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ゆうきあおた
ゆうきあおた
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こずみっくな日々

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 猫が鼠を追いかけるような感覚なのだろうか。大きなウサギのような生き物が小さな体の紅太をけたたましい音を立てながら追いかけていた。
 ウサギは新しい玩具でも手に入れた気分で、必死で逃げる紅太を踏み潰そうと飛び跳ねる。
 そんな事はもちろん冗談ではないと、紅太は何とか走る方向を変える。緩急をつけ、物影に隠れ、自身の持つあらゆる知識を総動員してみせた。
 が、結局のところ、体の大きなウサギには何一つ通用しなかった。
 紅太の後方1メートルほどの場所にウサギの足によって踏みつけられ、その風圧で軽い体が吹き飛ばされた。
 固い地面に思い切り叩きつけられ紅太の体は呼吸を忘れる。体を丸めたまま動くことができない紅太へ、ウサギはいよいよクライマックスを迎えようとじりじりと近寄る。
 遅れてようやく目を開き、咳き込みながら呼吸をしはじめた紅太はそのウサギを見上げることしかできなかった。なんとか立ち上がろうと足を動かしても、腰が抜けてしまい、立ち上がることもできない。
 夢、ではない。
 現実、とは思えない。
 それでも、ここが現実であると、認めなければいけないのなら――

 「ちっくしょおおおお!!!!」

 眼前まで迫る足を、土まみれになりながら体を転げさせ何とか回避する。
 白地だったパジャマはすでにどろどろに汚れて、裸足のままの足も所々に傷がつき、血が滲む。だが、今はもうそんな事を気にしている暇もない。
 夢ではないなら、今頑張るしかないのだ。もうすぐ目が覚めたらいつもどおりの朝食と、いつもどおりの学校生活があると、そんな幻想は捨て去らなければならない。
 腹を括る、とはこういう事か。紅太はなんだかおかしくなった。死と隣り合わせ、なんて言葉は現実味がない、自分からは遠いものだと思っていたが、今まさに隣にあるのだ。
 その事がどうにもおかしかった。
 おかしくて、おかしくて、涙が出た。
 なんでこんな事に、と考え始めたらキリがない。今はこの状況を切り抜けることが最優先事項なのだ。
 これで最後だと思っていたアテが外されたウサギは先よりも激しく踏みつけにくる。幸い紅太の体には鞭が打たれたかのように、機敏にその足を避ける。今この状態で50メートル走でもすれば、1位になれる、そう思えるほど自分の体は軽かった。
 木などに隠れても無駄であれば、もっと大きな、もっと丈夫な場所に隠れるしかない。
 全力で走りながらなんとか周りを見回すと、岩のようなものが見えた。
 岩ならばウサギの踏みつけにも耐えられるのではないか。
 ほかに良い策もなく、紅太は岩めがけ一気に走り抜けようとした。
 ウサギはそれを予感したのだろうか。激しく地面を揺らしながら今まで見せたことがないほどのジャンプを見せ、紅太の頭上を越し、目の前に土埃を撒き散らしながら着地した。
 紅太は土埃にたまらず目を閉じ、姿勢を崩したのか足を捻り、その場に転がった。
 捻挫、であろうか。ズキズキと痛む足首を押さえる。
 痛みに顔をしかめる紅太にウサギの足の影が落とされる。
 先ほどの体の軽さはどこに行ったのか、痛みに体は震え、目には埃が入り満足に開ける事もできない。
 手の甲で目を擦ると、涙で霞む視界にウサギの足の裏を見た。
 昨日食べたおかずが美味しかったとか、明日の宿題実はまだやってなかったとか、どうでもいいような事ばかりが思い浮かぶ。
 走馬灯、という言葉をどこかで聞いたことがあったが、これがそれなのだろうか。紅太にはよくわからない。
 もしかしたら、このまま踏まれたら、目が覚めるのではないか。
 きっとベッドから転げ落ちて、頭を押さえながら嫌な夢を見たと、マンガのような展開になるのだろう。なるに違いない。なって欲しい。
 だが、そうはならないであろうと、直感的に分かってしまった。
 現実なのだ。
 この見慣れない風景も。
 大きなウサギも。
 この痛みも。
 ヒューヒューと乾いた喉が呼吸する度に鳴っているのをいやに大きく感じながら、まるでスローモーションの映像でも見ているかのように、ウサギの足の裏がゆっくりと大きく視界を埋め尽くす。
 もう、死ぬのか。
 紅太は頭を伏せ体を丸めた。最後の最後は、この程度の抵抗しかできない、人間のちっぽけさのようなものを感じ、ぼろぼろと涙が出た。

 刹那――。

 金属が激しくぶつかるような、まるで目から火花でも出そうなほどの爆音に、涙や鼻水やらでぐしょぐしょになった顔を上に向けた。
 ウサギはその巨体を宙に浮かべ吹き飛ばされていた。地面へと叩きつけられもくもくと土埃を舞い上げる。
 何が起こったのか理解が追いつかない。紅太は再び視線を頭上へと移した。
 第一印象は、鉄の塊。
 その鉄の塊からは手が伸びていた。
 人の手。それが握り拳を作り、前へ突き出される格好。まるで、そう――

 「パンチ……?」

 塊だと思われたそれは、手も、顔も、足もあった。
 ただ、等身が低く、人間の形とは少し遠かっただけだ。
 有体に言えば、

 「ロボット……?」



 大きな体を起こし自身にこびり付いた土を落とすように飛び跳ねるウサギと、紅太の間に割り込むように鉄の塊、ロボットが体を入れる。
 ウサギに正面を向くロボットは、まるで紅太を庇う様に見える。
 未だに何が起こっているかわからない紅太は、ただそのロボットの背中を見つめるしかなかった。
 見つめながらぼろぼろと再び涙が出た。
 助かっては居ないが、死なずに済んだのだ。
 恐怖で体が竦み、ガタガタと震えながらも、今、この一瞬だけは生き長らえた事に喜び、ただ泣くしかない。
 ロボットは振り返り、紅太を見た。
 ロボットは喋らなかった。
 が、紅太にはそのロボットが今、自身に言葉を投げかけたことを直感した。
 もう大丈夫だと、そう言った。
 声などしなかった。
 ロボットが言葉を喋るとも思わなかった。
 だけど、それでもロボットはそう言ったのだ。

 「がんばれえええ!!」

 紅太は自然とそう叫んだ。
 何度も叫んでいた。
 ロボットは振り返ることはせず、ただ両手に作った拳をガツン、ガツンっと2度胸の前でぶつけて見せた。
 応えてくれたのだろうか。
 意思の疎通が上手くいったかもわからない。
 ロボットに意思があるのかもわからないが、今のやり取りだけで紅太は、自分はもう大丈夫なんだと、そう信じた。
 涙も、鼻水も、情けないほど垂れ流しだったが、口元は笑みを浮かべていた。
 鈍い痛みのある足を引きずるように立ち上がり、今、自分の為に戦おうとしてるロボットに拳を振り上げてもう一度叫んだ。
 ただ、頑張れと。


――続く――
作品名:こずみっくな日々 作家名:ゆうきあおた