終わりのない空
「多少怪我をさせても咎められやしねぇよ」
ガチャンと独房の扉を勢いよく閉めると電子ロックと大きな南京錠を扉に掛けた。
「おいおい、やけに仰々しいな」
「このガキ、やけに工学系に詳しくて、電子ロックだけだと解除しちまうんだよ。だから物理的にもロックしなきゃならないんだ。全く面倒臭え!」
その様子に驚きながらも、アポリーとロベルトは扉の柵越しに見えるアムロを見つめ困惑する。
「ほら、とっとと帰んな!少なくとも明日まではこのままだ」
複雑な心境のまま看守に追い出される様に戻ったアポリーとロベルトを、同じく複雑な表情を浮かべたクワトロが待っていた。
「今日はこのまま非番だそうだ。屋敷に行くぞ」
「「はぁ…」」
屋敷内の部屋に入ると、クワトロ達は隠しカメラや盗聴器が無いかを確認し、ホッと息を吐く。
そして、アポリーがずっと胸に蟠っていた想いを吐き出す。
「シャア大佐、あの坊やが本当に白い悪魔なんですか?それに、アレは英雄に対する扱いじゃありませんよ」
クワトロ・バジーナ大尉、ジオン軍大佐シャア・アズナブルがスパイとして連邦に潜入する為の偽名だ。そしてアポリーとロベルトも同じくジオン兵のスパイでシャアの部下だ。
「ラグナス少佐からの説明では彼は戦後、このオーガスタ研究所でニュータイプ研究の被験体となり、研究に協力しているそうだ」
「協力?強制の間違いでは?でなきゃ何度も脱走なんてしないでしょう」
「だろうな、その度に独房入りとなり懲罰を受けているらしい」
「あんな子供に?大体彼は今いくつなんですか?」
「今、十七歳だそうだ。十五歳でパイロットになり十六歳で終戦を迎えた」
「十五歳⁉︎そんな子供が最前線で戦っていたって言うんですか!」
「その様だな」
「なんてこった!それに連邦にとっては戦争を勝利に導いた英雄でしょう?その英雄に今の扱いはおかしくありませんか?あれじゃまるで囚人だ」
「囚人か…そうだな。どうやらニュータイプと言う存在が人類の革新としてマスコミに大きく取り上げられた事で、ジオンの提唱するジオニズムを肯定する事になりかねないと危険視する声が連邦内で立ち上がったらしい。それで研究協力と言う名目で彼をここに閉じ込める事になった様だ」
「そんな!」
あまりに理不尽な扱いに、それまで黙っていたロベルトが思わず声を上げる。
「白い悪魔に恨みが無いとは言いません。しかし、だからと言って今の彼の状況は自分の望むものではありません。早々に作戦を実行に移してこんな所から連れ出しましょう」
「そう焦るな、ロベルト。我々の任務はアムロ・レイの奪取だけでは無い、オーガスタ研究所での研究内容の調査もある」
「ニュータイプ研究ですか…本当なんですかね、人工的にニュータイプを作る研究をしてるってのは」
疑わしげにアポリーが呟く。
「先に潜入していた者からの報告ではその可能性があるとの事だ。それを確認するためにこうして我々が出向いてきたのだろう?」
「それはそうですが…」
「いずれにしても、もう少し様子を見るしかあるまい」
「しかしあの坊や、大佐の正体に気付いた様でしたが大丈夫ですか?」
シャアを見た瞬間のあの動揺。間違いなくアムロはシャアの正体に気付いた。
「ふふ、そうだな」
「そうだなって…あの坊やが我々の事を上に話したりしたら終わりですよ」
「彼が言うと思うか?」
「そりゃ、ジオン兵が潜入しているとなれば報告するでしょう?」
「どうかな、彼はここから出たがっている。そして自力では難しい事も理解している」
「俺たちを利用して脱走を試みるって事ですか?下手したら殺されるかもしれないのに?」
かつての仇敵が目の前に現れたのだ。普通に考えればジオンに大打撃を与えた自身を暗殺に来たと考えるだろう。
「そうだな。彼にとっても賭けだろう」
そう言いながらも、クワトロはアムロが自分たちの正体を報告しないであろう事を確信している。
寧ろ脱走ではなく、“連れ去られた”と言う名目の方が都合が良いのかもしれない。
クワトロは顎に手を当て口角を上げる。
「ラグナス少佐から明日の午後アムロ・レイを研究所に連れて行けと言われている。そこでもう一つの目的である研究所内の情報を手に入れるぞ」
「はい」
翌日、独房へとアムロを迎えに行ったアポリーとロベルトは一旦アムロを自室へと連れて行き、シャワーと着替えをさせて研究所へと連れて行く事になった。
シャワー室の前で監視をするアポリーは、自室内でも監視をされるアムロの状況に眉を顰める。
そして室内を見渡し、監視カメラも確認する。
『盗聴器はない様だが…二十四時間監視されているのか?俺だったら息が詰まって死にそうだ』
そんな事を思いながらアムロが出てくるのを待つ。
暫くすると、疲れた表情のアムロがシャワー室から出てきた。
「大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「……」
アポリーの問い掛けに、アムロは視線を向けるだけで何も答えない。
アポリーは小さく溜め息を吐くと制服に着替える様に促した。
研究所に向かうエレカの中でもアムロは一言も口を聞かず、俯いたままシートに座っていた。
研究所に到着した瞬間、怯える様にビクリと身体を震わせたが、特に抵抗する事なくエレカを降りた。
研究所内は他の建物同様厳しいセキュリティチェックがあり、幾つものゲートを超えて漸く実験施設へと辿り着いた。
そこでアムロは研究員に引き渡され、アポリー達は実験室をガラス越しに見渡せるモニタールームへと案内された。
そこに行くと、クワトロとラグナス少佐が待っていた。
ラグナス少佐がアポリー達に気づき視線を向ける。
「ご苦労だった。実験が終わるまでこちらで待機だ」
内部調査の為には別室で待機という事にして貰い、自由に動ける時間を確保したかったがそうもいかないらしい。
チラリとクワトロを見れば、表情を崩さず指示に従えと視線で合図された。
アポリーとロベルトは視線を合わせると、軽く頷きクワトロの隣へ立った。
暫くすると、青い制服から検査着に着替えたアムロが実験室に入ってきた。
検査台に座らされ、こめかみや腕など、身体中にセンサーを取り付けられる。
それを見ていたラグナス少佐がボソリと呟く。
「…顔色が悪いな、体調が悪いのか」
しかし、だからと言って研究員に何か言うわけでもなく、そのまま実験を見つめていた。
準備が終わると、アムロはコックピットを模したシミュレーターの様な検査台に座らされ、頭にヘッドギアを装着される。
目元にゴーグルの様なものが付いたそのヘッドギアからは映像が映し出されているらしい。その内容がモニタールームにも映し出されていた。
そして、アムロの腕に何やら薬物が注射される。その数秒後、ビクリと身体を震わせたアムロが呻き声を上げ始めた。
映像を見ると、それは戦場の様子だった。向かい来るザクの編隊。飛び交う閃光。
コックピットさながらなその検査台で、アムロは今戦場を疑似体験していたのだ。
モニタールーム内にはアムロの視線や脳波、心拍数、血圧、その他様々なデータが表示され、戦闘中のアムロの状態が次々と記録されていく。
アムロのその凄まじい戦い方を目にしたアポリーやロベルトは暫し言葉を失う。