彼方から 第三部 第六話 & 余談・第三話
彼女ほどの身体能力の持ち主なら、そのくらいのことは、訳もないのだろうと……
こちらのリードに従いながらも、負担を掛けることのない彼女の舞踏。
心地良かった、いつまでも踊っていられるような、そんな軽やかさがあった。
本当の技術を身に着けた女性と踊ることが、これほど楽だとは、思いもしなかった。
――エイジュとなら、遠慮する必要などありませんね
楽し気な笑みが、口元に浮かぶ。
クレアジータはそのリードを、徐々に大胆に、し始めていた。
見場の良い二人が舞い踊る様に見惚れ、観客からは感嘆の溜め息が、漏れ聞こえて来る。
二人の、不様な姿を信じて疑わなかったドロレフたちでさえ、言葉を失い、ただただ、見入っているばかりだ。
二人の為に空けられた場を、クレアジータは詰まることなく大きな歩幅で堂々と……まるで、観客たちにエイジュを見せびらかすかのように踊り、巡ってゆく。
進む向きを変え、ターンをする度に、エイジュの体から仄かに漂う花の香りが、鼻腔をくすぐってゆく。
明らかに、人の手で作られた香水とは違う、優しい香り……
出掛けに彼女がほんの少しだけ、香水を身に着けていたが、その匂いではないことは確かだ。
勿論、化粧品の匂いでもない……
空気の流れに乗り、ほんの僅かしか嗅ぎ取ることは出来ないのに、深く、印象に残る香り……
円舞曲が、終わりに近づいている。
思わず、彼女の腰に回した手に、力が入る。
――できればもう少しこのまま
――踊っていたかったのですが……
だが今は、ただ楽しむ為に踊っているわけではない。
無事、舞踏を披露した今、あのドロレフたちが黙っているはずなどないのだ。
円舞曲が終わる。
クレアジータは曲の終わりに合わせ、会場の中央にてゆっくりと、その足を止めた。
少し惜しむように、エイジュから体を離し、礼を送る。
彼女も、華やかな笑みと共に、淑やかな仕草で礼を返してくれる……
礼節を弁えた二人の行為と、披露された素晴らしい舞踏に、観客からはいつまでも拍手が鳴り止まなかった。
余談・エイジュ・アイビスク編
第四話に続く
作品名:彼方から 第三部 第六話 & 余談・第三話 作家名:自分らしく