終わりのない空3
《僕だって…好きで戦ってきた訳じゃない!戦わなくちゃ生き残れなかったからガンダムに乗ったんだ!でも…それとも…やっぱり僕が悪いのか?ララァの言う様に…守る者も帰る所もない僕が戦うのはいけない事だったのか?だからこんな目に遭うのか?…僕は…どうすれば良かった?…僕は…っ痛うう…!》
叫ぶアムロが突然胸を押さえて蹲る。
「あ…ううぐっ!」
「アムロ少尉⁉︎」
そして、そのまま激しく咳き込んだかと思うと、口元を覆うアムロの指の隙間から真っ赤な鮮血が溢れ出した。
「まずい!吐血した!」
研究員達が慌てて実験室へと駆け込んでいく。
その光景を、クワトロは凝視したまま動けずにいた。
「大尉!クワトロ大尉!」
アポリーの呼ぶ声にようやく反応し、クワトロ達もアムロの元へと急いだ。
ゼイゼイと苦しそうな呼吸を繰り返すアムロの口からは後から後から血が溢れ出し床を赤く染めていく。
「気管に入るとまずい!身体を横にしろ」
駆けつけた医者と共にクワトロはアムロの救護に当たる。しかしアムロの顔色は見る見る悪くなり呼吸も弱くなっていく。
「アムロ少尉!アムロ!」
クワトロの叫びにアムロの瞳が微かに反応し、何かを言おうと口を開くがヒューヒューと息を吐き出すだけで言葉を発する事が出来ない。そのまま再び咳き込むと、ガクリと力が抜けて目を閉じてしまった。
「アムロ!目を開けろ!アムロ!」
「血圧低下!脈も弱くなっています!」
「クワトロ大尉!離れて、心臓マッサージをします!」
「ストレッチャー急げ!直ぐに医務室へ運ぶ!」
「ダメだ!アムロ、死ぬな!」
意識を失ったアムロに向かってクワトロが叫ぶ。しかしアムロがそれに反応する事はなく、ぐったりとその細い身体から力が抜けていった。
ストレッチャーに乗せられたアムロに付き添い、クワトロとアポリーが医務室へと急ぐ。
慌ただしく走り回る人々と運び出されるアムロを、離れた場所で一人、ラグナス少佐が心此処に在らずと言った様子で見送っていた。
そして、モニタールームに映るエルメスの映像に視線を移すと、それを無言で見つめ続けた。
◇◇◇
医務室に運ばれたアムロは救命処置を施され、どうにか一命は取り留めたものの、予断を許さない状態だった。
真っ青なその顔には生気がなく、人工呼吸器のシューっという音だけが病室内に響き渡る。
「ドクター、アムロ少尉の容態は?」
アムロに付き添うクワトロがドクターへと問うと、ドクターが溜め息混じりに答える。
「まだまだ危険な状態です。胃からの出血はどうにか止まりましたが、とにかく様々な臓器が弱っています。薬もあまり効かない為、正直なところ、これ以上の治療は出来ないのです」
実験での無尽蔵な薬物投与により、抗体が出来てしまった身体は薬が効きにくい。
止血剤も中々効かず、思った以上に出血が多くなってしまった。
強心剤の類はなんとか効いた為出血性のショックにはどうにか持ち堪えたが、輸血をしながらなんとか命を繋いでいると言った状態だ。
クワトロは集中治療室のベッドに眠るアムロを見つめ小さく溜め息を吐く。
「もっと早く止めるべきだった」
自分の失態を悔やみながらも、先ほどのアムロの言葉を思い出す。
《なら何故…僕たちはこうして出会ったんだ》
《僕には君は…突然過ぎた…》
《でも…僕たちは…こうして判り合えた》
あの時、戦闘中にも関わらずアムロとララァは共感した。
ニュータイプ同士の交感は空間を超え、刻を超え共鳴し合う。
なり損ないの自分には入り込めない領域。その領域に二人は辿り着き、互いの心を繋ぎ合わせたのだ。
クワトロの心に嫉妬と羨望、そんな複雑な感情が込み上げる。
それまで、パイロットとしての技量、軍人として培った経験、先読みを得意とし、どんな局面でも生き延びてきた自分にプライドを持っていた。
そして父、ジオン・ダイクンが提唱したニュータイプとしての能力を少なからず自分も有していると思っていた。
しかし、そんなプライドを打ち砕く程の能力をララァの中に見出した時、悔しさを感じつつも、このニュータイプを自分の物にしたいと思った。
そして、自分の前に立ち塞がった連邦のニュータイプの少年。
初めこそガンダムの性能で生き永らえていたが、みるみるその才能を開花し、パイロットとしての技量を身につけ、更にララァと並ぶほどのニュータイプへと覚醒した。
その彼を前にして、パイロットとしても、ニュータイプとしても及ばない事に己のプライドは粉々に打ち砕かれた。ララァの力を借りなければ勝てないと思う程に追い込まれたのだ。
その最高の能力を持つ二人が共鳴する様を目の当たりにし、自身がその能力を持ち得ない事への焦燥と、この素晴らしい能力を持つ者たちを自分の物にしたいという衝動に駆られた。
しかし、ララァの死が自分とアムロとの間に大きな亀裂を生んだ。
パイロットとしてもニュータイプとしても敵わない悔しさ、ララァを奪われた怒り、それを彼にぶつけた。
そして彼も、本来戦争とは縁の無かったララァを戦場へ引き込んだ自分に怒りを向けてきた。
手に入らないのならば、殺そうと思った。
だからこそ、ア・バオア・クーで彼に剣を向けた。
しかし、互いの剣が突き刺さった瞬間、アムロとニュータイプ同士の交感を果たした。ララァによる介入もあったかもしれないが、間違いなく自分とアムロは共鳴した。
自分の心の奥底まで繋がり合うような感覚を味わい、そして眩い光の中に時空を超えた未来を見た気がした。
あの時から、アムロ・レイと言う存在は自分の中で特別なものとなった。
ライバルであり、最高のニュータイプ。何としても自分のものにしたいと思った。
ララァの様に愛する対象かと問われればよく分からないが、先日ラグナス少佐に抱かれるアムロを見た時、嫉妬とも取れる感情が湧き上がった。
『私は、そう言う対象としても彼を求めているのか…?』
「う…んん…」
小さく唸り声を上げながらアムロが目を開ける。
しかし、その瞳はどこか虚ろで焦点があまり合っていない。
「アムロ少尉、目を覚ましたか?」
クワトロが声を掛けるがアムロは何も反応を返さない。
そこに、ラグナス少佐が姿を現した。
ラグナスは真っ直ぐにアムロへと近付くと、その顔を覗き込む。
その表情はどこか暗く、珍しく表情が露わになっているとクワトロは思う。
「アムロ・レイ少尉」
ラグナスが声を掛ければ、天井を見上げていたアムロの視線がゆっくりとラグナスへと向けられる。
そして、切なげな表情を浮かべ苦しい呼吸の中声を上げる。
「…ラ…」
シューシューと言う呼吸器からの空気音のするマスクの下で、アムロが震える唇をゆっくりと動かす。
「…ラ…ラ…ァ…」
ラグナスを見上げながらその名を呟くアムロに、クワトロが驚きの目を向ける。
そして、それを哀しげな表情で見下ろすラグナスの瞳に誰かの瞳が重なった。
『なんだ?…』
「ラ…ラ…ごめ…ん…」
苦しい呼吸の中、必死に言葉を紡ぐアムロが点滴の針の刺さった細い腕をラグナスへと向ける。
「僕…も…君の…とこ…いく…から…」
ゼイゼイと息を吐きながら、ラグナスへ語り掛ける。
いや、今アムロが見ているラグナスでは無い、アムロは『ララァ』に話し掛けているのだ。