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【弱ペダ】巻坂を『○○しないと出られない部屋』に放り込んでみ

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「あれ、ここどこでしょう?」
 坂道がきょとんとした顔で尋ねてくる。その声で巻島もはたと周りの状況に気付く。二人は今街中を歩いていたのではなかったか。デートのような、デートでないような、部活の用事と言えば部活の用事のような買物に出て来たはずだ。
 だが、今は真四角な部屋に居る。天井にはミラーボールがゆっくりと回りながら、とりどりの色に変わるスポットライトの光を受けて、薄暗い部屋中にキラキラと光と色を散らしている。
 そして、イスが二脚とテーブル。テーブルにはマイクが二本と、お茶と思しき飲み物の入ったグラスが二つ。そしてタブレットのような端末が一つ置いてある。部屋の壁際には、大きなモニターを備えたビデオデッキのような機械が一つ。部屋の四隅にはどっしりとしたスピーカーが据えられていた。
 部屋を見る限り、カラオケルームだと思われた。部屋を見た当初、巻島はストローはないのか、と思っていたが、それ以前にもっと考えるべきことがあると思い出す。
 それは、何故街を歩いていた二人が、突然こんな部屋にいるかと言うことだ。それとも、坂道に誘われたのを巻島が聞き逃しでもしただろうか? 直前の行動を思い出してみるが、カラオケなんて話は一つも出ていなかったはずだ。
「巻島さん」
 扉を見つけた坂道が、困った顔で巻島の方を見てくる。
「どうした、坂道」
「これ……、どうしましょう……」
 坂道が扉を指差している。そこだけが明るく浮かび上がって、『カラオケで80点以上取らないと出られない部屋』と言う文字が読めた。
「なんだ、これ……」
 巻島は文字を矯めつ眇めつする。不思議なことに、貼り紙でもなく、モニターに表示された文字でもない。扉にインクやシールなどで書かれたものでもない。だが、何らかの規則的な書体で綴られた文字が、扉の表面に浮かび上がっているとしか思えなかった。
「出られないって……」
 坂道はそう言うと、ドアノブを掴んで、ガチャガチャと捻ってみる。だが、鍵が掛かっているらしく押しても引いても扉は開かなかった。
「巻島さん……。これって……本当に……?」
 扉は白と思われる一色で塗りつぶされて、ノブの金属と、浮かび上がった文字の黒以外に装飾はない。一枚板のようで、扉の外も伺い知れない。扉に耳をつけてみるが、外の音も聞こえなかった。ただ、ドアノブとドアの形状から、ここがどこかのカラオケボックスの一室である可能性は低そうだった。一度だけ後輩の手嶋の先導で、部員全員でカラオケに行った記憶が呼び起こされる。そうした店舗の個室なら、防音のためにもっとごついドアノブが付いているだろうし、保安上鍵がかけられることもないし、中が見えるように一部がガラス張りになっているはずだからだ。
 部屋自体は何の変哲もないが、それだけに中に設置された設備との異様さが、本気でカラオケを歌わないと出られない部屋、という説得力を帯びてくるような気がした。
「……ショ……」
 巻島は冗談だろ、と頭を抱えたくなった。カラオケどころか、音楽の授業でやる合唱ですら苦手だと言うのに。その一度だけ行ったときも、頑なに歌わなかった。むしろ、皆が先を争うようにマイクを取り合うのを良いことに、巻島は一度も歌わなくて済んだくらいだ。
「巻島さん……」
 巻島の苦い顔を見て、坂道が事情を察したらしい。
「巻島さん、任せてください! 僕が歌います!」
 そう言って、坂道はタブレット状のリモコンを操作して、大好きだと言うアニメ「ラブ☆ヒメ」の「恋のヒメヒメぺったんこ」を選曲する。そして、マイクを持って歌い出した。巻島はすまない、頼むともう拝むしかない。だが、歌い始めてすぐに異変に気付く。明らかに曲の音の方が大きく、その合間に坂道の地声が聞こえると言う状態だ。
「坂道、スイッチ入ってないっショ」
「あっ」
 巻島の指摘に慌てた坂道は、マイクのスイッチを探して電源を入れた。すると、ガリ、と言う音が予想外に大きな音で室内に響き渡る。更に「あっ、わっ!」と慌てた坂道の声がマイクを通して、スピーカーから聞こえた。曲はそのまま進んで行く。
「ヒーメヒメ……」
 進んでしまった曲を追いかけて歌い出すが、スピーカーの音が大きいのにびっくりしたのか、それとも自分の声を客観的に聞くことにびっくりしたのか、歌詞が途切れがちになる。最後の方にようやく追いつくが、歌い終わった後の採点では半分も行かなかった。
「僕、もう一度歌います!」
 出た点数に言葉を失った坂道はしばらく黙り込んだのち、力強く言う。
「大好きな歌なのに、あんなに間違えて、ボロボロに歌ったことないです! カラオケしたことないですし、僕歌はヘタかも知れませんけど、でもずっと歌ってきたし、歌詞も全部覚えてるんです。僕、このまま終わりたくないです!」
 ふんす、と興奮した顔で、ぐっと拳を握って言う。
「ああ、気の済むまで歌えば良いっショ」
 巻島はそう答えた。むしろ、カラオケだけは勘弁して貰いたいと言う気持ちの巻島からしてみれば、坂道がやる気になっているのは非常にありがたい。尻馬に乗るような状態で申し訳ないが。
「はい、頑張ります!」
 坂道は用意されていたお茶を一口飲むと、同じ曲を選択してマイクを持つ。今度はマイクの音量もあらかじめ調節できたので、自分の声で戸惑うということもなく、軽快な曲を丁寧に歌っていく。巻島には、言うほど坂道が下手なようには思えなかった。
 その感覚は当たっていたらしく、坂道の成績も今度は80点を超えた。
「巻島さん、やりました!」
「やったっショ、坂道」
 坂道と巻島は歓喜と期待の顔で互いを見やり、扉の取っ手を握る。だが、鍵が外れたわけではなかったようで、坂道が開けようと試みるが、ドアはびくとも動かなかった。
「どういうことっショ……」
 条件の80点はクリアしたのではないのか。
 だが、扉が開く気配が一向にない。沈鬱な空気が部屋に満ちる。薄暗い部屋を切り裂く、ミラーボールの煌めきが寒々しい。
「……巻島さん……」
 しばらく黙り込んだ坂道が、意を決したように巻島を呼ぶ。
「ああ……」
 巻島は、とある予感を抱いていた。出来れば認めたくない。けれど、そうは問屋が卸してくれないようだ。それに、坂道だけに頑張らせるのも、先輩として、そして坂道の恋人として情けない、と言う気持ちもある。
「あの……、多分なんですけど……。二人とも歌わないとダメ……なのかも……」
「だな……」
 巻島は観念して頷く。カラオケは苦手だが。いや、はっきり言って歌いたくな人前で歌を披露すると言う行為自体が、もうできない。だが、坂道が歌って条件の80点を出したのに解放されないのであれば、クリア条件には何かが足りないということだ。
「貸してくれ」
 巻島は意を決して手を出す。坂道はその意を汲んだように、リモコンを手渡した。
 最初に選曲したのは、よく聞いている海外のバンドの曲だ。
「巻島さん、カッコイイです……!」