終わりのない空3
以前にも倒れた時、ラグナスに向かって名前を呼んでいた。
あの時は「ラ…」と言いかけて気を失ってしまった為、ラグナスの名を呼んだとばかり思っていたが、もしかしたらあの時もアムロは「ララァ」の名を呼んでいたのかもしれない。
そして、クワトロは先ほどのラグナスの瞳が誰の瞳と重なったのかに気付く。
『ララァか…』
ラグナスの印象が誰かに似ているとずっと思っていた。それがララァだったのだと漸く気付く。
性別の違いから直ぐには結びつかなかったが、間違いなくララァとラグナス少佐の印象は似ているのだ。
思えば容姿も何処となく似ている。
同じアジア人で髪や肌の色が同じなだけだと思っていたが、よく見れば瞳の色やちょっとした仕草もよく似ている。
そこで昔、ララァが見せてくれた家族写真を思い出す。
そこには両親と思われる男女と何人もの兄妹が写っていた。その中の一人がラグナス少佐に似ていなかったか?歳の離れた一番上の兄がとても優しかったと話しているのを聞いた事がなかったか?
クワトロは自分の憶測が当たっているだろう事を思いながらラグナスを見つめる。
そして、そのラグナスの中にララァを見ているアムロに驚く。
『アムロは気付いていたのか?いや、無意識にラグナス少佐の中にララァを見ていたのか…』
ラグナスはアムロの差し出した手を取り、そっと両手で包み込む。
「アムロ少尉、君はまだ生きねばならない」
そう言うと、アムロが苦しげに顔を歪ませる。
「な…んで…?もう…嫌…なんだ…君の所に…行きたい…」
「君にはまだ、やらねばならない事がある」
縋るアムロに、はっきりと告げるラグナスにクワトロは少し驚く。
もしも本当にララァの身内ならば、アムロに恨みがあるだろう、しかしラグナスからはそんな思惟は感じない。
それを不思議に思いながらも二人を見つめる。
「いや…だ…君のとこ…に…行かせて…」
アムロの琥珀色の瞳からはポロポロと涙が溢れ出し、頬を濡らす。
「君も本当は分かっているのだろう?彼女はそれを望んでいない」
その言葉にアムロはピクリと反応し、目を閉じて涙を流す。
「ふ…うう」
ラグナスはギュッとアムロの手を握ると、もう一度アムロに言い聞かせる。
「君は生きねばならない。それがあの子の望みだからだ。それに、君を必要としている人間がいる。君にはまだ成すべき事がある」
アムロは首を横に振るだけでそれに言葉を返す事は無かったが、涙を流しながらもそれ以上はララァの元へ行きたいと…死にたいと言わなかった。
少しすると、薬の作用かアムロはスゥっと眠りに落ちていく。
寝息を立て始めたアムロにラグナスがそっと語りかける。
「今は休め、そして身体を治せ」
優しくアムロの頭を撫でるラグナスからは、やはりアムロに対する憎しみや怒りは感じない。寧ろ愛おしむ様な仕草にクワトロは驚きを隠せない。
そんなクワトロに、ラグナスがスッと視線を向ける。
「どうやら君は少尉と昔馴染みの様だな…それに、あの子とも」
全てを見通すかの様なラグナスの瞳に、クワトロは諦めにも似た思いで小さく肩を竦める。
「少佐に隠し事はできない様だ」
クワトロの言葉に、ラグナスがクスリと笑う。
「昔から勘は良い方でね」
勘というよりはララァ同様、過去や未来を見通す能力があるのだろうとクワトロは思う。
ララァも、カジノで次の目を当てる程に、先をよむ能力に長けていた。
「私が先ほどの赤いモビルスーツに搭乗していたと言ったら信じますか?」
「そうだと思っていた」
その答えに少し驚きながらも、彼ならばと思う。
「ララァは少佐の?」
「ああ、歳の離れた末の妹だ。私たちが生まれたのは地球でも決して裕福ではない土地柄でね、私は早くに軍に入り家族へ仕送りをしていたが、それでも生活は苦しかったのだろう。幼い弟や妹は外に売られていってしまった」
ラグナスは瞳を伏せ、少し哀しげに話し始める。
「私も勘が良い方だが、ララァは兄弟の中でも特に勘が鋭い子でね。何か悪い事が起こる時はいつもあの子が知らせてくれた。その勘の良さは周囲でも有名で、噂を聞きつけた者に半ば連れ去られる様に売られて行ったそうだ」
ラグナスは過去を思い出す様に遠くへと視線を向ける。
貧しいながらも幸せだった日々。
優しい両親と幼い兄妹達に囲まれ、そこは笑顔に溢れていた。
しかし戦争が始まると次第に生活は困窮し、日々の食べ物にも困る様になった。それを助ける為、軍に入って少ない給与を仕送りしたがそれでも食べてはいけなかったのだろう。
一人、二人と兄妹達が人買いに売られ、久しぶりに家へ帰った時、末の妹であるララァも遠くへ売られてしまっていた。
行方を探したが、売られた先の男はトラブルに巻き込まれて既に死んでおり、ララァの行方はそこからプッツリと途切れてしまった。
ただ、生きてはいるのは判った。気配を追えないのは地球に居ないからだと、ララァは宇宙に上がったからだと朧げながらも感じていた。
それから数年後、ジオン公国との戦争も終盤に差し掛かった頃、突然大きな衝撃に襲われた。そして喪失感。
その時、ララァは死んでしまったのだと直感した。
理由など無い。ただ、そうなのだと判った。
その後、オーガスタ基地に配属となり、ニュータイプの少年、アムロ・レイと出会った。
戦後、軍の上層部に利用されて散々な目に遭ったのだろう。どこか昏い目をしたこの少年が、どうにも気になって仕方がなかった。
そしてララァを彷彿とさせるその勘の良さ。それがニュータイプの特徴だと聞き、ララァも“そう”であったのだと理解した。
それから時折、アムロ・レイからララァの気配を感じる様になった。
それは決まってアムロ・レイが実験で大きなダメージを受けた時で、それを重ねるうちに、遂には事前に危険を伝える様な胸騒ぎを起こす様になった。
不審に思い実験に立ち会えば、本当にアムロ・レイが危機に陥る。
ララァが自分にアムロの危機を伝えているのだとしか思えなかった。
死んだ筈の妹の気配を強く感じる事から、彼がララァと何らかの関わりがあったのだろうとは思っていた。
まさか、妹を死に至らしめた本人だとは思いもしなかったが…。
先ほどの映像を思い出し、拳を握り締める。
赤いモビルスーツを庇う様にしてビームサーベルの前に飛び出したララァ。
『大佐!』
その時、映像からは聞こえない筈のララァの声が聞こえて来た。
ララァは目の前のこの男を守ったのだ。
そして、ララァの死にショックを受け泣き叫ぶアムロ。決してララァを殺そうとして殺した訳ではない。
現に今、そんなアムロを気遣う様に寄り添うララァの姿が視える。
今までは気配だけが感じられたが、今はその姿がはっきりと視えるのだ。
そして、目の前の男を愛おしげに見上げる姿が。
「クワトロ大尉、ララァがパイロットになった経緯を教えてくれ」
ラグナスの問いに、クワトロは少し目を伏せると、その重い口を開く。
「私が彼女を軍に入れ、パイロットにしました」
「…君が?」
「はい、地球で偶然彼女に出会った私は、彼女のあの能力に目を付け、雇い主であった男の元から攫い、ニュータイプの研究をしていたジオンの研究者の元へ連れて行きました。そこでパイロットになる様に訓練しました」