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美夜(みや)
美夜(みや)
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小説版アマガミ ~森島先輩はそこにいる~

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 じんわりと、僕の胸に遅れて実感が染み込んで来てる。今朝まで僕の中の森島先輩はあれほど色彩や質感を欠いていたのに、今では先輩が笑っている時の、頬のほのかな紅色でさえもくっきりと心に浮かんでくる。それと同時に、何とも言えない嬉しさが込み上げてくる。
 諦めなくていいんだ。
 森島先輩はまだ“そこ”にいてくれるんだ。
 まだ待っててくれるんだ。
 僕はそう考えた瞬間、すぐに地面に置いていた通学用バッグを持って走り出した。
 こうしちゃいられない! 早く家に帰らないと! 僕にはやるべきことがある!
 こんなに切実に時間が惜しいと感じたのは人生で初めてかもしれない。




 森島はるかの自宅は西洋の城を模したような豪勢な造りである。四方を高い塀と樹木で囲まれたその家は、発色の好(よ)い赤いレンガで隙間なく敷き詰められた堅牢な家だ。彼女のイギリス人の祖父より流れ来る西洋趣味を隈なく表したような装飾を内外ともに施している。正面中央の玄関口より上へと視線を移すと一際大きな窓ガラスがあり、白いマス目の区切りの間からは、深まった闇夜を照らす光が煌々(こうこう)と外へ漏れ出ている。それは玄関上部の吹き抜けに高く掲げられたシャンデリアの光で、その万華鏡のように細かく散りばめられて部屋の隅々まで温かさを伸ばしている明かりは、ほぼ真下にある二階へと続く階段の丸みを帯びた茶色に気品を眩(まばゆ)く反射している。先ほどその階段を上(のぼ)って行く時の、スリッパとカーペットが擦れ合う乾いた音がしたばかりである。 風呂上がりの森島はるかがたった今、ほてった体温を残しながら自分の部屋へ入って行った。
 彼女は今日の分の受験勉強を終え、ゆっくりと温かい湯船につかった後で、ほっと一息ついているところだ。大体こうして寝る前の時間にテレビを見たり、雑誌を読んだりして自由な時間を過ごすのが彼女の日課になっている。もちろん、気分屋な彼女のことであるから勉強に気乗りしない時は自由時間の方が圧倒的に多くなるわけだが。
 入り口のドアを抜けると前方に大きな革張りのソファがある。この宮殿のような自宅に似つかわしく、高級品らしい気品を滲ませる黒いソファは、すぐ隣の電灯のおぼろげな光に照らされている。そこに彼女は座った。
 毛先の先端から二~三十センチ縦にロールした束をいくつも背中へ流している彼女の髪はドライヤーで十分に乾かされている。シャワーの潤いと風呂の温もりは、一見完璧に乾いているように見えるその黒い髪の芯まで染み込んでいて、贅沢なほど艶やかだ。そしてその重たさを感じさせるほどたっぷりとした髪は、シャンプーとトリートメントの華やかな匂いを辺りに漂わせている。
彼女はテーブルに置いてあったリモコンを取り、テレビの電源を点けた。
 何気なしに次々とチャンネルを変える。
 途中でリモコンのボタンを押す指が止まり、しばらく画面を眺める。
 すると、ソファの背もたれに背中を落ち着けながら手持ち無沙汰な脚をぶらぶらとさせはじめた。太腿から指先へとかけて何の妨げもなくそのままにして細くすぼまっていく長い脚を、前にピンと伸ばしては下ろしてを繰り返している。こんな時は彼女がリラックスして気持ちが安らいでいる時である。その二つの滑るような脚は、卓に置かれている柔らかな明かりに映されてぼうっと月のように光っている。
 テレビを見たまま彼女はソファに横になった。その時、ニットの生地でできたピンク色の寝間着がずれて、太腿の上の、より太い部分が露わになった。二つの脚で閉じられているその奥の、暗い秘密の世界が今にも見えそうだ。
 体をゆっくりと横たえたその状態で、彼女はため息をついた。
 う~ん、最近のテレビは退屈ね……。
 すると画面に柴犬の子犬が映った。二匹の生まれたばかりの犬がじゃれ合っている。
 あ、可愛いわんちゃん。
 ころころしてる~。
 あ~いいなぁ。
 突如、彼女の脳裏で目の前の映像と昨日の夕方の映像が結びついて、色艶の良い唇に笑みが浮んだ。子犬を見ている時の微笑みとは違う、満たされているといった笑みだ。
 そういえばあの子も可愛いかもね。
 震えながら告白してきて。
 顔真っ赤にしちゃって。
 でも、あの時の目は、ちょっとだけ格好良かったかな、うん。
 ちょっとだけだけどね。
 話してると楽しいし、これから面白くなりそうね。
 



 今朝の足取りは軽かった。いつもなら寒さに身を震わせてつらいつらいと思いながら制服に着替え、身も心も縮こまらせながら玄関を出て行くが、その寒さも今日は何か楽しい出来事の予兆のような気がした。登校中にいつも聞こえてくる朝の小鳥の囀(さえず)りも、ソプラノ歌手の美しい歌声のように聞こえて、気持ちが良かった。
 つい最近まで心の中にずしんと重いものが詰まっているような状態になっていたせいで、もう何もかもがどうでもよくなりかけていたけれど、昨日の森島先輩の言葉を聞いてからは逆に全てが必要で必然なことのような気がしてきた。これまで当たり前にこなしていた普段の生活も、新しい生命が吹き込まれたようだった。
 風呂で体を洗っている時でも、もし先輩に不快な思いをさせるようなことがあってはいけないと思い、隅から隅まで気を使って、いつも以上に時間をかけて頭から足の指先の間まで丹念に洗った。歯を磨くにしても、いつもはそんなことしないのに鏡で自分の歯を映しながら歯の一本一本を輝かせるように磨いたりなどして、努力の仕方としては地味ではあるけれどいろいろなことが変わってきている。
 とりあえず「頼りがいのある男」になる前に、なんとなく「いい男」になれるようなことを思いつく限りやっているけど、他の人はこういう場合、どんなことをやってるんだろう。恋愛のあれこれを誰かに相談したいけど、なかなかなぁ……。
 道路を挟んで長い坂道を登っている、同じく登校中の生徒たちの一群に視線を巡らしてみた。
 あ、あれは……。
 ちょうど横顔と背中が同時に見えるくらいの角度で、僕の先を歩いている“あの人”を見つけた。
 もし初対面の人が“あの人”と目を合わせたら、自分の中の何かを見抜かれているように思って再び目を合わせることが億劫になってしまってもおかしくないほど、きりっとした鋭い目つき。そして、初対面の人をさらに委縮させる理由を助けている、心もち上がった目尻。
 このとっつきにくそうな人相を「強面(こわもて)」だと言っている男子生徒が僕の周りにも何人かいるが、僕も正直、それには同意せざるを得ない。だけど、その男子生徒たちと僕が決定的に違うのは、実際に何度か“あの人”に会って話をしたことがあるってことだ。だからこそ言えるが、“あの人”は、みんなが思っているほど怖い人じゃない。
 塚原先輩。
 今朝も相変わらず凛として大人っぽい雰囲気だ。
 その歩いている姿からもいかにも最上級生だっていう安心感がある。
 塚原先輩は、葉の落ちた桜の木が左右に囲む校門前を、他の生徒たちと一緒に通り抜けている。遠くで葉(は)叢(むら)の影が朝日を遮って先輩のポニーテールに落ちている。先輩からなんとなく感じられる引き締まった雰囲気が全てその襟元まで伸びた一束の黒髪に集約されているようだ。