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終わりのない空3

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終わりのない空3



 シミュレータ形式の実験が開始されて数分後、モニターに映し出された映像にクワトロが眉を顰める。
「この映像はコンピュータグラフィックスではないな」
クワトロの問いに研究員の一人が答える。
「ええ、これはRX―78に搭載されていた実際の戦闘データとその時のカメラ映像です」
いつもはCGを使った映像で実験をしていたが、今日は過去の実映像を用いるという。
それは即ち、アムロに過去の戦闘を再体験させるという事だ。
今までの様な仮想映像ならまだしも、今の精神状態のアムロに過去の実体験を再現させるのは危険だとクワトロは思う。
生と死が隣合わせの戦場は、歴戦の戦士といえど心のどこかに死の恐怖を抱えている。そして、相手を殺すという恐怖も。
それは当然、〝連邦の白い悪魔〟と呼ばれたアムロだとて同じだろう。
だからこそ、アムロは急激にニュータイプへと覚醒したのだから。
今朝の様子から察するに、アムロは今ギリギリの精神状態だ。
何かのきっかけでその精神を崩壊しか兼ねない。
身体的にも体力や抵抗力、過剰な薬物投与で胃はもちろん、各臓器も弱っている。
「今日の実験は中止だ。今のアムロ少尉にこの実験は危険過ぎる」
クワトロが研究員に声を掛けた瞬間、アムロのバイタルを示すモニターからアラームが鳴り響く。
そして、モニターに映し出された映像にクワトロは目を見開き、息を呑んだ。

モニターいっぱいに映し出されたのは緑色のモビルアーマー。その周りを縦横無尽に飛び回るビット。
その光景にアムロの脳波が激しく乱れる。
「凄いぞ!今までにない反応だ!このモビルアーマーの情報を出せ」
興奮した研究員達でモニタールーム内が騒めく。
「情報出ました。ジオン軍のモビルアーマー、MAN―08〝エルメス〟パイロットはララァ・スン少尉」
「ララァ・スン?女か?」
「はい、情報ではジオンのニュータイプとの事です」
「ニュータイプ?ではこれはニュータイプ同士の戦闘と言う事か。それでアムロ少尉がこんなに反応しているのか。面白い、いいデータが取れそうだ」
「チーフ、検体が何かを呟いています」
「なに?音声取れるか?」
「はい、集音センサーの精度を上げます」
ザザザというノイズと共にアムロの声が聞こえてくる。
《…して…》
《…守…べき者がなく…は…戦って…な…ないのか?》
「もっと精度を上げろ」
「はい」
《…ララァは…なんの為に戦っている?》
《…それだけ?たった…それだけの為に?》
《なら何故…僕たちはこうして出会ったんだ》
《僕には君は…突然過ぎた…》
《でも…僕たちは…こうして判り合えた》
「何を話している?誰かと会話しているのか?」
「いえ、コックピットの通信回線は繋がっていません」
「しかし…これはまるで敵のパイロットと会話をしている様ではないか?」
「そうですね、脳波も何か…別の波長とリンクしている様な動きです」
「ニュータイプ同士のテレパシーの様なものなのか?」
「そうかもしれません!解析します」
研究員達がそんな事を話している横で、クワトロは言葉を失っていた。
その光景が紛れもなく、〝あの時〟のものだったからだ。
あの時、ララァとアムロの魂は共鳴し、繋がり合っていた。
その二人を自分は外側から見ていた。
自分には入り込めない二人の交感に酷く嫉妬した。
そして、この後起こる事に唇を噛み締める。
アルテイシアの乗るコアブースターを撃墜しようとした自分をララァが止めてくれた。
しかし、その一瞬の隙をアムロに突かれ、ガンダムのビームサーベルが自分に向ってきた。
死を覚悟したその瞬間、自分を庇って飛び込んで来るララァの幻影を見た。
そして、モニターに映るのはエルメスに突き刺さるガンダムのサーベル。
脳裏に響くララァの叫び声。
そしてそれに重なる様にアムロの絶叫がモニタールームに響き渡った。
《ララァ‼︎》
アムロの脳波を示すモニターの波形が激しく乱れる。
アムロの精神波はシャアや一部の研究員の脳にも影響を与え、目眩や頭痛を訴える者もいた。それほどまでに激しい感情。
そして、エルメスが眩しい光を放ちながら爆発する瞬間、クワトロはララァの声を聞いた。
『アムロ…刻が見えるわ…』
同じくその声を聞いたであろうアムロが、少しの間目を見開いて固まっている。
そして、ララァの死の瞬間を感じ取ったのか突然叫び声を上げた。
《わあああああっっ‼︎》
検査台のアムロを映し出すモニターには両手で顔を覆い、涙を流す姿が映っていた。
これまで、どれだけ過酷な実験でも涙を見せた事がなかったアムロが、大粒の涙を流して泣いているのだ。
《ララァ‼ララァ!》
叫び声を上げながらガクガクと身体を震わせ涙を流し続けるアムロ。
錯乱し、脳波や脈拍は激しく乱れ呼吸も荒くなっている。
「凄い!今までに無い周波の波形です」
「データ取れてるか!そっちのモニター確認しろ!」
アムロの泣き叫ぶ声を他所に、研究員達がその現象に興奮してデータを記録していく。
その状況に、アポリーが嫌悪感を露わにして眉を潜める。
『ここの連中は何を考えているんだ、子供があんなにも苦しんでいるって言うのに!』
憤りに唇を噛み締めながら、泣き叫ぶアムロを見つめる。
『あんな子供が戦場の最前線で心に傷を負いながら戦っていたのだ。〝連邦の白い悪魔〟と呼ばれ、ジオンの兵士たちに恐れられたモビルスーツパイロットが、まだ幼さの残る十代の少年で、あんなにも苦しみを抱えながら戦っていたなどと誰が想像出来ただろう…』
アポリーはやるせ無い想いを抱きながら拳を強く握り締めた。

アムロは暫く泣き叫び続けた後、力尽きたのか、その身体から力が抜けていき、シートへぐったりともたれ掛かってしまう。
そのアムロが、涙を流しながら放心した様に呟く。
《僕は…取り返しのつかない事をしてしまった…僕は…この手でララァを…》

その光景を、アポリーが哀しげに見つめる。
あの歳で戦場に立ち、死の恐怖に怯えながらも戦い続けたアムロ。当然人を殺していると言う自覚もあっただろう。
〝取り返しのつかない事〟喪った命は二度と戻らない。戦場で嫌と言う程その事実を見てきた彼にとって、心を通わせたであろう少女をその手にかけてしまったという事実は、心に大きな傷を与えたに違いない。
そして、涙こそ流していないが、隣で微かに拳を震わせているクワトロに視線向ける。
当時、シャアの直属の部下ではなかったが、シャアとララァの事は知っていた。
ララァがシャアを慕っていた事、そのララァを少なからずシャアも想っていた事を…。

《…なんで…》
アムロが震えながら声を上げる。
《なんで…あの瞬間をまた…見なくちゃいけないんだ…なんで…こんな…事…》
アムロが震える腕を握り締めシートを殴りつける。
そして頭部に付けられたセンサーのコードを掴むと、一気に引き剥がして叫ぶ。
《あなた達にはただの実験かもしれない!でも僕にとっては、死にそうなくらい辛い事なんだ!僕も…ララァもニュータイプはあなた達の玩具じゃない!感情を持った人間だ!こんな風に僕たちを弄ぶな!》
はぁはぁと荒い息を吐きながらその瞳からボロボロと涙を流し続ける。
作品名:終わりのない空3 作家名:koyuho