終わりのない空3
クワトロのその言葉に、ラグナスがグッと拳を握り締める。
「何故?」
「彼女が、ジオン・ダイクンが提唱したニュータイプだと思ったからです。そして、その力は戦闘でこそ活かせると思いました」
「あの子は軍人になる様な子ではなかった」
「ええ、それでも、私の目的の為には彼女の能力が必要だった」
「君は自分の目的の為にあの子を利用したと?」
「その通りです」
ラグナスは思わずクワトロの胸ぐらを掴み殴ろうと腕を振り上げる。
しかし、そのラグナスの腕をララァが泣きそうな表情で止めた。
ラグナスは怒りに震える腕をグッと堪え、腕を離してクワトロを解放する。
「ラグナス少佐、殴って頂いて構いません」
クワトロを見れば殴られる覚悟はしていたのだろう。冷静な目でこちらを見ている。
「…あの子は…自分の意志でパイロットになったのだろう?」
「私がそう望みました」
「それでも…決めたのはあの子だ。あの子は、自分を救ってくれた人の為に戦っていると言っていた」
先ほどのアムロとララァとの会話がラグナスの耳には届いていた。
二人が心から共感し合い、互いの思いを語り合っていた声が。
その会話から、買われた先で酷い扱いを受けていたララァを救ったのは間違いなく目の前のこの男だと言う事を知った。
そして、その身を挺しても守りたいと思うほど、ララァがこの男を愛していたと言うことも。
ラグナスは溜め息を吐くと、握った拳を緩める。
「あの子は…随分と君を慕っていた様だ…、君はあの子の事をどう思っていた?」
その問いに、クワトロが少し驚いた表情を浮かべる。
「何故…そのような事が判るのですか?」
至極当然な疑問にラグナスが小さく微笑む。
「あの子が君をあまりにも愛おしそうに見つめているのでね」
クワトロは目を見開くと、思わず周りを見渡す。
「ラグナス少佐?」
ラグナスは笑顔を浮かべるだけで何も答えず、質問の答えを求める。
クワトロはララァの存在に気付いのか気付いていないのか、少し哀しげな表情を浮かべながらも、優しく答える。
「初めは…ただ、その能力に興味がありました。私にはある目的があり、誰かに感情を向けると言う事を避けていたのかもしれない。しかし…彼女を失った時、いかにその存在が大きなものだったのかを思い知りました…」
「そうか…」
「情けない話です…」
「いや、人の心などそんなものだろう」
そしてラグナスはベッドで眠るアムロへと視線を向ける。
「君は、アムロ少尉をどうするつもりだ?」
暗にクワトロ達が正規の連邦軍人では無いだろう事を匂わせながらラグナスが問う。
それを感じながら、クワトロは正直に答える。
「彼をここから連れ出し保護します」
「保護?君にとって彼はララァの命を奪った仇だろう?」
「そうですね。しかし、ララァの死は彼だけの責では無い。彼女を戦闘に引き込んだ私の責でもある。彼だけを責める事などできない。それに…人類の革新である彼の未来を私は見てみたい」
クワトロのその言葉に、ラグナスがクスリと笑う。
「彼の未来か…それだけか?」
「それだけとは?」
「自覚が無いか、まあ良い」
ラグナスの意味深な言葉に首を傾げながらも、クワトロはそれ以上語る気の無さそうなラグナスに小さな溜め息を漏らし話を続ける。
「彼が回復し、動かせる状態になったらここから連れ出します」
連邦側の人間である上官にそんな事を言ってどうするのだとは思うが、この上官がそれを邪魔しないであろう事を心の何処かで確信していた。
◇◇◇
その後、アムロの快復を待ってクワトロ達はアムロを連れてこの基地を脱出した。
それを秘かに見送り、ラグナスは小さく溜め息を吐く。
「ブラウン大佐はこの責任を私に押し付けてくるのだろうな」
自身の保身しか考えない上官が全ての責任を自分に着せる事は目に見えている。
今まで、堕落し切ったこの連邦軍で生き抜く為には、あまり目立たず、上官の不正にも目を瞑り、問題を起こさない様に要領良く生きていくのが最善だった。
それを破ってでも、あのニュータイプの少年を解放してやりたいと思ったのだ。
小柄で頼りなさげな容姿に似合わず、芯の強い心を持った少年。
どんなに辛い目に遭おうとも輝きを失わない琥珀色の瞳に惹かれていたのかもしれない。
でなければ、いくら催淫剤を投与され苦しんでいたからと言って、そちらの趣味もないのに抱いたりはしない。
ラグナスは小さく溜め息を漏らしながら歩き出す。
「さて、アムロ・レイが連れ去られたと上官に報告に行くか…」
◇◇◇
その頃、薬で眠らされたアムロは改造されたトレーラーの荷台の中で、クワトロに抱き抱えられていた。
「良く眠っていますね」
隣に座るロベルトがアムロの顔を覗き込む。
「ああ、このままシャトルに乗るまで眠っていてくれると良いがな」
「そうですね」
クワトロ達は屋敷や研究所よりも比較的監視の薄い病院から救急患者を装ってアムロを救急車で連れ出し、途中でトレーラーへと乗り換え、仲間の用意したシャトルで一先ず月へと向かう為、宙港へと向かっていた。
その後、ジオンの拠点であるアクシズに向かう予定ではあったが、正直行くべきかクワトロは迷っていた。
いくらジオン・ダイクンが提唱したニュータイプとはいえ、アムロはジオンに大きな打撃を与えたパイロットだ。
自分が後見になったとしても簡単には受け入れられまい。
このままジオンには戻らずアムロを連れて姿を眩ませようかと言う思いが脳裏をよぎる。
しかし、行動を共にするロベルトやアポリーまでも巻き添えにすべきかを迷う。
そんなクワトロの迷いを感じ取ったのか、ロベルトがアムロの頭を撫ぜながらクワトロを見つめる。
「自分は大佐がどの様な判断を下したとしても共について行くつもりです。それはアポリーも同じでしょう」
トレーラーを運転するアポリーの方へと視線を向け、笑みを浮かべる。
「ロベルト…」
「それに…自分もこの坊やの歩く未来を見てみたいのです…」
ロベルトの迷いの無い瞳にクワトロはコクリと頷く。
「そうか…」
そして、無事に月へと着いた一行は、アクシズにはアムロの保護には失敗したと報告をし、そのまま連邦への潜入を続ける旨を告げ月に留まる事になった。
To be continued.
次回ようやくシャアムっぽくなる予定です。