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【弱ペダ】いまは

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 ぽん、と電子音がしてスマホにメッセージが届いたことを知らせてくる。
 だが、今はオンライン授業の真っ最中でとても出られない。加えて送ってきた相手は大体わかっている。多少返事が遅れても大丈夫だろう。荒北は頭の隅でそれだけを思うと、パソコンの画面に戻る。
 新型コロナウィルスの感染拡大が止まらず、洋南大学も二月後半から休校が決まった。その当初は試験期間もあって混乱していた。だが、今では落ち着いたものだ。
 授業は各講師がオンライン会議ソフトを使用して開講している。学生は履修している授業の会議にログインする。授業終わりに簡単な課題の提出が義務付けられて、それが出席票代わりだ。
 当初オンライン会議ソフトでの授業を渋っていた年嵩の教授もいたらしいが、小学生がそのソフトで各自習い事に参加している動画を見せられて、最高学府の教授が小学生の出来ることも出来ないのかとやり込められた、なんて話がネットで話題になったらしいが、洋南大学でも同じようなことがあったと言う、実しやかな噂が流れた。
 一方でパソコン、スマホやタブレット端末、あるいはネット環境などの通信手段がない学生は悲鳴を上げた。そこで、学生課は各キャリアが発表した、学生のオンライン授業開講に合わせた料金プランの案内を紹介したり、経済的にどうしても端末が購入できない学生向けに、普段から特別に学校で貸し出しているパソコンを急遽長期で貸し出せるように調整したりなどてんてこ舞いだったらしい。荒北はレポート作成や、海外の自転車レースを見たりすると言う目的で、早くからパソコンを入手していたので環境的には問題なかったが、学部の知り合いで長年使い続けたガラケーのみと言う学生も居て、メールでどうしたら良いかと言う相談を受けたこともある。
 授業が進んで行く。画面には受講している生徒たちの顔が小さなタイル状に並び、喋っている教授の顔が少し大きめに写っていた。
 このオンライン授業と言うものも、慣れるまでは大変だった。
 当初パソコンの場合はソフトをインストールしたり、ソフト会社のサイトでアカウントを作ったりしなくても出来るなどと言われていたが、日が経つにつれ、結局ソフトをインストールするか、ソフト会社でアカウントを登録しないと使えないことが判ったり、スマホやタブレット端末ではアプリのインストールが必須だったりと、混乱が続いた。
 一番ややこしかったのは、某社のノートパソコンで、タブレット仕様でも使える機種を使っている生徒で、自分の使っているものが所謂タブレットなのか、ノートパソコンなのかが判断できなかったために、テストで開かれたお試し授業に接続できない学生が何人かいたりした。
 また、何十人といるために一人ひとりが写る画面は小さいが、背景に洗濯物が見えたり、突然ペットの猫や犬が乱入してくる珍事もあった。
 一人の教授は、授業中に同じく休校になった娘が乱入して、そのまま教授に抱っこされたまま授業が進んだこともあった。途中で「パパー、ユー○ューブ見たい~」と言い始めた時の狼狽えた娘の宥め方に、大学教授も父親なのだと判っていたはずのことに、もう一度認識が改まったような気がした。
 こうした最新手段は、学生側にも意識の変革を求めてくる、と言うのも痛感した。
 上半身だけが写るため、上半身はオシャレなシャツを着た男子学生が、下半身は下着のままだったのを忘れたのか、パソコンのウェブカメラを切り忘れて席を立ってしまい、それが写ってしまった人も居た。かと思えば、下から見上げる角度で、少し暗く写るのが機器に付属するカメラの特徴だが、明らかにライティングとカメラの角度、そして着ている服装にまできちんとこだわった姿の学生も居れば、逆に明らかに寝起きの顔だったり、部屋着か草臥れたTシャツ姿の学生までいて、なかなかバラエティに富んでいた。
 近頃はオンライン授業に慣れてきて、部屋の中を映さないようにバーチャル背景画像を使う学生も増えて来た。別のクラスでは、背後に別の女性が写ったことから彼女に浮気がバレた、なんて噂もあるらしく、バーチャル背景が増えた理由はそれもあるんじゃないか、なんて風聞も聞こえてくる。
 荒北の場合は、寮生活の感覚が抜け切れず、部屋はびっくりするくらい簡素だ。と言うより、自転車が部屋の大部分の面積を占めるせいで、他に物が置けない、と言うこともある。なのでバーチャル背景は使わないが、流石に寝間着兼部屋着で授業に参加するわけには行かないので、学校に行く服装にとりあえず着替えることにしている。
「では、今日はここまで。課題提出は本日の17時までです」
 そう教授が言うと、窓の外からちょうど昼のチャイムが鳴った。一緒にグー、と荒北の腹も鳴った。マイク音量を下げて置いて良かったと溜め息を吐きながら、授業から退出した。
「だ~っ! つっかれた……」
 一言そう言うと、椅子の背もたれに思いっきり寄りかかって、背伸びをする。そして、昼飯を食うかと台所へ向かった。幸い荒北は家賃が払えないと両親から言われることはなかったが、自転車競技もしていてそもそもが金が掛かる生活だ。アルバイトも時間を見てしていたが、それもシフトが減りつつある。せめて仕送りを節約する意味でも自炊を心がけているが、冷蔵庫が小さくて食材が入りきらないと言う難点が明らかになりつつあった。
 箱根学園の調理実習の授業があったことを有り難く思いながら、野菜炒めとサラダチキンの昼食を済ませると、荒北はうっし、と呟いて気合を入れた。
「筋トレ、やるかァ」
 大学が休校であれば、当然部活も休みだ。試合も開催されない。だが、体力を落とさないために各自筋トレと自主練をしなければならない。高校時代、部活を引退してから受験までの間も、思うように走れなかった。だが、今は状況で言えば更に厳しい。使える機器も環境も制限されているからだ。
 それでも、この自粛の後に必ず再開されるはずの自転車競技レースのために、身体を鈍らせておくわけには行かなかった。それに、幾らでも身体を鍛える手段はあるし、部活の練習に加えて自主練の方が時間が長いんじゃないかと思うような日々だったのだ。自主的に何かを継続させるのには慣れている。
「あ、そういやメッセージ来てたな」
 一頻り筋トレをして、スマホの通知音が鳴ったことを思い出す。開いてみれば新開からだった。
「なにしてる?」
 毎日の挨拶のような、お馴染のメッセージだ。東京と静岡。離れても会いに行くことが出来た頃は、付き合っていると言っても距離と互いの生活もあって、なかなか会うこともなかった。だが、こんなに時間の有る時に限って、会いに行くことも出来ない。
 それでも、変わらずメッセージのやり取りだけは続いている。どうしても声が聴きたい時は電話もする。一度ビデオ通話なんて言うものも試してみたが、あれはどうにも恥ずかしくて慣れそうもない。だが、相手の顔が見られるのは嬉しかった。
「授業受けて筋トレ」
「俺も走ってきた」
 返事を返すと、待っていたかのように即座に返答があった。スマホの前で待機してたんじゃねーの? あまりの速さに、荒北はふっと吹き出す。
「この後、もう一個講義」
「俺ももう一コマある」
作品名:【弱ペダ】いまは 作家名:せんり