり赤い彗星が現れると反応が顕著ですね」
研究員の一人がデータを見ながら声を上げる。
「そうだな、今日はもう少し薬を多めに投与しよう」
「分かりました」
答えた研究員が実験室へと入ると、アムロの腕に繋がった点滴の管から何やら薬物を投与した。
その様子を見つめながらラグナス少佐とクワトロが少し眉を顰める。
薬物を投与して数秒後、心拍数と脳波の波形が激しく乱れ始める。
しかし研究員達はそれに動じる事もなく、次々と戦場の状況を変化させ、アムロを絶体絶命の状態へと追い込んでいく。
呼吸や心拍数が激しくなり、アムロの緊張と恐怖が伝わってくる。
「おい、大丈夫なのか?」
思わず声を上げたロベルトに研究員の一人が興奮した声で答える。
「これからですよ、ギリギリの極限状態でニュータイプは不思議な脳波とエネルギーを発するんです!最後に撃墜される寸前の脳波なんて凄いですよ!」
幾ら疑似体験とはいえ、撃墜される瞬間を体験させられるなんてたまったものじゃ無い。それをこの研究員は嬉しそうに語るのだ。
それも被験体はまだ子供だ。彼の精神面での苦痛やこれからの人生における心の傷を考えていないのかと、沸々と怒りが込み上げる。しかし潜入捜査中の身としては事を起こす訳にもいかず、ロベルトは研究員に掴みかかりそうになる腕を必死に握り締めて堪えた。
それは隣にいたアポリーも同じだった。
そんな二人を他所に、実験は益々ヒートアップしていく。
「少し刺激を与えてみるか、電流を流すぞ」
その声に応える様に研究員が操作をすれば、実験室内のアムロが激しく身体を痙攣させ叫び声を上げる。
「お、いい反応だ。ちゃんとデータを取れてるか?もう少しパワーを上げるぞ」
「チーフ、これ以上は危険です」
「構わん、あと少しだけだ」
好奇心と言う狂気に侵された人間は何処までも残酷になれる。
もう既に目の前にいる被験体は同じ人間ではないのだろう。実験室内にアムロの絶叫が響き渡ろうとも、その手を止める事は無かった。そして、更にレベルを上げて実験をしようとする研究員の手を、ラグナス少佐がそっと止めた。
「今日はこれくらいで。これ以上は危険だ」
そう言った瞬間、アムロのバイタルを示すモニターからアラーム音が鳴り響いた。
「検体の血圧、心拍共に急激に低下!」
見ればアムロの身体が激しく痙攣していた。
ラグナス少佐は舌打ちをすると走って実験室内へ向う。それにクワトロやアポリー達も続いた。
ラグナス少佐はアムロを検査台から下ろすと、もうすでに意識を失いかけているアムロの頬を叩く。
「アムロ少尉!少尉!聞こえるか?」
しかしアムロは何も答えない。
アムロの呼吸と脈、心音を確認すると、すぐ様心臓マッサージを始める。
「心肺停止、医者を呼べ!」
必死に心臓マッサージを続けるラグナス少佐をクワトロは少し驚いた表情で見つめていた。
真面目な様でいて必要以上の事には手を出さない。よく言えば要領の良い、見方を変えれば事なかれ主義とも思えるこの男が必死にアムロの蘇生処置をしているのだ。
思えば初日に、脱走したアムロを一瞬で見つけた洞察力と勘の良さ。
もしかすると少佐は自分たちの事も疑っているのかもしれない。現に、任務と称して我々の行動はかなり制限されている。
そのオリエンタルな容姿も相まって、不可思議な印象を受ける上官。
しかしその印象を受けるのは初めてでは無い様にも思う。
何処でだったが、こんな印象を持つ人間に会った事があるような気がした。
駆け付けた医者により電気ショックでどうにか息を吹き返したアムロだったが、そのまま気を失ってしまい医務室へと運ばれた。
それを横で見ているしかなかったアポリーとロベルトは、あまりの惨状に言葉も出なかった。
医務室内で横になるアムロを警護する為、部屋の外にロベルト、室内にクワトロとアポリーが立っていた。
そこに上への報告を終えたラグナス少佐が現れた。
ロベルトが敬礼をして扉を開けると、病室内のクワトロとアポリーに視線を向ける。
「ご苦労、少尉の様子はどうだ?」
「今は落ち着いています」
答えるクワトロにコクリと頷くと、眠るアムロを見下ろし、小さく息を吐く。
「その様だな」
「はい」
その少佐に、アポリーが重い口を開く。
「少佐、アムロ少尉はいつもあの様な実験の被験体になっているのですか?」
アポリーの問いに、ラグナス少佐は真っ直ぐに視線を向け、感情も無く答える。
「ああ、そうだな。今回は元々少尉の体調が優れなかったのが災いしたのだろう。いつも気を付けろと言っているがマッドサイエンティスト共は興奮すると歯止めが効かない…困ったものだ」
「そんな呑気な!彼は危うく死にかけたのですよ!」
「そうならない為に我々が常に警護している」
「外部の人間ではなく内部の人間から守る為の護衛だって言うんですか⁉︎」
「そう言う事だ。当然外部からの侵入者からも守って貰わねばならんがな」
意味深な視線をクワトロに向けながらも、冷静に答えるラグナス少佐に、アポリーは言葉を失う。
「納得してくれたか?」
「……」
答えらえないアポリーにそれ以上何を言うでもなく、視線をアムロへと戻す。
すると、アムロの目蓋がピクリと震え、ゆっくりと開いた。
まだ意識がはっきりしていないのか、朦朧とした様子で天井を見つめている。
「気が付いたか?」
ラグナス少佐の声に、アムロがゆっくりと視線を向ける。
そして、今にも泣きそうな、切ない表情を浮かべてラグナス少佐を見上げた。
「…っ…」
そして、ラグナス少佐を求める様に手を伸ばす。
「…ラ……」
ラグナス少佐がその手を取ると、アムロは少しホッとした表情を浮かべ、また意識を失ってしまった。
その二人の様子をクワトロが眉を顰めながら見つめる。
ラグナス少佐はアムロの瞳から零れ落ちた一筋の涙をそっと指で掬い取り、そのまま優しく髪を撫ぜる。
「もう大丈夫だろう。君たちは交代でこのまま彼の警護に当たってくれ」
そう指示を出し、ラグナス少佐は病室を後にした。
To be continued…