ブルー・カーバンクル
青子はぷいと顔を背けて、バカとかエッチとかぶつぶつと文句を言っている。本人は大真面目なのだろうが、その悪態は彼女に降り掛かりかけた危機に対してあまりにお気楽だった。
しゃーねーなー、と快斗は呟き、落ちているコントローラーを拾い上げた。ひとつを青子に差し出して、にっ、と笑ってみせる。
「ほい。周回遅れになっても泣くなよ?」
「なっ泣かないもん!」
「リセットボタン押すなよ?」
「青子が勝つもん!」
「言ってろ」
ゲームソフトの内容に合わせて照明を落とし、雰囲気を楽しんでいたのだが、もうその必要はない。部屋に明かりを戻して快斗はコントローラーを握った。テレビ画面は鮮やかな色使いで、赤と緑の配管工が乗った車がスタートラインに並んでいる。ファンファーレが高らかに響いた。3・2・1のカウントダウン。ボタンに指を置いて、ランプが青に変わるのを待つ。
目を逸らしてて、いいよ。
気付きたくないなら。幼なじみでいたいなら。おまえがそれを望むなら。
スタートダッシュに失敗した青子が隣で早くも泣き言を言っている。待ってよーと青子が言うから、待てるかーと快斗は笑った。車の後方から襲いかかるカメの甲羅をひょいと避けると、快斗の背中に青子から鉄拳制裁が入った。
「物理攻撃は卑怯だろ!」
「叩いちゃダメって言わなかったもーん」
制御を離れた車体はくるくると路上を滑る。その横を緑の配管工が走り抜けた。青子が歓声を上げ、快斗は唸りながら追い上げる。薄暗い部屋も、淡い月光も、青子を相手にするなら情緒的な装置にはなりえなかった。子供の頃に作った秘密基地はもう身の丈に合わない。けれど居心地は悪くない。この場所を失うことを怖いと、強く思っているのは快斗のほうかもしれなかった。
ばらまかれたトラップに引っかかるたびに、青子ははじけるように笑った。だからこのままでいいのだと、快斗は他の誰にでなく自分に言い訳をする。男扱いされてなくてもいいじゃないか。うん。幼なじみでいいじゃないか。うん。時間で築いた信頼関係を、もう少しこのまま続けていてもいいじゃないか。
へたれた考えをまとめながらハンドルを右に切る。考え事をしていたのが悪かったのか、それともその内容が悪かったのか。ハンドル操作を誤った車体はコースを外れ、崖の下へと転落した。
「快斗、へたー!」
青子が楽しそうに笑う声が部屋に溢れる。はいはい、おっしゃる通り。へたくそでへたれですとも。せめて一矢とカメを放った快斗の背中に、再び青子の手刀が決まった。
作品名:ブルー・カーバンクル 作家名:雀居