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【弱ペダ】第2話 まきしまさんと妖精のさかみちくん

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「サカ……ミチ? 坂道? 聞いたことのない名前だわ」
 坂道が孵ったばかりの頃、妖精の赤子を育てるために一番有力と思われる話を聞けた妖精に面会を頼み、会いに来たのだ。坂道は巻島の腕に抱えられて、襟口と首にしがみついている。相手の妖精には生まれたばかりの時に一度会ったきりで、人見知りしているのだろう。女性と思しきその存在は、短髪が多い印象の妖精とは違って長く伸ばした髪を結いあげ、目尻が斜め上に吊り上がったような形の眼鏡をかけている。痩せていて、襟首がきっちりしまったシャツと長いスカートを身に着けていた。
「自分でそう名乗ったッシ……です……」
 巻島の答えに、同行していた東堂と妖精は驚きで目を剥いた。
「自分で? 名を名乗ったですって?」
「なんだって、それは本当か? 巻ちゃん!」
 妖精は眼鏡の端をつい、と持ち上げてぐい、と巻島のすぐ近くに寄ると、嘘をついているのではないかと巻島の表情からその証拠を探すように、問い詰めるような口調で尋ねてくる。東堂に至っては胸倉を掴んで来そうな勢いだ。巻島は尋ねてくる距離が近いのと、その勢いに圧されて引き気味になりながら、そうだ、と答える。
「卵から孵ってすぐっショ」
「そんなことが……」
 妖精は驚いたように呟き、東堂は「そんな瞬間を逃すとは……!」と頭を抱えた。東堂は寝ずの番をして妖精の卵が孵るのを見ると言っていたくせに、気付いたら寝てしまっていたのだ。
 ともあれ、卵を拾った晩、別室で休んでいた巻島は誰かに呼ばれたような気がして、まさかと思いながら卵の元へ行った。それを待っていたように、殻にヒビが入ったと思うと、見る間に殻を破って妖精が中から出てきたのだ。そして、巻島をぽやんと見たと思うと当たり前のように腕を伸ばして、抱き上げろと強請ったのだった。妖精の赤子など育てたことも、知識もない。巻島は果てしなく戸惑っていた。だが、坂道はまっすぐ巻島の方を見ていた。それでも迷っていると、あー、と言う最初の可愛らしく声から、うっ! うーっ! と言う逆らってはならないような力を持った声に変わったのだ。それに押し切られて、巻島は仕方なく赤子を抱き上げた。すると、言葉ではなく頭の中にするりと「坂道」と言う言葉が伝わってきた。
 それがその赤子の名前だというのが、何故か直感で判ったのだ。
「そう……。妖精にはいろんな名前の人がいるけど、坂道っていうのは、珍しいわ。しかも自分で名乗るなんて。私たち自身のあれこれを言うのは……、まぁ、厳密に禁止されているわけではないけれど、やはりタブーなの。だから詳しくは言えないけど自分たちのことは大人から習うことが多いわ。だから親がいない妖精は本当に珍しくて、私たちも判らないことが多いくらいよ」
 妖精は宙を見て、何か記憶を探っているような顔をしながら呟いた。
「ともあれ、今日は彼の力の話だったわね。改めて、私はゾーラよ」
 妖精はそう言うと、巻島の前に遠くもなく近すぎもしない距離に浮かぶと、スカートの裾を摘んで淑やかに足を折って礼をした。坂道は、巻島の首にしがみついたままそんなゾーラをじっと見ていた。大人しく人見知りではあるが、好奇心の強い坂道には珍しいことだ。それとも同じ妖精に警戒心でも抱く理由があるのだろうか?
「坂道、お前の先生ッショ」
「せんせい……」
 坂道がポツリと呟く。
「そうだ。話しただろ? 俺は翼竜のレースや細工物なら教えてやれるが、お前の妖精の力についちゃあ、無理だからな」
「そう言うことだ。妖精の力は、魔法とも魔術とも違うからな。妖精のことは妖精にしか教えられんのだ」
 東堂が額に落ちてきた前髪をはらりと手で除ける。彼の仕事柄、いろいろな種族についての知識、そしてツテがある。ゾーラと出会ったのも、東堂のツテを辿ってのことだ。先生役を頼まれたゾーラは、東堂の言う通りと頷く。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。悪いけど、あなた達はここからは遠慮してちょうだい」
 ゾーラが、坂道に来い、と手招きする。
「巻島さん……、僕……」
 坂道がそれを見て、巻島を見上げる。今にも泣きそうな顔だ。これまでも、何か失敗したり、出来なかったりすると、泣きそうな悲しそうな顔をした。が、今日の切ない顔ほどではなかった。
「坂道……」
「あの……。僕もう……」
 そこまで言って、坂道は泣き出して声が出なかった。
 巻島は予想しなかった坂道の反応に慌てる。
「な……、どうしたっショ? どこか具合でも悪いのか?」
「僕、妖精のくせに満足に力も使えなくて、巻島さんに迷惑ばっかりかけて……。お茶もこぼしたし、カップも壊したし、お茶や料理もうまく運べないし……。この前も妖精のくせに飛ぶの思い出せなかったり……。飛ぶの忘れるってどうなんだって話ですよね。でも、僕……、僕……」
「お、おい……」
 坂道がしゃくり上げながら、捲し立てるように喋る。
「巻島さんと一緒にいたいです……!」
 そこまで叫ぶように言うと、坂道は盛大に泣き出した。
「坂道……。別にこれでお別れじゃないッショ」
 離れたくない、と言わんばかりに巻島の首にしがみつく坂道の背中を優しく撫でながら、巻島はそう言う。
「でもー!」
 坂道がイヤイヤと首を振ってまた泣く。
「今日の練習が終わる頃に、また迎えに来るッショ」
「今日の練習が終わる頃って、いつですか!」
「今日だろ」
 いつもは巻島の後ろに隠れていても、興味のあるものには食いつかんばかりに見入る坂道が、何故今日に限ってずっと巻島にしがみついていたのか、不安そうな、乗り気ではないような顔をしていたのはそのせいかと思い当たる。そして、その勘違いの可笑しさと可愛さに笑ってはいけないと堪えつつ、坂道の背中を宥めるように優しく叩く。その堪えた顔があまりにおかしかったのか、東堂が徐に背中を向けて声を殺して笑い出す。
「だから、今日の練習って…!」
 坂道はそこまで言って、自分が何を言っているのかを理解して、言葉が途切れた。
「今日……?」
「今日ッショ」
 坂道が巻島を見る。
「だって。僕……。もう呆れられて追い出されるのかと……」
「そんなことしねぇよ」
 わしゃわしゃと坂道の頭を撫でながら、ちらりと罪悪感を覚えた。最初は妖精を育てるなんて考えてもいなかったのだ。母親が見つかれば当然子供を返すつもりだった。だが、その肝心の母親が見つからなかったのだ。
 そこで、同じ種族である妖精に引き取ってもらえないか尋ねたが、誰も名乗りをあげなかった。生まれた命を無碍には出来ず、巻島が育てることにした。
 決して自分が良い人だとは思わない。
 できるだけ誠実であろうとし、幸い友人には恵まれているが、魔族である自分を良く思わない人も当然いる。人の人生を背負えるほどの器量があるのか、今だって甚だ不安で仕方がない。
 けれど、孤児の面倒を見る施設に預けてもちゃんと妖精を育てられるのか、誰か悪い輩に捕まって苦しんだりしないだろうか、きっと坂道のことが気になってしまう。
 「度の過ぎたお人好しだな、巻ちゃん」と東堂に苦笑され、金城や田所にも呆れられたが、かと言って坂道を放り出してその先の一切の関係を断つと決めることも出来なかった。