こずみっくな日々
「風?」
何かにひらめいたようにぱっと目を開く。
一見無機質に見えるものも、木があり、土があり、風がある。木も生きているのだ。
生物がいるなら、水がないはずがない。
もちろん小学生の紅太にとって、その考えすべてに根拠があるわけではない。自身もそれに気づいてはいたが、難しく考えるよりも、その希望にすがらざるを得ないことも確かだった。
一度腰を下ろしてしまった体はまるで鉛のように重かったが、ここでいつまでも止まっているわけにもいかない。
だるくなった腿に鞭を打ち立ち上がると一度木にもたれかかり、これから進む方向を考える。
本当であれば、水のある場所を目指したいところだが、こう広く、しかも見慣れない景色ばかりでは水場の方向など皆目見当も付かない。
こうなってしまえば、後は運任せ。
どうせなら道しるべになるように、影の差す方へと歩くことにした。
幸いこの空間は時間の流れによって日は傾かない。
よって影が差す方向も一定というわけだ。
杖に変わるものが欲しいとは思ったが、残念ながら木切れの一本も落ちていない。
仕方が無く自分の足だけで歩き出す。汗ばんだ体にへばりつくようなパジャマの感触が気持ち悪かった。
願いが通じたのだろうか。それとも運が良かったのだろうか。紅太の体内時計にして3時間ほど歩いたところで、水場らしき場所へと辿り着いた。
緩く揺れるその水面に顔を近づける。今まで見たことがないほど澄んだ水は底まではっきりと映し、揺れる水面が光を照り返す。
見た目的には水だが、飲めるだろうか。紅太は恐る恐る水に触れる。
「な、なんだ……?」
柔らかい。水に沈みこむはずだった手のひらは柔らかい何かに弾かれる。驚きのあまり手を引いてしまった。
「水、なんだよね……?」
もう一度、水らしき物体に手を差し入れる。ぐにゅうっと独特の弾力を返してくるが、紅太はその弾力に逆らうようにさらに手を沈める。
洗面器に濃い目のゼリーを作って、その中に手を沈めればこういう感触になるのだろうか。
ひんやりと冷たいゼリーを今度はすくい出そうと手のひらを返す。お椀のように手に形を作ると、そのゼリーを持ち上げようとするが、
「重……!!」
周りのゼリーは自重だけで解れようとはしなかった。あまりに本気で力を入れると逆に自分が落ちてしまいそうだと思い、一度手を抜くと。水面の一部分を切り出すかのように手を動かす。手を滑らせると、そこには切れ目ができあがる。その要領で歪な立方体状に切り出すと、それを両手で持ち上げた。
最初こそ抵抗があったものの、切れ目から底に空気が入り込むと音を立てながらその歪な立方体のゼリーが取り出せた。
「や、やった!」
感激のあまり、その取り出したゼリーにむしゃぶりつく。何時間かぶりの水分。本当は喉をしっかりと通る水が欲しかったのだが、この際贅沢は言ってられない。
それにこれはこれで新食感。あむあむと軽く租借しては喉に落とす。ゼリーとしては少し固いが水分は十分に含んでいた。
味があれば申し分なかったが、それでもがっつくようにゼリーを頬張った。『ゼリーを腹いっぱい食べたいな』、と思ったことがあったっけ、そんな幼い頃を思い出しながら。
喉を潤す事ができ安心したのか、水辺の傍に立っている木の根元に腰掛ける。
やっと落ち着いて現状について考えをめぐらすことができると、目を閉じて考えをめぐらせた。
これは現実か。きっと現実、だろう。こんなに長い間覚めない夢は今まで体験したことが無かったし、生理現象があり、かつ喉も渇き疲労までするのだ。
ここまできてまだ『夢だ』という事が無理というものだろう。
では、ここは現代か。答えは否、だ。見たことがない草、見たことがない土、見たことがない雲、見たことがない水。どれも10年ほど生きて(人生経験としては短い事は紅太自身分かっているが)一度もお目にかかったことがないものばかりだ。
「とすると、ここは一体どこなんだろう……。」
腕を組み首をかしげながら悩んでいると、心なしか地面が揺れる。揺れは少しずつ大きく、どこからか響くような音も聞こえ始めた。
ズシン、ズシンとこちらに向かって大きくなる音に、下ろしていた腰を上げる。
音のする方向を見て紅太は自分の目を疑った。
自分の身長の3〜4倍はあろうウサギが跳ねていたからだ。
「夢なら覚めて……。」
それが口癖になりそうだった。